私の父の話になるのですが、 
2005年4月28日朝、まだ眠っていた時間でした。

突然、母からの電話が入り、取り乱した母の声、

「お父さん、もうダメなんやって」

    ……ブチッ


は?…は?Σ('◉⌓◉’)……え?…


わけのわからない電話でしたが、
父の身に何か起こったことだけはわかりました。

あまりにも突然で、ショックというのか、
恐怖のような、夫に伝えるにも状況の怖さからか、
声を失ってしまっていました。

本当にあういう時は、声が出なくなってしまうものなんですね。


私の様子から夫はすぐに察してくれました。


まもなくして、親戚から電話が入り、
父の状況と病院を教えてもらいました。


父は出勤途中、駅に向かっている時に
道端で倒れたそうでした。

朝だったので人通りもあり、
近くにいた人が救急車を呼んでくれましたが、
父はすでに息がなく、蘇生はしたものの
数十分間脳に酸素が行き渡ったいない状況で、
正直、目覚めることは難しいと言われました。

それから、数ヶ月眠ったままの状態でした。

眠っている間も、ずっと家族が代わる代わる
父の耳元で声をかけ続けました。

目覚めないけども、時折、呼びかけに何らかしら
反応したりしていました。

毎週日曜日に、母と一緒にお百度詣りをし、
父の回復を祈り続けました。

父の倒れた原因は、脳腫瘍が肥大し、
その圧迫によるものでした。


父は、もう目覚めないかもしれない。
もし、意識が戻っても脳に損傷を負っているので
健常ではない状態である。

もう普通に会話することもできない。




でも……奇跡はありました。



もう無理だと言われていた父が目覚めたのです。

そして、腫瘍も取り除いていないのに、
なぜか消えてなくなってしまったようでした。

これには、医者も不思議だと言っていました。


目に見えない力はあるんだと思いました。

目に見えない不思議なこと、幼い頃からそういうものは、
すんなりと感じていたので、私は信じてます。

人の思いや念ずる力は、時に奇跡という形で
現れます。

昔から我が家を見守ってくださってる龍王様

いろんないろんな念によって、
父は救われました。


…救われた、ここからが新たな始まりでもありました。


父は、脳の海馬を損傷してしまい、
※海馬というのは記憶を司るところ
昔の記憶はあるけども、
新しい記憶ができなくなってしまいました。

そして、感情や理性のコントロールも。

酷い言い方ですが、
その頃は、父が父でなくったみたいで、
私が知っている父がいなくなってしまったような
虚無感に涙する日々でした。

もし、子供ができたら、子供好きな父だから、
孫を連れていろいろ遊んでくれただろうなとか、
叶わぬ未来を思うとなんだか辛かったんです。

現実には、その孫がまだいないので、
健康だろう否か関係なかったですね、タハハ

そんな時に夫が、お父さんは生きてるやんって。

そ、そやね、生きてる。それだけでありがたい。

本当にそう。

家族にとっては、生きてるだけで嬉しい。
どんな姿であっても生きてるということがありがたい。

それに変わるものはない。

生死を彷徨った父を思うと、
今、生きてるということの尊さが身にしました。


父は、私のことを認識しているけども、
以前、いつ私と会ったのか、
私がどこに住んでいるのか認識できません。

毎回、リセットです。

でも、私のことはわかってくれている。
それだけで充分です。

父は、長く寝たきりな状態だったため、
筋肉が硬直し、自分で全く動けなくなりました。
その上、脳が正常でなくなってしまっていることもあります。

脳が正常であれば、リハビルすることの意義も認識できるところが、サッパリできなくってしまっているので、全面的に介護が必要な状態となりました。

あれから、12年、母はずっと父の介護と共に生きています。
時折、文句もいいながらも老いた身体でよく頑張っていると思います。


内臓は、移植で代替が効くけども
脳だけでは、代替が効かないんですね。

一度壊れてしまったら、元に戻れない。

当たり前にできていることができない。

私たちが普段、意識しなくともできていること、
正常だから、脳がちゃんと機能してくれている。

だから、こうして息して、物事を判断できて…
動きたいように動けて…
なんかなんかすごいことなんだなと。



〜続く