『To Kill a Mockingbird』。これが『アラバマ物語』の原題です。mockingbirdは鳥の名前で、日本名はマネシツグミです。『マネシツグミを殺すこと』。この原題にどのような意味が込められているのか。そして、それをなぜ『アラバマ物語』としたのか。私なりに考えてみました。

 

                                                                                       Mockingbird(マネシツグミ)

                                                Wikipediaより

 

<あらすじ> ※ネタバレ注意

 1932年のアラバマ州のとある町。早くして妻を亡くした弁護士のアティカス・フィンチグレゴリー・ペック Gregory Peck 1916-2003)は、6歳の娘、スカウトとその兄、ジェムの3人で暮らしていた。近所には、中の様子をうかがうことのできない家があって、子どもたちはブーという恐ろしい男が住んでいると噂しあっていた。

 ある日、判事がアティカスの家に来て、白人の若い女性に乱暴したとして逮捕されたトム・ロビンソンという黒人の弁護を引き受けるよう彼に頼んだ。

 スカウトとジェムが見守る中、アティカスは法廷で、トムが事故で左手を使えなくなったことを明らかにし、検察側が主張するように女性の顔の左側にけがをさせることは不可能だと訴えた。トムも、女性からキスを求められたと自らの無実を主張した。

 これに対して、女性とその父親、ユーウェルは、あくまでもトムに乱暴されたと繰り返した。最後にアティカスは、女性がトムの腰に抱きついてキスを求め、それを知った父親が女性を殴ってけがをさせたと述べ、裁判は正義を求めるためにあると陪審員に訴えた。

 しかし、白人ばかりの陪審員はトムを有罪とする評決を下した。アティカスはあきらめずに上訴するよう、トムを励ました。

 自宅に戻ったアティカスに保安官から知らせが届き、絶望したトムが拘置所から脱走を図って監視に射殺されたことを知った。そのことを伝えるため彼がトムの家に行くと、女性の父親のユーウェルから外に呼び出され、「お前は黒人の仲間か。」と唾を吐きかけられた。アティカスは憐れむような目でユーウェルを見ただけで、何も言わずに家に帰っていった。

 それからしばらくして、ハロウィンの催し物に出演したスカウトと一緒に、夜、ジェムが家に向かっていたところ、ユーウェルに襲われた。しかし、ジェムは何者かに助けられ、無事、家まで運ばれた。

 やがて保安官が家に来て、ユーウェルが刃物で刺されて殺されたことをアティカスに伝えた。ジェムが寝かされている部屋には見知らぬ男が立っていて、スカウトは、それがブーロバート・デュヴァル Robert Duvall 1931-)だと気がついた。

 ブーは精神に障害を持っていた。保安官は、ジェムを助け、ユーウェルをナイフで刺したのは彼だと判断した。しかし、ユーウェルは倒れた拍子にナイフが刺さって死んだことにして、ブーの罪を問わないことにした。

 

1962年のアメリカ映画

ロバート・マリガン監督(Robert Mulligan 1925-2008)

アカデミー男優賞・脚色賞・美術賞(白黒部門)を受賞

 

 

<グレゴリー・ペック Gregory Peck 1916-2003

 端正な顔立ちで清潔感にあふれ、声もとても落ち着います。アティカス役は、グレゴリー・ペック以外には考えられません。この映画で、アカデミー主演男優賞を受賞しています。

 役柄だけでなく人柄も誠実だったようで、『ローマの休日 Roman Holiday 1953』で共演したオードリー・ヘップバーン(Audrey Hepburn 1929-1993)とは生涯を通じて深い信頼関係で結ばれていたといいます。1993年、彼女が63歳の若さで亡くなった時、葬儀委員長を務めたのもグレゴリー・ペックでした。

 

<プロデューサーはアラン・J・パクラ Alan J. Pakula 1928-1998

 この映画のプロデューサーはアラン・J・パクラです。私もブログで取り上げましたが、『大統領の陰謀 All the President`s Men 1976』と『ソフィーの選択 Sophie`s Choice 1982』で監督を務めました。

 経歴を調べると、もともとは映画プロデューサーで、1960年に出版されてピューリッツァー賞を受賞したハーパー・リー(Harper Lee 1926-2016)の原作を読んで『アラバマ物語』の映画化の権利を買い取り、かつて一緒に仕事をしたことのあるロバート・マリガンに監督を依頼したということです。ちなみにロバート・マリガンは、『おもいでの夏 The Summer of `42 1971』の監督です。

 『大統領の陰謀』の監督がプロデュースした作品を『おもいでの夏』の監督が手がける。映画ファンの私としては、この事実を知っただけでも嬉しくなってしまいました。

 

 <原題の意味>

 mockingbird(マネシツグミ)という鳥について、父親は子どもたちに「マネシツグミを撃つのは罪なこと。きれいな声で鳴く人には無害な鳥だからだよ。人の庭も荒らさないし。美しい声で鳴いてくれるいい鳥だ。」と語りかけるシーンがあります。

 この言葉からもわかるように、映画では「マネシツグミ」を人に害を与えない弱い立場にあるものの象徴として使っていて、『To Kill a Mockingbird』という原題に、「ロビンソンやブーのような、人に害を与えない弱い立場にある人たちを虐げてはいけない」という意味を込めています。ブーがユーウェルをナイフで刺したことを知りながら、ユーウェルは事故で死んだことにしようと判断した保安官について、スカウトは、「保安官は正しいわ。無害なマネシツグミを撃つことと同じことでしょ?」と、父親のアティカスに話します。

 しかしさすがに、『To Kill a Mockingbird=マネシツグミを殺すこと』では、我々日本人には、なんの映画かよくわからないので、たぶん配給会社の担当者でしょう、『アラバマ物語』という邦題を思いついたのだと思います。

 

<なぜ『アラバマ物語』なのか>

 アラバマ州は、ディープサウス(深南部)と呼ばれる州のひとつで、奴隷の存在が州経済を支え、南北戦争(1861-65)では奴隷制度の存続を主張して南軍の一員として戦いました。戦争に敗れたことで奴隷制度そのものはなくなりましたが、黒人差別は続き、公共の乗り物や施設については、白人用と黒人用に明確に区別されました。

 そうした中、1950年代から60年代にかけてアラバマ州で起きた二つの出来事が、アメリカだけでなく世界の注目を集めました。バスボイコット運動黒人学生のアラバマ大学入学です。

 このうちバスボイコット運動は、1955年12月、アラバマ州の州都、モンゴメリーで公共バスの黒人専用席に座っていたローザ・パークス(Rosa Parks 1913-2005)という黒人女性が、白人の専用席が混んできたので白人のために席を譲るように運転手に言われたのに従わず、逮捕されたことから起きました。

 彼女の逮捕に黒人が抗議し、その一環として、公共バスへの乗車をボイコットする運動が起きたのです。この運動を指導したのが、若き日のマーチン・ルーサー・キング牧師(Martin Luther King 1929-68)でした。

 一方、黒人学生のアラバマ大学入学は、1963年6月に二人の黒人学生がアラバマ大学に入学しようとした際に、当時、アラバマ州知事だったジョージ・ウォレス(George Wallace 1919-98)が正門の前に立ち、二人の入学を阻止しようとしました。これに対して、ケネディー大統領(John F. Kennedy 1917-63)は黒人学生を保護するために州兵を派遣するとともに司法省の幹部を特使として派遣して大統領布告を読み上げさせ、二人の入学をウォレス知事に認めさせました。この様子はテレビで放映され、アラバマ州=黒人差別というイメージがアメリカだけでなく世界に広まりました。

 ここからは私の推測なのですが、映画の内容が黒人に対する差別だったので、配給会社の担当者は、タイトルだけで内容が思い浮かぶようにするため、『アラバマ物語』という邦題にしたのではないでしょうか。

 ちなみに、黒人学性のアラバマ大学への入学は1963年6月11日で『アラバマ物語』の日本公開は、同じ月の22日でした。ポスター印刷など諸々の準備にかかる時間を考えると、さすがに黒人学生の入学前に『アラバマ物語』というタイトルは決まっていたのでしょうが、この問題が日本国内で映画への関心を高めたことは間違いないと思います。

 

<映画公開から60年>

 アティカスは、2003年にアメリカ映画協会が選んだアメリカ映画100年のヒーローと悪役ベスト100で、ヒーロー部門第1位を獲得しています。アメリカの良心を体現したキャラクターとして人気があります。 

 もうひとつ忘れてならないのは、父親としてのアティカスです。アティカスは、白人のリンチからトムを守ろうと、夜、拘置所の玄関に詰めますが、そこに父親を心配するスカウトとジェムが、友だちを連れてやってきます。スカウトたちは、法廷でトムを弁護する父親の姿を見ようと裁判も傍聴します。特にジェムは、トムが監視に撃たれて死亡したことを父親が家族に伝えに行く際、一緒に車に乗り込み、ユーウェルから唾を吐きかけられた父親が、終始、毅然とした態度を取り続けるのを見ます。

 二人の子どもはアティカスを心から尊敬します。彼はアメリカ人にとって理想の父親像で、それもヒーロー部門第1位を獲得した理由なのでしょう。

 『アラバマ物語』が公開されてから来年で60年になります。確かにかつてあった集団リンチのようなあからさまな差別はなくなったのかもしれませんが、去年、ミネソタ州で黒人が警察官に取り押さえられた際に死亡した事件をきっかけに`Black lives matter`の運動が全米に広がるなど、黒人をはじめとした有色人種への差別は完全に消えたわけではありません。

 人々の心に残る偏見や差別の意識は根強く、それは何もアメリカ人だけでなく、我々日本人にも同じことが言えるのではないでしょうか。

 それだけに、「`to kill a mockingbird`のような真似をしてはいけない。」というこの映画のメッセージは、我々一人一人にとって、今も大切な教えであり続けるのです。

 

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。