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38graffities

否々、徒書帖に候へば、色気無之候也。

服部時計店(1)
服部時計店(東京都中央区銀座) *La photographie est une image.



真田信繁(1) 「髭等も、黒きは余り無之候(これなくさうらふ)」

関ヶ原合戦に敗れ、後、徳川家康から高野山での謹慎を命じられた真田信繁(幸村)が、幽閉先の九度山から姉の夫でもある家臣の小山田茂誠に宛てた手紙には、さう認め(したゝめ)られている。

己も又然り(しかり)。

髭の白きは云ふに及ばず為て(して)、怪我を為た左の肩は元より、今では右の肩迄もが上がらぬ有様であれば、剣を握るのも容易では無い。

尤も、新政府発布の廃刀令とやらで刀を差す事も許されず、疾ふに槍や刀で戦ふ時代には決して非ず。

不精の髭も小ざつぱりに剃り上げては、着慣れぬ背広に袖を通しも為やう(しやう)。

やれ、世人は「文明開化」と浮かれ居るも、着流しで闊歩(かつぽ)為ていた頃が少し許り(ばかり)懐かしくもある。


扨(さて)、筆不精の云ひ訳を為る(する)心算(つもり)は更々無いが、近頃は何かと多忙を極むる日々をば過ごす。

野暮な用件が一つ片付いたかと思へば、又一つ、更に又一つと遣る(やる)事が増え、仕舞ひ山積みとも相成れば、流石に閉口も為る(する)。

旧國鐵(現JR)を乗り継いで夜毎遅くに帰宅為れば(すれば)、申し訳程度に飼ひ猫の頭等撫でつゝ酒をば喰らひては、只管(ひたすら)に寝るだけである。

日頃の抛たらかし(ほうたらかし)を熟々(つくづく)申し訳無く思へばこそ、せめて非番の日だけでも存分に構つて遣らう哉と飼ひ猫の機嫌を窺ひつゝも、案の定、朝から又酒をば喰らひては居眠れる始末であるから、飼ひ猫には相当恨まれて居るに違ひ無い。

午前様も屡(しばしば)故、許せ。


弥速(いやはや)、飼ひ猫を碌に構ひも為ぬ(せぬ)其の内に、まう年の瀬だと云ふ。

つい先日に正月を迎へた許り(ばかり)と思ひ居たが、文明人の時の流れは思ふる以上に早く、時計を幾つ身に附けても足りやあ為ない。



歌
bordeaux
Bordeaux *La photographie est une image.



飼ひ猫時は高度経済成長期の真つ只中、秋深まりつゝある頃の會津(福島県会津若松市)に生まれる。

何処にでも在る一般の家庭ではあつたが、唯一異なる處は母親が仏蘭西(フランス)人だつた事であらう。

当時の母は、片言の日本語さえ話せなかつたと云ふ。

が為に、生まれてより暫くは日本語と仏蘭西語の二ヵ国語で育てらるゝ事と相成るも、其れは其れで恵まれた環境であつたとも云へやう。

可笑しくも、藩校會津日新館に學ぶ前…、歳の頃で云へば十代前半の時分には、日本語より寧ろ(むしろ)仏蘭西語を得手と為て(して)いた。

今でこそ滅多に使ふ機会の無くなつた仏蘭西語ではあつたが、凡そ(およそ)飼ひ猫との会話だけは、會津訛りの仏蘭西語で賄ふて居る。


「Veux-tu manger prus?!」
(更に喰らふか)

「Je suis! Ne mange pas dans mon plat!」
(己が酒の肴をば盗み喰ひ為て呉れるなよ)

「Ne fouille pas dans la poubelle!」
(埖(ごみ)箱を漁るでない)

「Tu veux qu'on dorme ensemble, ce soir?」
(今宵は共寝為るか)

「Bonne nuit.」
(おやすみ)


とまあ、こんな具合である。


笑止。

酒が過ぎれば口も過ぎやう。

今宵喰らへるBordeaux(ボルドー)の様な、真つ赤な真つ赤な虚言であつた。

何卒、御容赦。

Pierres roulantes
Chats vivant à l’époque d’Edo
Chats vivant à l’époque d’Edo(蔦屋出版) *Traitement de l'image par UTA3



野良の三毛猫近頃、餌をば強請らむ(ねだらむ)と、足繁く筆者宅へと通ふ野良の三毛猫が居る。

此の三毛猫、鼻の頭が見事な迄に真つ黒で、愛嬌の有る顔立ちは勿論の事、いざ冩眞でも撮らうかとレンズを向ければ直ぐ様に尻を向ける處等、何処と無く人間臭くもあるが、愛想は決して宜しくない。

弥速(いやはや)、其れに為て(して)も既に己が家中は数多の猫に溢るゝといふに、好く(よく)もまあ次から次へと猫が寄り附くものである。

殆(ほとほと)呆れも為る(する)が、あいや、此れも一つの巡り合はせかと思へば、野良の三毛猫にも勝手な名等附けては、己が飼ひ猫同様に面倒も見やう。


扨(さて)、日が経つに連れ徐々に其の腹が膨らめば、案の定、軈て(やがて)野良の三毛猫は宅近くで四疋の仔をば産むる。

程無く為て「やれ、野分(のわき)がやつて来る」と世間が騒げば、段ボールの箱をあれや此れやと見繕ふては其の外側をビニールで包み、中に毛布を敷き詰める等為て即席の小屋を拵へ(こしらへ)つ、何とか野分をば遣り(やり)過ごす。

雨風凌げる段ボール箱が余程気に入つた哉、野良の三毛猫は其処を棲み処と決めた様子であつた。

決して愛想の宜しくない三毛猫ではあつたが、仔の面倒見だけは宜しい様で、産んだ四疋の仔猫は宅の周りをうろちよろ散策為る(する)が迄にすくすくと育つ。

「やれやれ、暫くは三毛猫の親仔の餌代も馬鹿には成らぬな」と、恐る恐る算盤(そろばん)を弾く(はじく)も、今と成つては致し方が無い。

仔猫が独り立ち為る迄の辛抱と、いつそ此の腹をば括らむ。





七に八其れにしても天の悪戯哉、冬の寒さ日に日に極むれば、内二疋の仔猫が悪い風邪をば拗ら為る。

終ひには眼を患ひて、両の眼が開かぬ有様であれば、段ボールの箱の中から一歩も動けぬ仔猫を其の儘放り置くも出来ず、結果、己が家中へと保護為るに至る。

一時(2時間)置きに眼薬を点眼為せらるゝ事凡そ(およそ)一週間、漸く二疋の病状は回復へと向かふ。

好くも懐き居る此の二疋ではあるが、少し許り(ばかり)やんちやが過ぎるから手に余る。

「碌で無し」といふ洒落から『七』に『八』とは、吾乍ら(ながら)良い名を附けたものである。

『八』は四匹生まれた仔猫が内、唯一疋の雄であつたといふに、当然の如く当家の飼ひ猫と相成るとは、やはり己は雄猫に好く持てるのであらう。

其れでも、時には仔猫の小さな其の姿が、先住の飼ひ猫の幼き頃を思ひ出させて呉れたりと、何とも微笑ましく近頃を過ごす。


序(つひで)、残る二疋の雌の仔猫であるが、掛かり附けの獣医師の伝(つて)で、品川の外科医師の屋敷へと引き取られて行つた。

『ミミ』に『エリザベス』と名附けられたと云ふ。



歌