結婚して少しの間 旦那さんの地元である藤岡市に住んでいた

25年前の今日

激しい夕立の後 空は真っ青に晴れていた

夕焼けで空が赤くなった頃に 遠くで1度だけ雷の音がしたような気がした

夕食の支度が終わった頃に テレビで臨時ニュースが流れた

乗客・乗員524人を乗せたJAL123便が消息を絶ったと…
大変な事が起きたな!

そう思いながらも 申し訳ないが他人事だった

何処のチャンネルにしても 特番が組まれ 消息を絶ったままの123便のニュース
山梨方面に墜ちたのでは?
長野方面では?
そんな憶測ばかりで夜中になっても見つからない

ふと 夕焼けを見ていた時に聞いた たった1度だけの雷の音を思い出した

もしかして あれは飛行機が墜落した時の音?

まさかね…

その まさかだった

明け方近くになり パトカーや消防車のサイレンが絶え間なく聞こえるようになった時 やっぱりそうだったんだと確信した

上野村の御巣鷹の尾根(発表時は御巣鷹山)に123便が墜落しているのが発見されたとニュースが流れた

藤岡と上野村は離れてはいるが 警察・消防の管轄は一緒
管轄内で一番交通の弁が良いのも藤岡だった

その日から街は一変した
道は報道・乗客の家族・その他の関係者を乗せたタクシーやバスで溢れ 小中学校は家族・関係者の待機所となり 市民体育館・各高校の体育館は遺体安置所になった
病医院の医者・看護師は総員 身元確認の為に駆り出された

町中が異様な光景と臭いに包まれて…

もはや他人事ではなかった
友人は看護師として行った安置所での地獄のような光景を目の当たりにし 逃げ出したくなったと…
でも 遺族の為に何か自分に出来る事があるはず!と毎日必死だった

また 4人の生存者のうちの1人の少女の担当になった友人は 心無い報道関係者から少女を守る為に必死になっていた

消防団として尾根で作業をしていた 旦那さんの友人は食事が喉を通らなくなり10㌔痩せた

私は…
時々 道を尋ねて来る人に道を教えたりした位で 何も力にはなれなかった


あれから25年

世の中の記憶の中では薄れてきたかもしれないが 私の中では 決して忘れる事のない出来事として強く残っている
毎年 涙が溢れてしまう日…

1985年8月12日

御巣鷹の尾根にて星になった520の魂に黙祷…