50代も後半になって、私はこれからのことを考えるようになりました。
きっかけの一つは、がんの治療でした。
治療中、横になって過ごす時間がかなりありました。
そんなとき、よくYouTubeを見ていました。
みんな、どんなところに住んでいて、
どんなご飯を食べていて、
どんなふうに料理をしているんだろう。
特別な料理ではなくていい。
誰かの家の台所や、いつものご飯を見るのが、私は好きでした。
そんなふうにYouTubeを見ていた私に、娘が言いました。
「ママもすればいいじゃん」
そのひと言が、背中を押してくれました。
そして、もう一つ、私には残しておきたいものがあります。
娘がいつか、私の作ったご飯を恋しく思う日が来るかもしれない。
でも、そのとき私はそばにいて、作ってあげられるとは限りません。
だったら、レシピを残しておこう。
そう思いました。
私はノートに、料理のレシピを書き残しています。
けれど、娘は日本語を話すことはできても、読むことはまた別のこと。
日本語で書いた私のレシピノートを残しても、娘がそれを読んで料理を作れるとは限りません。
そこで思ったのが、YouTubeでした。
動画なら、文字を読まなくても、私が料理をしているところを見ることができる。
お米を何合入れて、
どんな材料を使って、
どんなふうに作っているのか。
字幕も残せる。
そして何より、料理だけではなく、そのときの私自身を残すことができる。
声も、手元も、台所も、その日の空気も。
いつか娘が私のご飯を恋しく思ったとき、
「ママが、これ作ってたな」
と思いながら動画を見て、作ってくれたらいい。
料理のレシピだけではなく、そこにある記憶まで残せたらいい。
そんな気持ちで、私はYouTubeを始めました。
ところが――
始めてみると、再生回数が気になる。
登録者が一人増えると嬉しい。
一人減ると落ち込む。
どうしたらクリックしてもらえるんだろう。
どうしたら見てもらえるんだろう。
どうしたら収益化できるんだろう。
いつの間にか、私は数字ばかり追いかけていました。
もちろん、収益化したいです(笑)。
せっかく始めたのだから、たくさんの人に見てもらいたい。
今もそれは変わりません。
でも、気がついたのです。
私は、何のためにYouTubeを始めたんだっけ?
大事なことを、すっかり忘れていました。
母から受け取ったレシピを、今度は私が娘に渡していく。
そう考えると、最近作ったとうもろこしご飯も、ただの料理ではありませんでした。
母の友達から母へ。
母から私へ。
そして私から娘へ。
レシピって、料理だけじゃなくて、記憶も一緒に受け渡していくものなのかもしれません。
夫は、今のところ私がYouTubeをやっていることを知りません(笑)
というのも、
夫は「YouTube」というものを、あまり良いものだと思っていないから。
なので、いつか収益化した時に、伝えたいと思っています。
でも、娘は応援してくれています。
「ママもすればいいじゃん」
あのときの娘のひと言から始まったYouTube。
収益化も目指します。
再生回数も、これからも気にすると思います。
でも、もう一度、軸を戻します。
残したいものを残す。
そのうえで、できるだけ多くの人に届ける。
私のYouTubeは、そんな場所にしていきたいと思います。