備忘録No.33
韓国で工場生産を始めて3年程経った頃、日本のアパレル業界が中国に進出し出し、生産拠点を作り出した。小生達の様な弱小メーカーは資金的にも難しくなると考え、知人の勧めでベトナムに工場を作る事を考え、ベトナムに視察に行ったが、手続きの問題と、工場誘致をしてくれる地帯がその当時はベトナム戦争の後始末が終わっておらず、候補地の周りにはまだ地雷が多数処理されておらず危険だった為中止。ベトナムを紹介してくれた知人は某アパレルのボタン工場を立ち上げ、現在でも稼働しています。その後ヨーロッパで知り合ったガーナ人が(アメリカに留学し、日本人の女性と結婚し、横浜で商売をしていた)ガーナに商機があるとのことで一緒に行ったが、アパレルに関する商機は感じられなかったが、水産関係に商機を感じた。ガーナは魚の加工関連の企業が全くなく、魚介類は豊富に取れるのに、加工品は地中海沿岸の国から輸入している現状でした。日本の水産加工会社の廃棄される機械を手に入れガーナに持っていき、加工会社を立ち上げてはと企画して手続き等を調査したが資金のめどがたたず断念。いまは加工会社が多くなったとのこと。因みにガーナ人の知人は、海外からの投資に合わせて、外国人専用の住宅関連の事業を立ち上げ大成功した。その後小生は韓国の工場の売上も落ち気味になってきた為、韓国の知人とワインの輸入会社を立ち上げました。日本でワインのブームがきていたので、いずれは韓国でもと考えた結果でしたが時期尚早で多額の赤字と借金を残してしまいました。小生は8年間で韓国の工場を閉鎖し、ワイン輸入会社は知人に譲り、韓国から完全撤退しました。その後ワイン輸入会社を引き継いだ知人は3年程苦しみながら続けた結果韓国にもブームが起き、現在は安定した会社になっています。始めたのが早過ぎました😭
韓国から撤退した後が大変な苦難でした。