そう、七十数年前に亡き父も出兵しました。
私の父は平成20年に82歳で人生に幕を下ろしましたが、生前、よく戦時中の話しを聞かされた。
三重県伊賀市に生まれた父は確か16歳で兵隊に志願したらしく、「どうせいつか自分にも赤紙がくる。それなら、早く兵役に就き、上にあがってやる」と。
どこの何という連隊に属したのか聞き忘れたことを今となっては後悔している。ただ、ビルマ(現ミャンマー)のジャングルの中で戦ったことは聞いている。そのジャングル戦のさ中、戦友が一人、また一人と倒れていく。父も近くに飛来した爆弾の爆風によって、薬指が変形し爆弾の破片が背中に突き刺さったらしい。それでも、必死に走り続け、ようやくジャングルを抜けきり、視界に入った海へ飛び込んだ。無我夢中で泳いでふと掴んだ葦(ヨシ)と言う植物。これが生死の境となった。葦に掴まりプカプカと途方にくれて
いたところ、偶然にも日本軍の船が通りかかり救助されたらしい。
終戦直後には、ソ連が敗戦国となった日本兵を捕虜にするデマが流れたらしく、軍服や兵隊と分かるものを全て捨て、故郷には帰らずにしばらくは身を隠していたらしい。
父の故郷では、帰らぬ父に対して戦死したと諦めかけていた矢先、ひょっこりと帰ってき父に、家族も驚いていたとか。
そんな父も晩年は、めっきり気弱になり戦争の話も拒むようになった。
しかし、波乱の世に生きてきたせいか、父が弱音を吐いたり、泣き言を言わず、また不安に陥ったりすることは一切なくて、むしろ家族をしっかり支える、、、頼り甲斐のある男であった。
父だけでなく、この時代に生きた人は強い精神が宿っていたに違いない。
自分が不安障害を患っていることが父に対し、少し恥ずかしいと思う。すべての煩悩に惑わされず、もっと強く生きなければ!
とにもかくにも父を含め、戦争に出兵された全ての方々に敬意を表し、そして無念の思いを抱きつつ、戦地で散った多くの若き戦士達の御霊に祈りを捧げたい。
サンキュー🍀でした!
