愛華はどうしようもなく荒れた。

数々の問題を起こす日々・・・




憲治はこの日、仕事を早く切り上げ、自宅にて愛華の帰りを待った。

時計の針は、夜の11時を回っていた。

居間で待つ憲治の耳に、玄関ドアの閉まる音が届いた。

愛華が帰ってきたのである。


「愛華~!」
憲治は、玄関の方に向かって声をかけた。


その声は確かに愛華の耳に届いているのだが、愛華はそのまま2階への階段に向かった。

その気配を感じた憲治は叫んだ。

「愛華!!こっちに来なさい!!」

階段に足をかけていた愛華の動きが止まった。


「こっちに来なさいっ!!!」

憲治は再度、声の限りに叫んだ。隣家にも聞こえるかのような大声である。


一瞬、家の中の音と空気が止まった。



数秒の沈黙をおき、ふて腐れた表情の愛華が居間に姿を現した。


「なんだよー!?」

愛華はぶっきら棒に口を開いた。


憲治はスッと立ち上がり、愛華の目の前に足を運んだ。

憲治の視線は愛華の顔をまともにとらえている。

愛華は、その視線に負けんばかりの鋭い視線を憲治に返した。


再び沈黙が訪れた。


憲治の顔は強張り、小刻みに震えている。

愛華の言葉は、この沈黙を破った。


「殴りたければ、殴れよーー!!私が憎いんだろーー!!」

次の瞬間、憲治は膝を床につけた。

そして、下から愛華の顔を見上げて言った。


「愛華!ごめんよ・・・お父さんがお前をほったらかしにして。殴るのはお前の方だよ・・・許してくれ!
仕事仕事で、愛するお前のことをおざなりしたお父さんを許してくれ!!ごめん!!本当にごめん!!

ごめん・・・お父さんを殴ってくれ・・・!!」


憲治の目からは大粒の涙が浮き上がり、次から次へと床に落ちた。

そして、床に落ちた憲治の涙は、みるみるうちにフローリングの床を覆っていった。


「な、なに言ってんだよーー!? か、かまって・・・かまってなんか・・・ほしくなんかない!!私は私、ほっといて!!」

そのセリフを残し、愛華は小走りで2階への階段をかけ上がった。


「ごめん・・・愛華・・・許してくれ・・・」


憲治は、同じセリフを繰り返し、繰り返し、呟き続けたのである。

そしてやがて、疲れ切った憲治の体は、余儀なく眠りの中へ引き込まれたのである。



翌朝――――


憲治が居間の床で目を覚ましたのは、午前9時を回っていた。

憲治は、立ち上がり愛華の部屋に向かった。

しかし、愛華の姿は部屋にはなかった。

すでに、出かけたようである。


―――俺は馬鹿だ・・・仕事のことしか見えていなかった。

   愛する娘と生きてゆくための仕事が、愛する娘を奪ってしまったのか・・・

   何が大切なのかを・・・本当に大切なものは何なのか・・・

   俺は大馬鹿ものだ・・・!!


憲治は、自分を責めながら、再び1階へ下りてきた。

そして、絶望感に浸り焦点が定まらない憲治の視線がダイニングテーブルをとらえた。


テーブルの上に何かが置かれている。


憲治は、布で覆われたそれを取り出した。




お弁当箱である。


憲治の弁当箱である。



その中には憲治の好物が・・・。


卵焼きに缶詰のマグロ、サラミそして竹輪の甘辛く煮たもの・・・


雑ではあるが、ちゃんとお弁当箱に収まっていたのだ。



そのお弁当が憲治にささやいた。



―――ごめんね、お父さん・・・




憲治はこみ上げてくるものを抑えることは、出来なかった。




              ― 完 ―