サスペンス映画の神様と言えば、ヒッチコック監督(Alfred Hitchcock 1899-1980)です。実は父親がヒッチコック監督のファンだったこともあり、私も『裏窓 Rear Window 1954』や『めまい Vertigo 1958』など、いくつかの作品に親しんできました。『汚名 Notorious 1946』もその一つです。
この映画が公開された1946年は、前年に第二次世界大戦が終わり、南米に逃げたナチスの残党や核開発の行方が大きな国際問題になっていました。こうした時代状況の中で、イングリッド・バーグマン(Ingrid Bergman 1915-1982)演じる主人公はなぜ汚名を着せられ、それをどのように晴らそうとしたのか。それがまさに作品のテーマです。
<あらすじ> ※ネタバレ注意(11月24日のBSシネマで放送予定)
1946年4月、アメリカ・マイアミの裁判所。ナチスドイツに協力した国家反逆罪で、ヒューバーマンという初老の男が懲役20年の判決を言い渡された。ヒューバーマンにはアリシア(イングリッド・バーグマン Ingrid Bergman 1915-1982)という娘がいて、彼女は、その夜、親しい仲間を自宅に集めてパーティーを開いた。
その中に見知らぬ男が一人いた。男の名前はデブリン(ケーリー・グラント Cary Grant 1904-1986)で、アメリカの諜報機関で働いていた。彼は三か月にわたってアリシアと父親との電話を盗聴し、父親からのナチスへの協力依頼を断った彼女を愛国者と判断した。そして、ナチスの協力者だった男で、ブラジルに住むセバスチャン(クロード・レインズ Claude Rains 1889-1967)に近づき、彼とその仲間の動向を探るように頼んだ。
はじめアリシアは依頼を断ったが、「父親の罪の償いにもなる。」と言われたこともあって引き受けることにした。デブリンと一緒にブラジルのリオデジャネイロに向かった。
ドイツの大企業の社長だったセバスチャンはアリシアの父親の友人で彼女とも面識があり、かつてナチスに武器を供給していた。アリシアは、セバスチャンがよく行く乗馬クラブで偶然を装って彼と会い、自宅で開く晩さん会に招待された。晩さん会にはほかにも5人の男が招待されていた。男たちはその後もセバスチャンの屋敷に出入りするが、なぜかフプカだけは姿を見せなくなった。
やがてセバスチャンは、アリシアに結婚を申し込む。アリシアは、プロポーズに応じるべきかデブリンとその上司に相談する。デブリンとアリシアは互いに愛し合う仲になっていたが、彼は職務のために応じるべきだと、彼女に結婚を勧めた。
セバスチャンとの生活の中で、アリシアはワイン貯蔵庫に秘密が隠されているのではないかと疑う。結婚披露パーティーにデブリンも招待し、夫が持つ鍵束からはずした貯蔵庫の鍵を渡した。デブリンは貯蔵庫の中を調べ、たまたま棚から落ちて割れたボトルの中に入っていた細かな粒子を持ち帰った。鑑定の結果、それは原爆の材料となるウラン鉱石だった。
一方、鍵束から一時的にワイン貯蔵庫の鍵がなくなっていることに気づいたセバスチャンは、貯蔵庫の中を調べ、ウラン鉱石を入れたボトルが、ほかのボトルとすり替えられていることを確認した。こうしたボトルは全部で3本あったが、以前、誤って晩さん会の席にボトルを出したフプカは、仲間から殺されていた。
アリシアの手引きでデブリンがボトルの中のウラン鉱石を持ち帰ったことに気づいたセバスチャンは、口封じのため直ちに彼女を殺害しようとした。しかし、一緒に住む母親から、それではかえって仲間から不審に思われると忠告され、コーヒーの中に少量の毒を入れ、時間をかけてアリシアを殺害することにした。
アリシアからの連絡が途絶えて心配したデブリンがセバスチャンの屋敷に行くと、彼女はベッドで寝かされていた。アリシアは自分が毒殺されようとしていることをデブリンに伝え、セバスチャンの仲間はウラン鉱石の秘密がアメリカに渡ったことをまだ知らない、と説明した。
デブリンはアリシアを病院に連れていくことにして、彼女と一緒に部屋を出た。階下にはセバスチャンの仲間がいて、二人を心配そうに見上げていた。セバスチャンは、アリシアたちを病院に行かせまいとしたが、デブリンから、仲間に不審に思われていいのかと逆に脅される。そして、このまま二人だけを病院に行かせて真実を明らかにされると、アリシアがスパイであることを見抜けなかったために原爆製造計画をアメリカに知られたことを仲間に気づかれ、フプカのように殺されてしまうと思った。
セバスチャンは自分も一緒に病院に連れて行って欲しいと必死に頼んだが、デブリンは無視し、車が走り去っていった。
アルフレッド・ヒッチコック監督(Alfred Hitchcock 1899-1980)
1946年のアメリカ映画
<ケーリー・グラント Cary Grant 1904-1986>
イギリスの出身で、アメリカに渡って成功を収めました。ヒッチコック監督と似た経歴だったからでしょうか、監督に気に入られ、『断崖 Suspicion 1941』、『汚名』、『泥棒成金 To Catch aThief 1955』、『北北西に進路を取れ North by Northwest 1959』に出演しています。
<イングリッド・バーグマン Ingrid Bergman と クロード・レインズ Claude Rains >
『カサブランカ Casablanca 1942』のブログ(9/12 投稿)でも書きましたが、イングリッド・バーグマンは、スウェーデンのストックホルムからアメリカに渡り、ハリウッドで活躍しました。『汚名』が公開される前に『カサブランカ』と『ガス燈 Gaslight 1944』に出演し。『ガス燈』でアカデミー主演女優賞を受賞しています。まさに女優として脂ののっている時に、『汚名』に出演したわけです。
この『汚名』でセバスチャン役を演じたクロード・レインズはイギリス出身の俳優で、彼もまた『カサブランカ』に出演しました。
ナチスに従うふりを見せながら最後はリック(ハンフリー・ボガート Humphrey Bogart 1899-1957)に協力して、イルザ(イングリッド・バーグマン)と彼女の夫がポルトガルに行くのを助ける警察署長の役を好演しています。
『汚名』のセバスチャンはナチスの協力者ですが、彼を見ているとどうしても『カサブランカ』のナチス嫌いの警察署長を思い出してしまい。妙な気分になりました。
<ヒッチコック監督>
イギリスのロンドンで生まれ、母国で映画制作に携わった後、1939年にアメリカに渡り、数々の作品を監督しました。
個人的にはヒッチコック監督の映画=美人女優というイメージがあります。以下はいずれもwikipediaからです。
ジョーン・フォンテイン Joan Fontaine 1917-2013
(『レベッカ Rebecca 1940』 『断崖 Suspicion 1941』)
イングリッド・バーグマン Ingrid Bergman 1915-1982
(『白い恐怖 Spellbound 1945』『汚名 Notorious1946』
『山羊座のもとに Under Capricorn 1949』)
マレーネ・ディートリヒ Marlene Dietrich 1901-1992
(『舞台恐怖症 Stage Fright 1950』)
グレース・ケリー Grace Kelly 1929-1982
(『ダイヤルMを廻せ!Dial M for Murder 1954』
『裏窓 Rear Window 1954』 『泥棒成金 To Catch aThief 1955』)
ドリス・デイ Doris Day 1922-2019
(『知りすぎていた男 The Man Who Knew Too Much 1956』)
キム・ノヴァク Kim Novak 1933-
(『めまい Vertigo 1958』)
エヴァ・マリー・セイント Eva Marie Saint 1924-
(『北北西に進路を取れ North by Northwest 1959』)
ジャネット・リー Janet Leigh 1927-2004
(『サイコ Psyco 1960』)
ティッピ・ヘドレン Tippi Hedren 1930-
(『鳥 The Birds 1963』『マーニー Marnie 1964』)
いやはや、圧倒されますね(笑)。これだけの美女を起用できたということも、ヒッチコック監督の偉大さの証なんでしょう。しかし監督の名誉のために言っておくと、けっして「英雄、色を好む」ではなく、1926年にアシスタント・ディレクターだった女性と結婚し、生涯をともにしたということです。
<ナチスドイツと南米>
『汚名』は、第二次世界大戦後の国際情勢が作品の背景になっています。まず、アリシアの父親は大戦中にナチスドイツに協力した罪で有罪判決を受けます。アリシアは、スパイの娘という汚名を晴らすためにアメリカの諜報機関に協力します。
情報を入手するためにアリシアが結婚したセバスチャンは、ナチスドイツの協力者で、リオデジャネイロの屋敷に原爆の原料となるウラン鉱石を隠し持っています。
元々ドイツと南米とのかかわりは深く、1800年代後半には不況に苦しむドイツに見切りをつけてブラジルやアルゼンチンに移住するドイツ人があらわれるようになり、しだいにその数が増えていったということです。とりわけアルゼンチンは、1946年に大統領になるファン・ペロンが第二次世界大戦中に軍事視察武官としてドイツを訪ねてナチスから大きな影響を受けたことから、ナチスの残党を積極的に受け入れました。この中には、ユダヤ人の大量虐殺に関わったアイヒマンも含まれていました。
またブラジルに対してもナチスは関心を持ち、ヒトラーは「ブラジルに新しいドイツを建設しよう。そこには我々の望む全てのものがあるのだ。」と語ったことがあるということです。
『汚名』に登場するセバスチャンやその仲間が、どのようにしてブラジルに渡ったかは映画からはわかりませんが、彼らは元々ドイツに縁の深いブラジルの地で、ナチスドイツの復興を目指したのです。
<ナチスドイツと核開発>
セバスチャンたちがナチスドイツ復興の手段として用いようとしたのが原爆でした。
原爆は、第二次世界大戦中、アメリカだけでなくナチスドイツも開発を進めていました。戦後、南米に逃げたナチスの残党が核開発を進めたという話は聞いたことがありませんが、広島、長崎の被害を知ったセバスチャンたちが、原爆をナチス復興の鍵にしようとしたというストーリーは、当時の時代状況の中で観客を戦慄させるのに十分だったのかもしれません。
<カメオ出演>
ヒッチコック監督は、自らが監督した作品にちょこっとだけ出演すること(カメオ出演と言うそうです。ちなみにカメオとは、宝石に施した絵柄が立体的に見える「浮き彫り」を指すそうです)で有名です。
もともと、予算不足でエキストラを満足に雇えず、仕方なく出演していたのが、なにせ目立つ体型なのでファンの注目を集めるようになり、ファンサービスの一つとして続けたということです。
『汚名』にも出演しています。はじめ観た時は気がつかなかったのですが、wikipediaの「アルフレッド・ヒッチコックのカメオ出演一覧」に「クロード・レインズの邸宅で催された大きなパーティにて」と書かれていたのであらためて観てみると、いましたいました、飲み物を一杯だけ飲んで画面からフレームアウトする小太りの男が。
こうした遊び心も、ヒッチコック監督の魅力の一つなのかもしれませんね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
参考
『汚名』は、11月24日(水)午後1時からNHKBSプレミアムのBSシネマで放送される予定です。