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否々、徒書帖に候へば、色気無之候也。

戦友(1)
戦友(故人) *Photographiez par "SVELTE"

SVELTE dans la ville de la roch
SVELTE dans la ville de la roche(神奈川県横須賀市) *Photographiez par "SVELTE"



in 鹿鳴館(1)會津日新館に學び、後、江戸に出て試衞館門人と成る。

漸く(ようやく)江戸の水にも慣れて来た頃、縁有りて知り合ふた同士達(ら)と只管(ひたすら)に剣を振るふたは、今とも相成れば一昔も二昔も前の話である。

可笑しくも、当時は互ひを西洋人風の通り名で呼び合ふるが程、可成の西洋被れ(かぶれ)でもあつた。

軈て(やがて)、己は會津藩士と為て(して)生くる可く(べく)袂を分かち、其の後、甞て(かつて)の同士達とは音信が途絶へてより久しい。

何かしら切つ掛けも無くば、碌に当時を思ひ出為る事無く今日に至るは、己が余程薄情であつたとも云へやう。

某日、妙に連中の其の後が気に成つた事も有り、何かしらの報でも有らむかとインターネツトで検索を為れば(すれば)、以前には見附けられず仕舞ひであつた某サイトへと辿り着ける。

早速「何れ何れ(どれどれ)」と目を通為るも仕舞ひ遣る(やる)瀬無くは、サイト内に掲げらるゝ最新の瓦版が同士の内一人の訃報であつたからに他成らない。

当時、故人とは互ひの宿を度々行き来為る間柄であり、其の不祝儀がつい昨日の事であれば、所謂(いはゆる)虫の知らせだつたのであらう。

通夜は七月七日に行はれるとの事であつた。


皮肉にも、甞ての戦友との廿数年振りの再会は三瀬川の対岸越しと相成るも、然為れば(さすれば)、せめて当時彼奴が好み喰らひた『ハイネケン(Heineken)』をば献杯為む(せむ)。

一つの時代の終はりを告げるかの如く、程好く冷えた麥酒が喉の奥深くに流れては消ゆる。

目黒の鹿鳴館に在つた『ハイネケン』の自動販売機も、疾ふの昔に無くなつたのだと音に聞く。

過ぎし彼の日々は金銀砂子。

己も些か(いさゝか)歳を重ぬる。



歌
X線寫眞
X線寫眞 *Traitement de l'image par UTA3



手術室(38)折れた左の鎖骨の経過も順調とあらば、漸くにも己が身体に埋め込まるゝ金属片をば取り除く。

あいや、手術も二度目とあらば慣れたもので、全身麻酔に何ら抵抗為る(する)事も無く、すんなりと眠りに落ちるは前回の教訓でもあつた。

手術其のものは、思ひの外(ほか)短い時間にて終はるも、矢庭に心地好い眠りから起こさるれば少し許り(すこしばかり)不快に思はぬ事も無いが、其れでも前回の『こつ酷い麻酔酔ひ』を思へば余程増しではあらう。

早、翌日には点滴の針を腕に刺した儘外出を試みるが迄に手術の傷は順調に癒えるも、担当の看護師に殆(ほとほと)呆れらるゝは至極当然の成り行きに候哉。

結果、早々に病院から追ひ出さるゝ始末でもあつた。

弥速(いやはや)、面目無い。


其れにしても、本の三、四ヶ月の間動かさなかつただけで、左の肩がすつかり固まつて仕舞ふとは努努(ゆめゆめ)思はなんだ。

挙げ句、西洋医學處では稽古(リハビリテーション)の時間を取るのも儘成らぬとあれば、思案の末、稽古の場を西洋医学處から東洋医学處へと移す事と為る(する)。

併乍ら(しかしながら)、実際稽古の時間といふものは苦痛以外の何物でも無く、動かすが度に壊れた肩の関節が悲鳴を上げれば、当然激痛に己が顔を歪める。

其れでも足繁く稽古場へと通ふは、東洋医學處の受付が若い髪長であり、又此れが中々の別嬪(べつぴん)

此の御時世故、偏(ひとへ)に手負ひ(傷害)の保険の給付金を少しでも稼がむと

元ゐ(もとゐ)…。

偏に、一刻も早く存分に剣を振るはむが為に他成らない。

嫌な痛みに堪え乍ら(ながら)せつせと稽古場へと通ふ其の内に、肩の高さ迄しか上がらなかつた左の腕も、今ではそこそこ動く様にと相成つた次第である。


其れでも「所謂(いはゆる)伍拾肩の症状に程近く候」と鍼灸師が云ふからには、飼ひ猫を抱き寝るには少し許り(ばかり)時の早くもあらう。

笑止。

飼ひ猫の一疋も床の中には見向きも為ない(しない)程、季節は疾ふに春めくのであつた。

江戸の櫻も咲いたと云ふ。



歌
平成廿六年正月
平成廿六年正月 *La photographie est une image.



平成廿六年年賀状(2)実、過ぎた時間程早く感為る(ずる)は無い。

暦の都合も有り、滅多無い連休と相成る此の正月ではあつたが、早くも「登城為よ(せよ)」との命が下る。

昨秋、公用で赴く琉球にて左の鎖骨を折る傷を負ふも、「やれ人手が足りぬ」と駆り出され、藩の御為に刀を振るふたを思へば、未だ未だ休みが足りぬとも思へるが如何。

否々、軈て(やがて)は折れた鎖骨を留むる金属片をば取り除く手術が為に、又休暇を頂戴為ねば(せねば)成らぬが故、目先の小言を口に為る(する)は無粋。

尤も、年忘れの名の下に翌朝迄散々呑み歩き、酔ひも覚めやらぬ其の脚で病院を尋ねては手術前の検査を受ける有様であるから、一体何処の誰そが手負ひの身であらう哉。

序(つひで)、抜かれた己が血液が、夕べの『ボルドー(Bordeaux)』其の物に見えるは、まさか気の所為(せゐ)には無からう。

随分と酒の匂ひも為た(した)らうに、主治医には殆(ほとほと)迷惑を掛ける。


扨(さて)、少し許り(ばかり)左腕の自由が効かぬ故

普段より部屋の整頓は怠らぬが故、録に大掃除らしき事も為ぬ(せぬ)儘に年を明かせば、特に何処へ出掛くるも為ず(せず)、専ら(もつぱら)のんびりと正月をば過ごす。

半ば療養が為の休みではあつたが、其れでも日に一本のボルドーを軽く空けるは流石に些か(いさゝか)度が過ぎやう哉。

あいや、御叱り御尤も…。

然為れば(さすれば)、ぼちぼち愛刀の手入れでも為やう(しやう)。

愈々、明くる五日には出陣仕り候也(つかまつりさうらふなり)。



歌