前記事からの続き
虚無感を抱える幼少ではあったけど、
環境のおかげで救われてきたんだと思う。
家族は至って普通の家族、
学校環境にも恵まれ、
まわりの大人にも恵まれ、
だから、生きてこれた。
こんなに恵まれているのに、
なぜ私の心は、ぽっかり穴が空いているんだろうか
楽しいこともあった
もちろん、笑ってだっていた。
心の外側は、あたたかさで包まれていくけど、
穴だけはいつまでも埋まらなかった。
心の奥底にある虚しさ、
外から包まれるあたたかさ
そのギャップがまた余計に苦しかった。
自分が赤ん坊だった頃の
鮮明な記憶がひとつだけある。
一瞬だけ…
目が覚めて、眩しいと感じた
その時に、心はハッキリと大人のような感覚、
自分の肉体が赤ん坊であるなと感じ、
“あぁ生まれてきてしまった”と思ったことだけ
覚えている。
前世の私の感覚が一瞬、赤ん坊の中に
あらわれたんだろうか
生まれてきたことを残念に思っていた。
生まれてきて、罰当たりなヤローです、私は。
妊活に触れていると余計に思う。。。スンマセン。
私の心の虚しさの原因は、判明しています。
私の母。
私は寂しかったんだろう、
もっと、もっと、赤ん坊の頃、
抱きしめて欲しかったんだろう、
母のこと、好きかと言えば、
好きとは素直に言えない。
母の性格とは、気が合わない。
決して悪い人間ではない。
母としては、しっかりやってきていたと思う。
偉そうな言い方…Σ\(゚Д゚;)
それには感謝している。
母は母である絶対的存在に変わりない。
母への思いがないわけではない。
母が私への愛情がないわけではない。
母なりの愛情はあった。
ただ、愛情の注ぎ方が不器用なんだろう。
私は愛情の受け取りがひねくれてしまった。
人の気持ちの受け取りがひねくれてしまった。
物事の捉え方もひねくれてしまった。
感謝もひねくれてしまった。
常識もひねくれてしまった。
私のひねくれのとばっちりを受けたのは、
夫である。
そんな私を全て受けとめてくれた。
私の再教育(?)にも大変手を焼いただろうと思う。
いや、現在進行形中で今も手を焼かせてしまっているだろう。
夫のおかげで随分、人間性が
常識的に近づけてきた…かな。
でも、感覚がおかしいとも言われることもある。
私もおかしいんだろうということはわかる。
母を責める気はない。
人のせいにしても仕方ない。
自分で自分のことを克服していくだけ。
人間、生きていく中で
愛情って、とっても大事なものだと
自らで実感。
愛情で、人間性は構築されていく。
愛情不足で、人の心は簡単に歪んでしまう。
私は、もし、生命と出会うことができたら、
たーーーーーーくさんっ、抱きしめてあげたい。
赤ん坊は、喋れない分、泣いて訴えるけど、
ただ、ただ、意味もなく
泣きたい時もあるんじゃないか
きっと、そうして泣いている時に
私は抱きしめて欲しかったんだと思うんだ。
悲しくて、虚しくて、泣き叫んでいる時に
受けとめて欲しかったんだ、きっと。
泣くのに意味なんてなくたっていい
ただ、悲しくて泣きたい時もあるだろう。
大人だってあるさ。
そんな時、ぎゅーと抱きしめて欲しい、
ぬくもりが欲しかった。
それだけ。
それだけで救われる。
あったかいって何においても大事なんだね。
温活もそうだよね。
だから、私はどんなに赤ん坊が泣いてもいても
ずっとずっとたくさん抱きしめてあげるよ。
私がそうして欲しかったように。
大切な赤ちゃん、たくさんたくさん
抱きしめてあげてくださいね。
母のぬくもりがただただ欲しいだけの時も
赤ちゃんにはあるんだ。