こびと | overpass#7

こびと


 大人にならずに子供でいないで自分になろうぜ

って歌をちょっと前に聴いた。

 大人になれるのかな、自分は子供かな、なんて

考えることは誰にでもあるんだろうけど

その悩みの中にある違和感がどうしても気持ち悪かった。

けど、あの歌を聴いて、あの歌の結論を

今のところ借りてみようと思った。

 簡単な言葉だけど、すぐに思いつく言葉じゃない。

伝わりやすいし、反論もされやすいし、良いことずくめ。

ガチガチに固めた言葉は伝わらない、反論もされにくくて議論も生まれない。

 単純化する人が、他の人の内部を掴んで、動かせるんだと思った。


 1月13日、久しぶりにお父さんに会って、初めて一緒にお酒を呑んだ。

同時に、気持ちの面で初めて向かい合うのだという気持ちで隣に座った。

でも、お父さんは「本当に向かい合ったことが一度だけあった。」と言った。

 なんのことやらわからなかったけど、最初で最後に僕を本気で叱ったことだそうで、

初めは思い出せなかったが、よくよく聞いてみるとゆっくり思い出してきて、

最後にはビデオに撮影された映像があったんじゃないかと思うほどに鮮明に思い出した。

(確認したが、ビデオに撮影はされていないらしい。)

 状況は、近所の公園にて、僕が自転車の補助輪を外して練習するのにお父さんが付き合っていた時。

今の僕はどうかしらないが、当時幼稚園生の僕はどうしようも無いくらい

意気地なしで、もやしっ子だった。ゲームが大好きで好きなもの以外食べない、

幼稚園に行くにもだっこで見送ってもらう始末。

 そんな子が、転ぶ危険を察知しないはずはなくかなり自転車を渋ったが、

「みんな乗れるんだよ?」と脅されたので仕方なくがんばっていた。

 もちろん練習は難航を極め、全身傷だらけになり、僕は自暴自棄になった。

出来ない自分に腹を立てまくり、自転車を放置して号泣しながら猛ダッシュで帰宅しようとしたらしい。

 そこでお父さんは、向きあうべき時は今だと思ったらしい。

本気で僕を叱って、自分の物は自分で責任を持って片付けろと言った。

相当渋った後、やっと観念して僕はかわいい、小さな自転車を片付けた。

 その頃、お父さんにとって人生はめちゃくちゃだったそうだ。

どんな風にめちゃくちゃだったかは聞けなかった。

またいつか、聞くときは来るかも知れないが今ではなかった。

とにかく、めちゃくちゃで、ずっと僕と一緒に居られないかもしれぬという予感はあったんだろう。

だから、一つでも何かを教えたかったんだろう。

 お父さんは酔っ払ったら、何度も

「一つしか教えてやれなかった」

と言った。しかし、仕方ない事だと思った。

これからで良いから色々教えてくれと言ったら、曖昧な返事をしていた。

きっと自分の人生を教えることが僕にとって良いことなのかどうか迷ったんだろうと思う。

 お父さんはぽつりと、

「自分の理想を求めると、それだけみんなに迷惑を掛ける」

 と言った。実感として、体験として言っているんだから、すごくリアルな言葉だった。

「お金を稼ぐことを、ただ汚いことだと思うな」

 と言った。夢を追って、仮にそれがお金になった時、

その夢の価値は下がることは無いという事。

単純に、そうだったら良いな、と思う。

「昔の事、伝統や古い心が好きみたいだけど、
 
 変化する状況、文化、精神を冷静に見て評価しろ」

 と言った。確かに、僕には新しいことを批判する癖が付いていた。

あと、お父さんに言われたのではないが、一緒に行ったお店の人に言われたこと。

「経験すること、とにかく経験すること。人に話をするよりも
 
 人から聞くことに大きい価値が見いだせるようになること」

「そうやって人から色んなことを聞いて、
 
 自分の理想の幼稚な部分、間違った部分を洗い出せ」

 大体、こんな言葉だった。

忘れたくないと思ったことばかりだったのでここに残して置きたい。

 自分の理想は、どこまでも未完成だったと思い知らされた。

聞いて、覚えて、反芻して、自分を見つめ直す。

何度でも繰り返してやろうと思う。