📖 前回のあらすじ
自分の席が思い出せず戸惑う俺たち。だが太陽君の完璧な案内により、39人全員が50年前の席につく。案内状の『全員揃わなければ、授業は始められません』という言葉が頭をよぎる中、ついに5時間目の授業が始まった――。
【第8話】引き出しの中の『追伸』
「よし、全員揃ったな。これより、5時間目の授業を始める。教科書は算数の、124ページを開け」
大喜多先生の熱っぽい声が響き、カツン、と白いチョークが黒板を叩いた。
俺は震える手で、木目の机の引き出しに手を入れた。使い込まれて角の丸くなった算数の教科書を取り出す。
そして、黒板に書かれた日付と日直欄を見て、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
白チョークできれいに書かれた、**【 昭和51年2月20日(金) 日直 木暮・水野 】**の文字。
(水野と……日直やったんか、俺)
斜め前に座っている、マドンナの水野の横顔が、2月の柔らかな太陽の光に照らされている。
中身は62歳の俺にとって、この「昭和51年2月20日」という日付は、もう戻ることのできない、ただの眩しい過去の日付だった。それが今、目の前に、確かな現実として横たわっている。
ふと周りを見渡すと、クラスメイトたちもそれぞれ戸惑いながら机の中をゴソゴソと探っていた。
真ん中の列の片山は、「象が踏んでも壊れない」で有名なあのアーム筆入を、どこか誇らしげに机の上に出している。隣の列の宮本は、両面がパカパカと強力マグネットで閉まる仕掛け付きの多機能筆箱をいじっていた。
そして俺が引き出しから取り出したのは、当時大流行していたF1マシンのイラストが描かれたプラスチック製の筆箱だ。
(あ、これ……俺、ティレルの6輪車のやつ使っとったんや……!)
手に伝わるプラスチックの硬い感触、鉛筆の削りかすと消しゴムの甘い匂い。一瞬だけ、62歳の心が少年の頃の純粋な記憶に包まれそうになった、その時だった。
引き出しの奥、F1筆箱の陰に隠れていた「あるもの」に指先が触れた。
ザラりとした、見覚えのある手触り。
(あ、これ……あの天王寺のマンションに届いた、同窓会の案内状……!?)
背筋にゾクッと冷たいものが走った。
意識を失う直前まで、2026年のあの部屋で確かに握りしめていたはずの、あの茶封筒だ。
なぜ、50年前の、12歳の健一の机の中にこれが入っているんだ。
俺は息を呑み、大喜多先生が黒板に向かってチョークを走らせている隙に、慌てて引き出しの奥で封筒を開いた。中から、あの白い便箋が出てくる。
そこには、マンションで読んだときには無かった、丸っこい手書きの文字で**『追伸』**が書き加えられていた――。