
■ 服部時計店(東京都中央区銀座) *La photographie est une image.
「髭等も、黒きは余り無之候(これなくさうらふ)」関ヶ原合戦に敗れ、後、徳川家康から高野山での謹慎を命じられた真田信繁(幸村)が、幽閉先の九度山から姉の夫でもある家臣の小山田茂誠に宛てた手紙には、さう認め(したゝめ)られている。
己も又然り(しかり)。
髭の白きは云ふに及ばず為て(して)、怪我を為た左の肩は元より、今では右の肩迄もが上がらぬ有様であれば、剣を握るのも容易では無い。
尤も、新政府発布の廃刀令とやらで刀を差す事も許されず、疾ふに槍や刀で戦ふ時代には決して非ず。
不精の髭も小ざつぱりに剃り上げては、着慣れぬ背広に袖を通しも為やう(しやう)。
やれ、世人は「文明開化」と浮かれ居るも、着流しで闊歩(かつぽ)為ていた頃が少し許り(ばかり)懐かしくもある。
扨(さて)、筆不精の云ひ訳を為る(する)心算(つもり)は更々無いが、近頃は何かと多忙を極むる日々をば過ごす。
野暮な用件が一つ片付いたかと思へば、又一つ、更に又一つと遣る(やる)事が増え、仕舞ひ山積みとも相成れば、流石に閉口も為る(する)。
旧國鐵(現JR)を乗り継いで夜毎遅くに帰宅為れば(すれば)、申し訳程度に飼ひ猫の頭等撫でつゝ酒をば喰らひては、只管(ひたすら)に寝るだけである。
日頃の抛たらかし(ほうたらかし)を熟々(つくづく)申し訳無く思へばこそ、せめて非番の日だけでも存分に構つて遣らう哉と飼ひ猫の機嫌を窺ひつゝも、案の定、朝から又酒をば喰らひては居眠れる始末であるから、飼ひ猫には相当恨まれて居るに違ひ無い。
午前様も屡(しばしば)故、許せ。
弥速(いやはや)、飼ひ猫を碌に構ひも為ぬ(せぬ)其の内に、まう年の瀬だと云ふ。
つい先日に正月を迎へた許り(ばかり)と思ひ居たが、文明人の時の流れは思ふる以上に早く、時計を幾つ身に附けても足りやあ為ない。






