子供は勿論可愛いし
生まれてきてくれてホントに有り難いと
思っている。
ただその欲しかった動機というものが
あまりにも
一般の夫婦とは違い過ぎて
子供たちに申し訳なく思ってしまう。
普通は好きな人と結ばれた結果
子供が出来るという図が一般だろう。
統一教会の場合
好きでもない
ましてや国際結婚のほとんどが
言葉すら通じない状態で
関係を持つ。
それも自然ななりゆきと言うよりも
アベルから決められた日時で
この日から3日儀式をしましょうと
特に生理予定日とか
特別な他に何か予定がない限り
その決められた日に関係を持つ。
洗脳されてなかったら
ちょ、、、ちょっと待ってよ~と
言いたくなるだろう。
今振り返れば後悔の二文字しかないが
当時はとにかく洗脳されていたから。
そしてすぐに妊娠出来たら良いが
私の場合、なかなか妊娠出来なかった。
その間、何を思っていたか?
とにかく家庭的四位基台を
完成させなくては、、、、と言う
義務感でしかなかった。
そして後からどんどん家庭を持って
妊娠して母親になっていく人達。
特にフィリピンの人達の場合
礼拝すら来るかどうかの
信仰心のなさなのに
子供だけは出来て四位基台を作っていく。
私ってどれだけ罪深い人間なんだろう。
私には何も価値のない人間なんだ。
と追い詰められてる感じがしてた。
今思うと物凄い恐ろしい事を
考えてたよなと思う。
ホントに自由のない教会だ。
またそのような考えにさせられる原理。
それが神様から来たものとは
到底思えない。

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