
■ 戦友(故人) *Photographiez par "SVELTE"

■ SVELTE dans la ville de la roche(神奈川県横須賀市) *Photographiez par "SVELTE"
會津日新館に學び、後、江戸に出て試衞館門人と成る。漸く(ようやく)江戸の水にも慣れて来た頃、縁有りて知り合ふた同士達(ら)と只管(ひたすら)に剣を振るふたは、今とも相成れば一昔も二昔も前の話である。
可笑しくも、当時は互ひを西洋人風の通り名で呼び合ふるが程、可成の西洋被れ(かぶれ)でもあつた。
軈て(やがて)、己は會津藩士と為て(して)生くる可く(べく)袂を分かち、其の後、甞て(かつて)の同士達とは音信が途絶へてより久しい。
何かしら切つ掛けも無くば、碌に当時を思ひ出為る事無く今日に至るは、己が余程薄情であつたとも云へやう。
某日、妙に連中の其の後が気に成つた事も有り、何かしらの報でも有らむかとインターネツトで検索を為れば(すれば)、以前には見附けられず仕舞ひであつた某サイトへと辿り着ける。
早速「何れ何れ(どれどれ)」と目を通為るも仕舞ひ遣る(やる)瀬無くは、サイト内に掲げらるゝ最新の瓦版が同士の内一人の訃報であつたからに他成らない。
当時、故人とは互ひの宿を度々行き来為る間柄であり、其の不祝儀がつい昨日の事であれば、所謂(いはゆる)虫の知らせだつたのであらう。
通夜は七月七日に行はれるとの事であつた。
皮肉にも、甞ての戦友との廿数年振りの再会は三瀬川の対岸越しと相成るも、然為れば(さすれば)、せめて当時彼奴が好み喰らひた『ハイネケン(Heineken)』をば献杯為む(せむ)。
一つの時代の終はりを告げるかの如く、程好く冷えた麥酒が喉の奥深くに流れては消ゆる。
目黒の鹿鳴館に在つた『ハイネケン』の自動販売機も、疾ふの昔に無くなつたのだと音に聞く。
過ぎし彼の日々は金銀砂子。
己も些か(いさゝか)歳を重ぬる。




