ブロードウェイでの成功を夢見る女性が、周囲を欺きながらスターの座をつかみ取るまでを描いた『イヴの総て All About Eve。映画を観ているうちに、以前、職場の先輩から受けた説教を思い出しました。

 

<概要> ※ネタバレ注意

 この映画は、有名な舞台女優のマーゴベティ・デイヴィス Bette Davis 1908-1989)の付き人になった女優志望の若い女性イヴアン・バクスター Anne Baxter 1923-1985)が嘘に嘘を重ねてマーゴの代役として舞台に出たり、マーゴのために用意された舞台に出演したりしてスターの座をつかみ取るまでを描いています。

 どんな嘘かと言いますと、まず第二次世界大戦で夫が戦死して失意のどん底にいた時にサンフランシスコでマーゴの舞台を観て感激したと言って彼女の付き人になります。この嘘には脚本家の妻でマーゴの古くからの友人のカレンも騙されてしまいます。マーゴには内緒で彼女の代役にイヴをアサインし、たまたま車のトラブルでマーゴが予定通りに劇場に来ることができなくなったためイヴが舞台に立ち成功を収めます。

 さらに、もともとマーゴのために用意された舞台に立たせるように脚本家の夫を説得して欲しいとカレンに頼み、断られると知り合いの評論家アディソンにマーゴを酷評する記事を書かせると脅します。結局、結婚のためマーゴがこの舞台に出なくなったためイヴが主役を演じ、その演技が評価されて演劇界最高の賞を受賞します。

 

ジョセフ・L・マンキーウィッツ監督(Joseph Leo Mankiewicz 1909-1993)

1950年のアメリカ映画

アカデミー作品賞・監督賞・助演男優賞・脚本賞・衣装デザイン賞・録音賞を受賞

 

 

<タイトルの由来>

 マーゴやマーゴの夫となる演出家、それにカレンと夫の脚本家は、途中からイヴの本性に気づきますが、はじめのうちは彼女の嘘にまんまと騙されてしまいます。そんな中で脚本家のアディソンだけが早い段階でイヴの嘘に気づきます。

 ありもしないサンフランシスコの劇場でイヴがマーゴの舞台を観たと言ったことから彼女の過去を調べ始め、第二次世界大戦で夫が戦死したことをはじめ、彼女の身の上話がほとんど嘘であることを突き止めます。

 アディソンはそのことをあえてイヴに伝えずにいますが、成功した彼女が彼のもとを去ろうとした時にはじめて「自分は総てを知っている」と脅し、服従させます。タイトルの『イヴの総て』は、ここから来ているのだと思います。

 ところで、私は観たことはありませんが『イヴのすべて』という韓国ドラマがあります。韓国のテレビ局で看板キャスターの座を争う二人の女性アナウンサーと彼女たちを取り巻く人間模様を描いたドラマで、「華やかな世界での女性の戦い」という意味では『イヴの総て』とちょっと似ているのかもしれません。

 2000年に韓国で放送され、日本でもキー局初の韓国の連続ドラマとして2002年に放送されましたが、全20話のところ10話しか放送しなかったこともあって評判はあまりよくなかったようです。翌2003年に『冬のソナタ』が放送されて日本で韓流ブームが起こったこともあり、「早すぎた韓流ドラマ」というありがたくないレッテルを貼られたそうです。

 

 

<共倒れに終わったアカデミー主演女優賞>

 この映画は、最優秀作品賞や監督賞など六つの部門でアカデミー賞を受賞していますが、意外なことに主演女優賞は獲っていません。

 もともとマーゴを演じたベティ・デイヴィスが3度目の主演女優賞の呼び声が高かったのですが、これに対抗してアン・バクスターの所属会社がバクスターも主演女優賞にノミネートされるように工作したため、票が二つに割れてしまい、共倒れに終わってしまったからです。そりゃそうですよね、一つの映画から二人の女優が主演女優賞を狙うなんてありえませんよね。なんだか『イヴの総て』そのままって感じです。

 それと、この映画には無名時代のマリリン・モンローMarilyn Monroe 1926-1962)も出演しています。イヴ同様に女優を目指す若い女性の役です。イヴが周囲の同情を買うため自分の過去を偽ってチャンスをつかもうとするのに対して、モンロー演じる若い女性は天真爛漫そのもので、その後、モンローが多く演じることになる役柄を予感させます。

 

<先輩から受けた説教> 

 映画は、イヴのファンを名乗る女子高生が彼女を訪ね、かつてイヴがマーゴの衣装を使ってやったようにイヴの舞台衣装を体にあて、さらに受賞したばかりのトロフィーを手に鏡に向かって陶然とした表情を見せるところで終わります。彼女もまたスターの座をつかみ取るために、イヴと同じようにこれから周囲の人を踏み台にしていくのではないかと思わせる凄みのあるシーンです。女性の、この言い方がまずければ人間の心の奥底に潜む「野望」とか「欲」を見せられたような気がしてちょっとゾッとしました。

 ただこの「野望」や「欲」ですが、個人差はあるようで、私に関して言えばどちらかと言うと淡白な方なんじゃないかと思っています。というのは、10年以上前のことですが当時勤めていた職場の先輩からこんなことを言われたことがあります。「俺はポストを狙ってつかみ取って来た。それに比べてお前は何をやっているんだ」と。

 「図らずも栄誉に浴しました」といった挨拶があります。この「図らずも」は「意図することなく」といった意味なんでしょうが、この先輩は「図らずも」ではなく、「図って」組織を生きてきたことを正直に告白して私を叱咤激励したのですね。ただ、言われた当の私が「ほーっ、そういう考えもあるんだ」くらいにしか受け止めませんでしたので、説教のしがいもなかったんじゃないかと思います。

 考えてみると、私も時には背伸びをしましたが、どちらかというと面白おかしく仕事をして、出世は二の次と考えて来たようです。つまり、イヴのような生き方はせずに身の丈に合った生き方をしてきたわけです。能力的にも性格的にもそうすることしかできなかったのですが、今になってみればそれはそれでよかったような気がしています。

 華やかなショービジネスの世界の裏側を描いた『イヴの総て』を観て、私はあらためてそんな自分を振り返っています。
 

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

<もう一言>

 もしかしたら、私に説教した先輩がその後どうなったか気になる人もいるかもしれませんね。詳細については個人情報なので控えさせていただきますが、一言だけ言うと、この先輩、確かに狙ってポストに就いて来たのかもしれませんが、イヴと違ってまわりを欺いて出世するような真似をしなかったことだけは、本人の名誉のためにお伝えしておきます。いい先輩でしたよ、それなりにですけどもね(笑)。