アメリカン・ニューシネマの先駆けとも言える『俺たちに明日はない Bonnie and Clyde』は、1930年代の実在の銀行強盗、ボニーとクライドの出会いから死までを描いています。

 この映画がアメリカで公開されたのは1967年で、二人の破滅的で反抗的な生き方は、ベトナム戦争をはじめ多くの矛盾を抱えた当時のアメリカ社会に、ある種の共感をもって迎えられました。

 

<あらすじ> ※ネタバレ注意

 アメリカ、テキサス州。刑務所を出所したクライド・バロウウォーレン・ベイティWarren Beatty 1937-)は、ふとしたきっかけでボニーフェイ・ダナウェイ Faye Dunaway 1941-)と知り合う。ウエイトレスとして働くボニーは、退屈な日々にうんざりし刺激を求めていた。クライドは、強盗で服役していたことをボニーが信じようとしなかったため彼女の前で食料品店に押し入り、そんなクライドに彼女は夢中になった。

 自動車修理工のC.W.モスマイケル J.ポラード Michael J. Pollard 1939-2019)も仲間に加えて銀行を襲ったが、決めておいた場所に車を停めなかったモスのミスで逃げるのが遅れ、クライドは銀行員を射殺してしまう。初めての殺人だった。

 その後、クライドの兄のバックジーン・ハックマン Gene Hackman 1930-)と妻のブランチエステル・パーソンズ Estelle Parsons 1927-)も仲間に加わって5人は銀行強盗を重ね、彼らは「バロウズ・ギャング」として広く知られるようになった。ある日、彼らを逮捕しようとしたテキサス・レンジャーのフランク・ヘイマーを逆に捕まえてからかい、その様子を写真に撮って新聞社に送りつけた。以来、ヘイマーは捜査に執念を燃やすようになる。

 彼らはしだいに追いつめられていき、ある日、ブランチと食料品店に買い物に行ったモスが隠し持っていた拳銃を見られてしまったことから、アジトとしていたアイオワ州のモーテルが警官隊に囲まれる。激しい銃撃戦の末、いったんは逃走した5人だったが、翌日も警官隊に包囲され、バックは死にブランチも両目を失明して警察に身柄を確保された。彼女は、テキサス・レンジャーのヘイマーに「バロウズ・ギャング」の残りの一人の名前がモスであることを教えた。

 クライドとボニーも腕を撃たれて大けがをするが、モスが自分の実家に二人を連れていく。モスの父親は表面上は二人を厚遇するが、息子に対しては仲間になったことを激しく叱責した。そして、息子の刑を軽くしてもらうことを条件に、二人が家にいることをヘイマーに伝えた。

 モスの父親からクライドとボニーが買い物に出かけることを知らされたヘイマーは、二人が帰る道路わきに銃撃隊を潜ませた。そしてトラックがパンクで立ち往生したように見せかけてモスの父親が二人の車を止めたところ、森の中から一斉に銃が撃たれた。

 

アーサー・ペン監督(Arthur Penn 1922-)

1967年のアメリカ映画

アカデミー助演女優賞エステル・パーソンズ最優秀撮影賞を受賞

 

 

<ウォーレン・ベイティ Warren Beatty 1937-

 Wikipediaを見ると、肩書は映画監督、俳優、舞台俳優、演出家、作家、脚本家、ピアニスト、映画プロデューサーとなっています。マルチな才能の持ち主です。

 ロシア革命をルポした『世界をゆるがした十日間』の作者であるジョン・リードを描いた『レッズ Reds 1981では、リードを演じるだけでなく監督も務め、アカデミー監督賞を受賞しました。

 名うてのプレーボーイとして知られ、浮名を流した女性は『俺たちに明日はない』で共演したフェイ・ダナウェイはじめ、枚挙にいとまがありません。

 女優のシャーリー・マクレーン(Shirley MacLaine 1934-)は実の姉です。

 

                             シャーリー・マクレーン

 

 日本では長年にわたってウォーレン・ビーティ―と呼ばれてきましたが、映画の配給会社に対して本人がベイティと呼んでほしいと申し出たそうです。

 

<フェイ・ダナウェイ Faye Dunaway 1941-

 『俺たちに明日はない』で人気女優となり、1970年代に『小さな巨人 Little Big Man 1970』『チャイナタウン Chinatown 1974』『コンドル Three Days of the Condor 1975』、それに『ネットワーク Network 1976などの作品に出演して、スターの座を不動のものにしました。『ネットワーク』でアカデミー主演女優賞を受賞しています。

 

<アカデミー賞のプレゼンターの二人>

 4月17日に投稿した『ムーンライト Moonlight 2016のブログでも書きましたが、この二人、2017年のアカデミー賞授賞式でプレゼンターを務めましたが、作品賞の映画を誤って『ラ・ラ・ランド La La Land 2016と発表してしまいました。実際に作品賞を受賞したのは『ムーンライト』で、主催者が間違った封筒を渡してしまったことが原因でした。

 つまり、二人に落ち度はなかったわけです。大物二人に恥をかかせてしまった主催者は、その後、大変だったんじゃないかと思います(笑)。

 二人には申し訳ありませんがついつい見たくなってしまうので、その時の様子を伝える動画をまた紹介します。舞台の様子がおかしくなるのは、2分過ぎからです。

 

 

<「アメリカン・ニューシネマ」の先駆け>

 『真夜中のカーボーイ Midnight Cowboy 1969のブログ(9/11投稿)でも書いたように、1960年代後半から70年代前半にかけて、アメリカ社会はベトナム戦争や人種差別による混乱の真っただ中にあり、「アメリカン・ニューシネマ」と呼ばれる映画が次々に生まれました。

 『俺たちに明日はない』は、その先駆けとも言える記念すべき作品です。銀行強盗を重ねるボニーとクライドの無軌道な生き方は、それまでの映画のヒーローやヒロインのキャラクターとは明らかに異なります。とりわけ、二人が銃で撃たれて蜂の巣のようになって殺されるラストシーンは「死のバレエ」と呼ばれ、観る人に衝撃を与えました。

 

 

<『ザ・テキサスレンジャーズ』>

 『俺たちに明日はない』は、ボニーとクライドという犯罪者を主人公にした映画ですが、実は2019年に彼らの捜査に執念を燃やしたフランク・ヘイマーを主人公にした映画がNetflixから配信されています。『ザ・テキサスレンジャーズ The Highwaymenです。

 

 

 ヘイマ―役はケヴィン・コスナー(Kevin Costner 1955-)ですし、娯楽作品として観れば、映画そのものはまずまず面白いのですが、私はこの作品が配信された時期が気になりました。2019年のアメリカはトランプ大統領の時代で、社会が分断され、一部の人たちが移民や黒人に対して攻撃的な言動を繰り返していました。

 ボニーとクライドが銀行を襲っていたのは1930年代。つまり、世界恐慌によってアメリカが深刻な不況に見舞われていた時期です。彼らは、凶悪犯であることは間違いありませんが、一方で、銀行によって家を差し押さえられた農家に同情したり、貧しい人からは金を奪おうとしなかったりします。腕をけがした二人を乗せてC.W.モスが貧しい人たちに水を飲ませて欲しいと頼むと、彼らは水だけでなく食べ物も与えようとします。つまり映画では、ボニーとクライドを義賊のように描いているのです。

 それから半世紀が経ってトランプ大統領が登場し、アメリカ社会はベトナム戦争のころとは打って変わって保守的なムードが漂うようになりました。そんな中で配信された映画が、『ザ・テキサスレンジャー』でした。

 この映画の中でも、二人は大衆の人気者です。しかしその一方で、銃撃して道路に横たわった警察官の頭をボニーがライフルで撃って血まみれにするなど、『俺たちに明日はない』と違って、二人の残虐性を際立させるような描き方をしています。トランプ大統領の時代だからNetflixが『ザ・テキサスレンジャー』を配信したかまではわかりませんが、もし1960年代後半に製作していたらこうしたシーンは入れなかったでしょうし、そもそもフランク・ヘイマーを主人公とした映画も作らなかったのではないかと思います。 

 『俺たちに明日はない』と『ザ・テキサスレンジャー』。二つの映画をあらためて観て、映画もまた時代を映す鏡として、その時々の社会の空気を色濃く反映しているのだなと、再認識しました。

 

 

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。