今年は4年に一回のアメリカ大統領選挙の年。11月の本番に向けて先月から予備選挙が始まりました。共和党ではアイオワ州に続きニュー・ハンプシャー州でもトランプ前大統領が勝利し、党の指名獲得に向けて弾みをつけています。

 そのトランプ前大統領は大統領選挙の結果を覆そうとしたなどとして四つの事件で起訴されていて、私はなぜ多くのアメリカ国民が前大統領を支持するのか不思議に思ってきました。ポピュリストの権化ともいえる州知事の誕生を描いた『オール・ザ・キングスメン All The King`s Men』を観て、答えの一端が分かったような気がしました。

 

<あらすじ> ※ネタバレ注意

 この映画には1949年に公開されてアカデミー作品賞を受賞した旧作と2006年に公開された新作があります。ストーリーが旧作とほぼ同じなため、今回のブログでは新作の方をご紹介します。

 物語は、アメリカ南部のルイジアナ州の州知事、ウィリー・スタークショーン・ペン Sean Penn 1960-)と、新聞記者を経てウィリーのスタッフとなったジャック・バーデンジュード・ロウ Jude Law 1972-)の二人を軸に展開します。

 

 ルイジアナ州で市の出納官を務めるウィリー・スタークは、超がつくほどまじめな男。小学校の建設工事をめぐる役人と業者との癒着を批判した彼は、その学校で手抜き工事のため非常階段が落ちて3人の子どもが亡くなったことから、世間に存在を知られるようになった。これに目を付けたのが、州知事選挙の立候補予定者の陣営の男で、対立候補の票を減らそうとウィーリーに出馬を勧めた。

 選挙に出たものの、ウィリーは数字を交えながら用意した原稿を棒読みするだけで一向に人気が出ない。やがて自分が利用されていることを知ったウィリーは、そのことを演説で暴露して聴衆の喝采を浴びた。この一件で、どうすれば大衆の心をつかむことができるのかを知ったウィリーは絶叫調の演説で道路や橋、それに学校の建設といった公約を乱発して、有権者、とりわけ経済的に恵まれない人たちの支持を集めることに成功した。

 州知事となったウィリーは、石油会社や電力会社といった地元の有力企業の意向を無視して自分の支持基盤である大衆が喜びそうな政策を推進し、その一方で業者との癒着を重ねて私腹を肥やしていった。これに対して叔父として少年のころからジャックを可愛がっていたアーウィン判事アンソニー・ホプキンス Anthony Hopkins 1937-)が、州議会による調査が必要と新聞で述べたことからウィリーはジャックを使って判事に発言を撤回させようとした。ジャックは判事の同僚だった男の妹を探し出し、この男が亡くなる直前に妹にあてて書いた手紙を見せてもらった。手紙には、アーウィン判事が賄賂を受け取る見返りとして判決に便宜をはかったことが書かれていて、ジャックはこの手紙を判事に見せてウィリーへの批判をやめるように脅した。アーウィン判事は、脅しに屈しない姿勢を見せたが、結局、自殺してしまい、彼の死を母親から聞いたジャックは、その時、初めて判事が実の父親だったことを知った。

 州議会での投票の結果、弾劾を免れたウィリーが喜びを分かち合おうと議事堂でジャックに近づこうとしたその時、ジャックの親友で医師のアダムマーク・ラファロ Mark Ruffalo 1967-)がウィーリーに駆け寄り銃弾を発射した。アダムは前の知事の息子でウィリーに請われて新しい病院の責任者になったが、自分が利用されただけで、しかもジャックの恋人だった妹のアンケイト・ウィンスレット Kate Winslet 1975-)がウィリーの愛人になったことを知り知事を暗殺したのだ。アダムもまたウィリーのボディガードに射殺され、議事堂のロビーに二人の血が流れた。

 

スティーヴン・ザイリアン監督(Steven Zaillian 1953-)

2006年のアメリカ映画

 

 主な出演者のうちアカデミー主演賞受賞者がショーン・ペン(『ミスティック・リバー Mystic River』『ミルク Milk』)とアンソニーホプキンス(『羊たちの沈黙 The Silence of the Lambs』『ファーザー The Father』とケイト・ウィンスレット(『愛を読む人 The Reader』)。助演男優賞ノミネートがジュード・ロウとマーク・ラファロで、まさにオールスターキャストです。ただし、いずれもほかの映画によるもので、この映画はアカデミー賞の選からもれています。

 

 

<ヒューイ・ロング>

 映画には原作があり、原作はルイジアナ州の知事を務めたヒューイ・ロングをモデルにしています。ヒューイ・ロングは、1928年から一期、州知事を務めた後、上院議員になって大統領を目指しましたが、35年に彼を批判する判事の娘婿の医師によって暗殺されます。

 

                              ヒューイ・ロング元知事

 

<ポピュリズムについて>

 そのヒューイ・ロングは、典型的なポピュリストと言われています。ポピュリズムは、富裕層や、政治家、大企業それに官僚などへの憎悪をかきたて、大衆の人気を獲得することです。

 当時のルイジアナはアメリカでも貧しい州の一つで、ロングは、道路や学校、それに病院建設など自らの支持基盤である経済的弱者が喜ぶ政策を次々に実現させていきました。また上院議員になってからは「Share Our Wealth=われらの富をわかち合おう」をスローガンに100万ドル以上の年収がある金持ちから余剰分を取り立てて、全世帯に分配する政策を実現しようとしました。しかし、その一方で、自らの政策を実現するため議員を買収し、業者との癒着も深めていきました。

 『オール・ザ・キングスメン』でも、知事選に立候補するまでは清廉潔白だったウィリーが、選挙戦を通じてどうしたら大衆の心をつかむことができるのか気づいたことから、有権者の大半を占める低所得者層が喜びそうな公約を並びたてて選挙に当選します。そしてこれらの公約を実現する一方で業者との癒着を深めて私腹を肥やし、部下であるジャックの恋人を愛人にしてしまいます。

 ヒューイ・ロングや『オール・ザ・キングスメン』は、矛盾に満ちた政治の世界をよくあらわしていると思います。選挙では、聴衆が喜びそうな事柄を並び立て、当選後は自分の支持者に離反されないようにするため財政的な裏付けがなくても公約を実現しようとします。そして支持者の心をつなぎとめるため、既得権益層=エスタブリッシュメントを攻撃し、自分は大衆の味方だと強調します。と、ここまで書いてハタと気が付いたのがトランプ前大統領との類似点です。

 

<ポピュリストとしてのトランプ前大統領>

 第二次世界大戦後、アメリカは西側諸国のリーダーとして政治や軍事の面で国際貢献を果たしてきました。しかし、その一方で国内経済は疲弊し、国民の間に内向きな感情が芽生えました。そこに目を付けたのがトランプ前大統領だったと思います。

 「Make America Great Again」を合言葉に、メキシコからの不法移民の入国を防ぐため国境に壁を作るとか、一部のイスラム諸国からの入国を制限するとか、従来の政治家だったら国際関係や人権に配慮してなかなか言えなかったことを言ってのけ、不法入国した外国人によって職を奪われたり、治安が悪化していると感じている人たちの支持を集めることに成功します。また不動産ビジネスで成功した富裕層の一員であるにもかかわらず、政治家や官僚などのエスタブリッシュメントを既得権益層のエリートと位置づけて批判します。

 こうした「ポピュリト」の手法が受け入れられるほど、今のアメリカは政治や経済がうまく機能せず、人々の不満や不安が澱のようにたまっているのだと思います。

 

<アメリカ大統領選挙の行方>

 アイオワ州とニュー・ハンプシャー州の共和党の予備選挙でトランプ前大統領に連敗した元国連大使のニッキ―・ヘイリーは、引き続き大統領候補の指名を目指すことを表明しています。

 

                                ニッキ―・ヘイリー元国連大使

 

 しかし、かつて知事を務めた地元のサウスカロライナ州で今月24日に行われる予備選挙に敗れるようなことになれば、選挙戦からの撤退は免れないと思います。民主党は現職のバイデン大統領以外に立候補者はなく、ヘイリー元国連大使が選挙戦から脱落すれば、11月に行われる大統領選挙は、事実上、バイデン対トランプという前回と同じ組み合わせになります。

 どちらが勝利するかはわかりませんが、仮にバイデン大統領が再選された場合、2021年1月に当時のトランプ大統領の支持者が大統領選の無効を訴えて連邦議会に乱入したような事件が再び起こらないともかぎりません。また、そのような事件は起きないにしても、トランプ前大統領の時代に進んだ社会の分断が選挙戦を通じて一層深まることは間違いないと思います。

 大統領選挙が本格化するこのタイミングで『オール・ザ・キングスメン』を観て、私は政治、とりわけアメリカの政治や社会の闇をあらためて見た思いがしました。

 

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。