ちょっと前のブログでニューヨークの晩秋が印象的な映画『恋人たちの予感 When Harry Met Sally... 1989を取り上げたら、今度は、ボストンの冬を映画で味わってみたくなりました(ボストンにも行ったことはないのですが・・・涙)。

 ボストンの冬と聞いて真っ先に思い出す映画は、私の場合、『ある愛の詩 Love Story 1970です。クリスマスに主人公のオリバーライアン・オニール Ryan O`Neal 1941-)がツリーを売る店でアルバイトをするシーンや、恋人のジェニーアリー・マックグロウ Ali MacGraw 1939-) 雪の中で遊ぶシーンがすぐに頭に浮かびます。

 この映画を私は高校生から大学生にかけてよく観ました。オリバーとジェニーが通う名門大学でのキャンパスライフや彼らの住むボストンという街に強く憧れたものでした。

 

<あらすじ> ※ネタバレ注意

 アメリカ東部のボストンにあるハーバード大学の学生、オリバーライアン・オニール Ryan O`Neal 1941-)が、試験勉強に使う本を借りに近くのラドクリフ大学の図書館に行く。図書館の窓口にはジェニーアリー・マックグロウ Ali MacGraw 1939-)という女子大生がいて、オリバーは彼女をお茶に誘う。

 オリバーはアイスホッケー部に所属し、次の金曜日に同じアイビー・リーグのダートマス大学と試合をすることになっていた。オリバーは応援に来てくれたジェニーと付き合い始める。

 音楽専攻のジェニーは、卒業後、パリに留学することになっていた。それを聞いたオリバーは彼女と離れ離れに暮らすことはできないと思って結婚を申し込み、ジェニーもそれに応じた。

 オリバーは名門の出身で、大学には曾祖父が寄贈した講堂もあった。オリバーはジェニーを連れて実家に行き、両親に彼女を紹介する。

 希望通りロースクールに進学することになったオリバーは、父親との食事の席でロースクール卒業までジェニーとの結婚を待つように言われる。さらに、今、結婚するなら援助を中止すると言われ、親の支援を受けずに二人でやっていくことにする。

 二人はボストン郊外の古いアパートを借り、ジェニーが小学校の教師になって生活を支える。オリバーもロースクールでの勉強のかたわら、アルバイトをする。そして2年後、優秀な成績で卒業し、弁護士になってニューヨークの事務所で働くことになる。

 ニューヨークに高級マンションを借りて新しい生活を始めた二人に、予期せぬ不幸が訪れる。ジェニーが重い白血病にかかり、死が避けられなくなったのだ。医師から普段通りにふるまうように言われたオリバーは、自分のために留学をあきらめたジェニーをパリ旅行に誘うが、医師から白血病であることをすでに聞いていた彼女は、「必要なのはあなただけよ。」と言ってそれを断る。

 二人は屋外スケート場に行き、ジェニーはオリバーがスケートをするのをスタンドから楽しそうに眺めた後、病院に連れて行って欲しいと、彼にタクシーを呼ぶように頼んだ。

 オリバーは、ジェニーの治療費に充てるため、結婚に反対されてからはじめて実家に行き、女とのトラブル解決のために必要になったと嘘を言って、父親から5,000ドルを借りる。

 病室に戻ったオリバーに、ジェニーは、「お願いがあるの。抱いて、本当に抱いて、しっかりと。」と頼み、それからしばらくして25年の短い生涯を終えた。

 オリバーが病院を出ようとした時、父親が入って来た。ジェニーが白血病で入院していることを知った父親は、息子に「助けになりたい。」と申し出た。これに対してオリバーは、ジェニーが死んだことを伝え、「愛とは決して後悔しないことです。」と自分に言い聞かせるように言った。

 

アーサー・ヒラー監督(Arthur Hiller 1923-2016)

1970年のアメリカ映画

 

 

<ライアン・オニール Ryan O`Neal 1941-

 『ある愛の詩』の中では、勉強もスポーツもできる名門ハーバード大学の学生を演じていますが、私生活はどうもそうは行かなかったようです。

 女性遍歴を繰り返した後、映画の中のジェニーのように白血病にかかって闘病生活を送りますが、2006年には寛解しました。それは良かったのですが、翌年にはトラブルの末、次男に発砲する事件を起こして逮捕され、さらにその翌年には違法薬物所持の容疑で三男とともに逮捕されています。

 女優のテータム・オニール(Tatum O`Neal 1963-)は実の娘で、テータムは父親と出演した『ペーパー・ムーン Paper Moon 1973の演技によって、史上最年少の10歳でアカデミー助演女優賞を受賞しました。彼女は、その後も『がんばれ!ベアーズ The Bad News Bears 1976に出演してお茶の間の人気者になり、1986年にはプロテニスプレーヤーのジョン・マッケンローと結婚して3人の子どもに恵まれますが、1994年に離婚します。その後、2008年にはコカインを購入した疑いで逮捕されます。

 父娘とも、なかなか波乱万丈の人生を送っているようです。

 

 

                                                                                      テータム・オニール

                                                   (『がんばれ!ベアーズ』から

 

<アリー・マックグロウ Ali MacGraw 1939-

 映画の中のジェニーはラドクリフ女子大の学生ですが、アリー・マックグロウはラドクリフ同様、アメリカ東部の名門女子大のウェルズリー大学を卒業しています。

 モデルとして活躍した後、女優になり、『ある愛の詩』に続き『ゲッタウェイ The Getaway 1972に出演しました。『ゲッタウェイ』で共演したスティーブ・マックイーン(Steve McQeen 1930-1980)と結婚し、後に離婚しています。

 

<ハーバード、ラドクリフ、そしてボストン>

 オリバーが通うハーバード大学は、アメリカ東部の八つの名門私立大学で構成されるアイビー・リーグの一つで、1636年に創立されたアメリカ最古の大学です。幅広い分野に人材を供給、政治の世界ではケネディー大統領はじめ、これまでに8人の大統領を輩出しています。

 ハーバード以外の七つの大学は、ブラウン大学、コロンビア大学、コーネル大学、ダートマス大学、ペンシルベニア大学、プリンストン大学、イェール大学で、オリバーはこのうちダートマス、コーネルとアイスホッケーの試合で戦っています。

 一方、ジェニーが通うラドクリフ大学は、映画が公開された当時は、女子大でしたが、1999年にハーバード大学と統合されました。

 高校生から大学生にかけてこの映画を観るたびに思ったのは、私も映画の舞台に行ってみたいということでした。そのためには、ハーバード大学に留学するのが一番いいんでしょうが、もちろんそんなことは思っただけで終わってしまい、その後も飲めや唄えの学生生活を送ったものでした(しかし、ハーバードに対する憧れだけは持ち続け、ハーバードへの留学体験記を書いた小田 実『何でも見てやろう』を読んだり、ロースクールの学生のハードな勉強ぶりを描いた『ペーパー・チェイス The Paper Chase 1973という作品を映画館まで見に行ったりしたものです)。

 ハーバードと言えば、こんなこともありました。大学を卒業して私が山口で記者生活を始めたことは、以前、ほかのブログでも書きましたが、そこでたまたまエルサルバドル出身の男性と知り合いになり、山口の街を案内しました。アメリカの学校に通っていたというその男性は、スペイン語と英語のバイリンガルでした。酔った勢いもあって私がたどたどしい英語でハーバードに留学したいというと、一瞬、「こいつ、なに訳の分からないことを言っているんだろう。」と驚いたような顔をして、その後、にやにやしながら、「まぁ、行けばいいんじゃない」といったようなことを言ったものでした(笑)。

 あれからほぼ40年。あらためて『ある愛の詩』を観たのですが、ハーバードにあこがれたあのころの自分がおかしくもあり、いじらしくもあり、とにかく懐かしさがいっぱいでした。

 この齢になって留学は無理でしょうから(年齢だけの問題でもありませんが 笑)、ボストンを旅してハーバードのキャンパスを訪ねてみたいと思っています。もちろん、気分は『ある愛の詩』の主人公、オリバーになってです(笑)。

 

<愛とは決して後悔しないこと>

 この映画で有名なセリフに「愛とは決して後悔しないこと」があります。原文は、“Love means never having to say you are sorry.”です。

 このセリフは、二つの場面で使われます。一つ目は、実家とのかかわりをかたくなに拒否するオリバーと言い争いをして家を飛び出したジェニーが、彼女を探し疲れたオリバーと、夜になって家の前で会うシーンです。ジェニーは鍵を持っていなかったためオリバーの帰りを待っていたのですが、オリバーが「I`m sorry...」と話し始めると、彼女はそれを遮って“Love means never having to say you are sorry.”と言います。直訳すると、「愛していれば謝る必要などない」といった感じになりますので、まさにこのシーンにぴったりです。

 二つ目のシーンは、病院を訪ねてきた父親がジェニーが死んだことを知らされ、“I`m sorry...”と言おうとしたのに対して、オリバーが“Love means never having to say you are sorry.”と言う場面です。「I`m sorry...」は、残念な気持ちを表す時にも使われ、この時、父親はオリバーにお悔やみを言おうとしたのです。

 これに対して、オリバーはかつてのジェニーの言葉をそのまま使って、「愛していれば残念と言う必要がない。」と自分に言い聞かせるように言い、それを映画の翻訳者が、「愛とは決して後悔しないこと」と意訳したわけです。

 『ある愛の詩』といえば、「愛とは決して後悔しないこと」。見事な意訳と言っていいのでしょう。

 

<涙腺崩壊>

 「晩秋のニューヨークの次は、冬のボストンだ。」といった軽い気持ちで、何回目かの『ある愛の詩』を観ました。

 ストーリーは頭に入っているし、「愛とは決して後悔しないこと」をはじめ、覚えているセリフもけっこう多いので、淡々と観ることになるんだろうなと思っていました。でもダメでした。途中からすっかり感情移入してしまい、ジェニーが白血病になって余命あとわずかとなってからは、涙があふれてしょうがありませんでした。ここまで胸を締めつけられる思いでこの映画を観たのは、もしかしたら初めてだったかもしれません。

 要するに、齢をとって涙もろくなった、ということだと思います。でも、64歳にもなって高校生の時に観た映画に涙するのもそんなに悪いことではないんじゃないかと、開き直ったりもいます。もしかしたら、映画を観続けているおかげなのかもしれないな、と思ったりもしています。

 放っておいても、齢をとればとるほど、どんどん涙もろくなるのかもしれません。でも、そうだとしたら、それを無理におさえつけるのではなく、これからも多くの映画を観て心に水分と栄養を送り、気のすむまで泣いてみようかなと思っています。せめて気持ちだけでも若くあり続けたいですからね(笑)。

 

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。