今日、我が家に牧師夫婦が
審判という名の訪問に来てくださった。
仕事の解雇の話は勿論してある。
失業保険も貰えるかどうか
わからないことも知っている。
そんな中で牧会をしてくれた。
どんな事があっても
いつでも神様とイエス様が付いている。
だから安心しなさいと。
私は神様は分かるが
イエス様は分からない。
それにこのどんな時もの中には
日本に帰らずに韓国にいなさいという
意味が入っている事を私は知っている。
嫌韓な私に、仕事すらなくなって
少しづつ韓国に残る意味は
なくなって来ている。
今までは少なくとも仕事もあるし、、、
という気持ちがあったのは確かだ。
社会的な問題もある。
でも仕事さえなくなれば
あとは家庭内の問題だけだ。
私だけその気になれば
日本に帰ってもいいかも。
韓国人の牧師にいっくら韓国は嫌と
言ったとしても
理解できないのはわかってる。
理解してもらおうと思うだけ無駄だ。
韓国で大変なこともあるだろう。
でも神とイエス様が共にいる。
そんな事で私の怨は解けない。
牧師と言っても所詮韓国人。
竹島は韓国のものだと
平気で言える韓国人なのだ。
住んでる場所や環境が問題ではない
と言われたが
私は問題だと思うよ。
良い環境で住みたいと思う。
日々韓国が嫌いになってくる今日この頃。