子どもの頃に習慣化されたことが 標準装備となって その子は人生を歩むことになるそうです。


   小さい頃に


   感情は だしきっても


   感情を出すこと( たとえば 泣くこと ) によって 要求が通る ということは 認めないこと。


   きちんと マナーを守ったら いいことがあると 経験させてあげること


   それを 生活のあらゆる場面のチャンスを見計らって


   

   おだやかに やさしく くりかえし 子供の脳に 聞かせること。


   それが 長い目で見て その子供が 人生を楽に 生きることの出来る 愛情のプレゼントになります。


   生命に危険が及ばない限りは その子供が強くなるチャンスであれば強くなれるよう導きます。


   たとえば ガラスのドアーにバランスをくずして 頭をぶつけて 子供が泣いているという 場面では


   どうされるでしょうか。


   

   やさしく見守り、 両手を広げて しゃがんで こっちへ おいで~という 相手の力を信じて


   待つ   という大切な姿勢。


   相手の力を引き出すために 待つ

  

   あぶないから、 といって なにもさせないのではなく、


   生命の危険が及ばない限りは


   熱いものを 熱いからといって まったく 経験させないのではなく


   一番安全なくらいの 熱さを体験させることによって 熱いのはどういうことか 身をもって 


   おぼえさすということ。


   こんなふうに 子供教育プログラムというのは


   生活のあらゆる場面をつかって 愛情ある大人が 本当にその子が強く人生を生きることができるように


   なるためには どんなふうに 接すればいいかを 学んでいきます。 常に その子に関心をむけながら


   おだやかに やさしく くりかえし 伝えたいこと 標準装備してほしいことを 子供に 伝授します。


   

   私は最初、 御説明を聞いても よくわかりませんでした^^


   でも 今日 知人のNさんとの会話がとってもヒントになりました。

 


   小さい頃からの 環境って 本当に大きいなあと 今日 知人の N さんと お話して実感しました。



   私は どちらかというと 家事は ほとんど せずに 育ってきました。


   N さんは 小学校4年生のときから 夜ご飯の支度をまかされて やることを やったら 自分の好きなこと


   を する という 環境で育ってこられたそうです。


   結果^^


   アラフォーの私たち。


   私はお掃除をしている時間が 非常に居心地が悪く 焦燥感に駆られる一方


   こうやって 文章を書いたり 本を読んだり 学んだり という 小さいときから やってきたことを


   やっているときは 心の底から 安心したり 集中したり できるのです。


   一方。 N さんは やっぱり やることを やってから 自分の時間を持つというのが 一番心落ち着く


   パターンなんだそうです。


   

また 大人の態度によって 幼い頃に体験する感情のパターン付けというのも 非常に重要です。


   例えば、 目の前に お母さんお出かけしないで  と 泣いている子供に対して


   どうされますでしょうか?


   泣き止まそうとして  


   わかったよ お母さん いかないからね、 と 返事しながらも お出かけされて育った 子供は


   この 感情のパターンを習得します。



   大切な人と 楽しい時間をすごして 別れるとき  寂しい という 感情から  悲しいという感情に


   つながっていく 心のくせを 知らず知らず 無意識におとしこんでいます。



   そうではなく、 大人に説明するみたいに きちんと 子供にも説明します。


   やさしく おだやかに くりかえし。


   泣いているこどもにも 大人と接するのと同じように


   お母さんも あなたが 大好きで 一緒にいたいけど、 銀行に行く用事をたさないと


   電気代が払えないので お母さんのお仕事してくるね。 必ず 帰ってくるから 待っていてね と


   説明するのです。 そうすれば そうやって いわれた子供は 悲しい感情も 安心とか 大丈夫へつながる


   ことができます。  悲しいが 大丈夫 という 安心へつながることを 無意識に落とし込んでいけます。


   なんだか 私の解釈した 子供教育プログラムなので いろいろ 先生のお考えから 脱線もしくは

  

   理解不足で

 

   ちがうことを 書いてしまっているかもしれません^^


   私が 聞いていて 思ったのは


   私は 子供の 感情を受け入れるのがとても 苦手でした。


   自分の子供だけでなく 人が泣いたり 怒ったり されることが 苦手だったのです。


   なぜか 悲しみを表現されたとき


   怒りを表現されたとき


   自分を責められた気持ちになってしまっていました。


   ところが 感情というのは生理現象と同じなので


   おしっこを とめたら 体が病気になるように


   感情を おさえこんだら 心が病気になってしまいます。


   そのことが わかっていませんでした。


   感情をそのまま 流して受け取ってあげることのできる 母親でいることが いかに 大切か学びました。


   外野は(口悪くてすみません^^)


   子供を泣かせっぱなしにしているだけで


   きっと その人のもっている いろんな 価値観や 思いで


   子供を泣かせっぱなしにしている人を見て


   ひどい大人扱いしてしまいがちです。


   けれども 深い愛情でもって 本当に 子供が 幸せに 強くなって 生きていってもらうように 


   育ちを導く大人でいるには


   今 泣き止ませることよりも もっと 大切なことを 頭にいれて 子供と接している存在でいることが


   大切です。




   泣かれるという 居心地の悪さものりこえて、


   子供への愛情の一心で 強くなること 大事なことを覚えてもらうこと を 念頭に行動します。


   なんでも OK 


   子供が一番 の 育て方では  いざ 小学校に入ったとき  どこの だれも 自分を一番として


   扱ってくれない現実にぶつかってしまします。


   そういえば、 以前 タレントのたもりさんが


   子どもの頃は 大人社会一番の中で育って 子供たちは すみで 小さくなっていた

 

   と 話していたことを思い出します。


   働いているお父さんが 一番 えらいんだと 子供心に 植えつけ、 お父さんへの畏怖の念というものが


   一歳半をすぎた子供には とても 大切な 人生の暴走へのブレーキになってくれるそうです。


   おだやかに やさしく くりかえし。。。


   私にはとても 耳が痛い言葉でした^^


   ヒステリックに 感情的に 突発的に 気分にしたがって^^


   おこってしまったこと 多々あります。


   そのつど 落ち着いたら 自分のいらいらから 感情的になってしまったことは 正直に説明して


   謝っていました。  


   子育ては 自分育てといいます。


   相手のために 生きることが 自分のために なる。


   自己犠牲精神とは 似て非なる もの 


   いつも 相手に関心をもって


   相手と一緒に なんでも 行動する。




   そんなふうに 育った子供は なんて 幸せなんでしょうね。


   相手の存在そのものを そのままで まるごと 認め 愛情をそそぎながら


   一緒に


   やってくれる人がいる


   これぞ   心の底から 私が ずううううううっと 願っていたことでした。



   子供を育てるがごとく


   大人へも 育ち直ちは 何歳になっても 可能です。


   おだやかに やさしく くりかえし 耳に入れる


   脳みそにおぼえさす ことによって


   人は 今よりも はるかに 幸せに 成長を していきます。



   このことは 何度もいうようですが


   言葉で説明するのとは はるかに ちがう 生きることへの 喜び


   本来の自分を取り戻し


   そこから 成長していくという 本当の喜びを

 

   この 自分が 体験しているという 


   誰もが 映画の主人公のような 体験 ドラマ が おもしろいなあと 感じています。 



   お母さんが かしこくなることによって お母さんも子供も 次の世代も 


   もちろん お父さんも  


   みんなが 幸せになりますね。


   聡明な 女性を めざします。


   かっこいいな 


   聡明な女性。


   あこがれます^^