トラウマ出産レポ②ようやく産院へ。 | 妄想の檻から脱獄!あなたをひらく、フォトグラファー秋月雅

 

 

夜、夫が帰った後少し痛みが落ち着く。
が、その夜もう痛すぎてわけわからなくて意識朦朧としてくる。
丸二日ほとんど眠れずずっと痛い。

脳内お花畑から一転、もう耐えられない、痛すぎる。

 

私には耐えられない、親になる資格がない、無理だったんだとメンタルが崩壊していく。

10分以内での激痛なのに、

たまに12分とか空くので産院に連絡できないのと

一人で耐えないといけない孤独に(深夜なので親は寝てます)、

どんどん不安が募っていく。

 

横になったり、上向きで寝ると特に激しく痛んだ気がした。
が、寝たいのでそうすると、

数分間隔で刺すような痛みに飛び起き、

収まるまで深呼吸を繰り返した。

 

 

9日の午前3時。
もう疲れ果ててパニックになり夫にLINE。
陣痛がこんなに痛いとは思わなかった。
今から無痛分娩にしたい。

(産院は無痛分娩対応不可)産める自信がない。
これより痛い思いするのがとにかく怖い。

 

5分間隔で続くのに途切れるから産院に連絡することもできない。
地獄の苦しみだと泣き言を伝えて、痛すぎて痛すぎてもう無理だと、

「産院に電話していい?」と聞いて夜中3時に電話をする。

泣きながら。

助産師さんが対応してくれてうんうんと聞いてくれ、

一回進み具合みてみようか?

帰ってもらうことになるかもだけどと、言ってもらえた。

 

 

母を起こして入院セットも持ってタクシーで向かい3時40分ごろ産院に到着。

泣きながら助産師さんに診察してもらう。

子宮口は2センチくらいでまだまだ。

でも何か(産道やったかな忘れた)はめっちゃいい感じに準備できていて

陣痛が進めば今日のお昼までには産まれるかもね、と入院決定。

 

母は一度帰宅。

心底安心した。
助産師さんに、5分間隔で痛くても散歩して歩き回ったりして

4日間耐えたからここまで準備ができてたんだと思うよと言われ、

ちょっとだけ救われる。

 

その日は満床で忙しかったらしく、

ここからまた一人孤独にどんどん強くなる痛みと闘う。
寝ても座っても激痛なので立ってやりすごす。

眠いし意識朦朧。
血圧が高めだったので部屋の電気を暗くされて、ただただ耐える。

 

ひとりなのが辛いのと痛い時って誰か(助産師さん)に

摩ってもらえたりしてもらえると思ってたけど、

コロナ禍もあり基本ひとりなのでどんどんメンタルがやられていく。

 

寝れるほど間隔は開かないし、

うとうとしたらまた刺すような痛みに襲われるのでまたまたパニック。

 

そうこうしているとじっと座っているとちょっとだけ陣痛がこないようになることを発見。

もう痛いのが怖すぎて、

ただただ同じ場所にじっと石像のように座ってやり過ごす。

 

が、またビッグウェーブで飛び起きる・・・を、繰り返し、恐怖で泣きながらナースコールを押す。

毎回のビッグウェーブが恐怖で仕方なくなり、

あとどれくらいなのか先が見えない不安を助産師さんに話すと、

もう一度内診してもらえることに。

 

 

お産はまったく進んでおらず、

陣痛がどんどんくるなら今日のお昼頃かな、

という感じだったのがまた先が見えない感じに。

 

それもまた悲しいけどとにかく痛みが怖くて怖くて、

産める自信がないとこれ以上痛いのは無理だとパニックに。
その助産師さんは10ヶ月お腹で育てたんだから絶対産めるよ。

大丈夫。

と言ってくださったが

もうパニックだからとにかく怖い怖いしか言ってなかった。

 

 

と、そうこうしているうちに朝ごはん。
痛くてほとんど食べられず、

山に登ったことのない人が富士山登るようなもんなんだからもうちょっと食べなよ、

と言われるが結局食べられず。

 

そのあと先生が到着して、

血圧が高めだからサポートしながら進めますねとそんな感じのことを言ってくださり、

よろしくお願いしますと答えてまたひとり耐える時間へ。
痛みも辛いけど孤独が本当に辛かった。
コロナが憎かった。(つづく)