わたしは 一月の終わり頃、雪の日に自宅で呼吸困難状態になりました。息をするのが限界で声が出せずLINEで娘に「苦しくて喋れない‼️救急車を呼んで‼️」と頼んで 救急と、かかりつけの大学病院に電話をしてもらいました。

救急車でまず酸素吸入をしてもらって 命はとりとめました。大学病院に着いて酸素を増やして痛み止めの麻薬。がんの浸潤が腰の骨に来ていて、強い痛みになっていたのです。

とりあえず呼吸と痛みが楽になり まるで元気になったように見えていました。が それは治っていっている訳ではありません。日に日に肺の画像は白い部分ばっかりになりました。

家族が呼ばれて面会室でわたし本人が「延命はしません」にサインをしてそこで

2月6日、大学病院で「余命3ヶ月」と言われました。

ですが‼️ひらめき

転院転院して
第一希望の 現在入院中の「緩和病院」に入れて今は逆に

日々回復していっています歩く
ミラクル礼子💕? わかる人には、当たり前のこと。

体、細胞をいためることは辞めて

「大事にすること」だけ、をする。それが大丈夫なんです。


ハートハートハートハートハート

がん友 Miwaちゃんが メッセンジャーをくれた。 すぐにビデオチャットに切り替えて、話しましたニコニコ



Miwaちゃんは 乳がんさん。

痛みで辛そうな時もありました悲しい

わたしも埼玉まで会いに行ったこともありますニコニコ


現在のMiwaちゃんハート

Facebook、インスタやっています。

Miwaちゃんのインスタ








埼玉県比企郡ときがわ町で

こころわやさい という屋号で自然栽培農家やってます♪♪おねがいという、みわちゃん。


ずっとやりたかった、大好きな農業をしています。だから「元気になってる」

素晴らしいね目がハート






手間、時間をかけて たっぷり愛されたお野菜は

栄養が違いますよラブラブ

お手頃なお値段で 儲かってはいない、みたいだけど泣き笑いしあわせな笑顔ですねハートキラキラ


がん、だからしあわせになれないことはない。


わたしは 自分自身2008年からずっと 中数年の「標準治療」を受けてきて、結局

大学病院ではもう抗がん剤?などを受けないなら診ることもできない。そして「手のほどこしようがない」ということになりました。

ですが

今のわたしは 現にとても回復しています立ち上がる

わたしの場合、腎臓がんなので病気になったほうだけを取る、ということができたので、それはよかったと思います。









大学病院では2月6日に「余命3ヶ月」宣告を受けていますが

回復中の前田礼子ですニコニコ

緩和病院に入れたから、回復しています。ラブラブ


ご理解いただけますか?

最近のわたしのブログ記事を読んでくださったら どうなっているのか、が わかって頂けると思いますニコニコ


ミラクル礼子🌈、とは言っていますが

ほんとうは「当たり前」のこと、なんです。


体、細胞を攻撃?するお薬は辞める。

ひたすら 心と体を まずは自分が「元気になる😊‼️」と決めて

自分は自分を大事にする。スタッフさんも全員が助けてくださる。苦しさ、痛みはなし!我慢することはなし!何をしたいか?を叶えてくださる。

そうしたら 細胞さんたちも 元々は「元気になりたい‼️」のですから 自然と元気になってきてくれるのです。





理学療法士の ちいかわ先生ニックネームです)の

「肺の可動域?を広げる」施術。


とても気持ちいい。心地よいのです。目がハート飛び出すハート

心から、体から 癒されて。物理的にも 実際に吸える量は 確実に増えていきます。


肺機能を復活させる、を どこの病院でもできるようになる日を祈りますおやすみキラキラ


そして〜




肺を広げてもらう施術、から

一休みしていると


来てくださるニコニコラブラブ

なんて素敵なリハビリ✨✨✨

もっとずっと歌って、そしてもっと大きな声も 出ているのですが 一分しかアップできないのです爆笑

1月には 呼吸困難だったわたし。

でも

回復しているのです✨。





前田礼子と申します。(Amazonで出版もさせていただいてますおねがい)


2008.6.26に 激痛から腎臓がんが発覚。すでにステージ4でした。

2008.7.17に手術。そこから大きな病院、そして大学病院で標準治療を受けてきましたが、今は「体の細胞を傷めることは もうしない」と 「そういうお薬は辞め」ました。

でも、わたしが自分一人で「自分だけでやろう」、とした生活では 心と体が持ちませんでした。

いつしか体は酸素不足になり呼吸困難になりました。救急車に乗るとすぐに酸素をたくさん投与、命を助けていただきました。さらに病院に着くと

がんが、腰の骨に浸潤して起きている強い痛みを「感じなく」する緩和を始めてもらえました。

わたしはたちまち楽になりました。

苦しさと痛みがなくなる、のですから。

ですが「標準治療を断る」わたしなので 大学病院にはいられません。

大学病院では最後に2月6日「余命3ヶ月」、との診断を受けて病院をかわることになりました。

直接に緩和病院に入る手続きがその時うまくできなくて
転院、転院して やっと!
第一希望のこちらの緩和病院に入ることができました立ち上がるラブラブ

現在は「回復」を続けている日々です!!

その中でも「楽しみなこと」のひとつ(たくさん楽しみはありますニコニコ)に

「こちらの病院ならではのお食事❣️」があります。


普段から

お昼は選択メニューがあります。これは昨日の写真です。

「美味しそうニコニコラブラブ」と、言葉に出ましたよだれ


昨日の晩御飯は


こういう感じでした。もちろん、とても美味しいです✨✨✨。


こうやって 心と体、細胞が「大事にされている」と 毎日感じられるのです。


だから、「不可能」ではなくなる。肺機能の回復も。




なぜ?日本では

いつまでも「抗がん剤」が使われているのでしょう。

緩和病院では、使われていません。


わたしは 自分の体でも ほんとうに「治る」ことは「緩和病院だからこそ、できる」。できている、を「論より証拠」で たくさんの方たちにも

実際に見ていただきたいのです。星星星












本の表紙の「年数」は

少し前からの出版なので 12年、13年 になっています。