ここで遺書じみてくるとは
思わなかったが
終わりが 見えた
ようだ
それは精神の 自殺に
等しいという意味で
僕が自殺するのではない
と言っても、人間の特徴と
いうものが精神である以上、
それを否定してしまうと、
精神の立場は、消えてしまう
心に持っているものを、勝手に
消滅させるのは、
できないのだが、使うことに
意義を見出すことができなく
なるという
穴に 落ちることはできる
人は地獄に 落ちたくない
地獄はないが、
精神の 非存在を見ると
いうことはある
それを認めることは
できない相談なので
どちらかに 傾くことを
自然に 選んでいる
それが囚われることだが
それは絶対に 意識しないように
心は 調整する
心に 形を与えるのは
精神だからだ でないと
自分という 概念発生装置も
生まれない
自己防衛という プライドは
アイデンティティを守る目的で
備わった 空前の
セーフティ装置だ
それは壊されてはならない
僕らの生きる理由として
それは動物として与えられたが
自我のエネルギーである
が
僕らは 改良を加えることができた
<自分の 誕生>である
寄木細工のように 組み合わせて
いるうちに 架空のものを
自己存在として 祭ることに
成功した
成功するのが 運だった
社会性というのは たぶん
壮大な発明だった
生き残るために
矛盾の 地獄を飲み込んで
さらなる 持続する悲劇を
認めることだったが
それは 意識されなかった
それが 今でも
危機感のない その場での
手当・応急処置という
僕らの 意識下の欠陥だった
自分という 概念に
掴まれて 首が折れたのに
気づけないのだった
ご愁傷様、
なのだが 何も捨てないという
選択は それなりだ
神は 誰が最初に 発明したのか
愛は 誰が その悲劇を
集め 生むことができたのか
そういう 脳の分離
体の神経の分離を
選ばせたのは 見事で
僕らは あり得る自由と
あり得ない自由の 区別もなく
皆の共存に傾いて 幸福か
欲の増長に 傾いて
不幸を呼び寄せるのか
ああ
うう
こんな 幸福も あるのか
浴びせられる この 幸福は
なんだろう?
名前も ないのではないか
天国という 気分は
このことなのだろう
人生も 人間も 文化の
世界の 活動という 輝きも
成果も
う~ いや~
心で 潰しきってしまうのが
こんな 幸福を
もたらすとは
わからない
生き返るようだ
僕は 死んでいたのか?
わからない
and Carry on
愛されたいとは 少しも
思わなかった、 今の今まで
その理由は
愛したいからだと、自分を
感じて そう思っていた
実際 そうだったからこそ
愛の行動に 向かうのは
自然な 成り行き
が が が が、そこには
愛を求める 飢えた魂だけ
一緒に歩く 者も
人を 愛そうという者も
欠けている 人格ばかりが
僕の とんだ勘違いだけが
抜きんでて
スポットライトを 浴びた
恥かしい 自分が、
間違えた 許せない
自分が、 いた
We are the ホモサピエンス
We are the チルドレン
愛されたい 北極と
愛したい南極に
分かれた つもりでいなければ
ならない 宿命を 背負った
哀れな民族としての 僕が
まさに そこに囲まれたという
世界に ひとりの 僕が
いた
負けたくないから 愛の南極を
離れ
愛したいと 北極を 目指して
理解不能という 人の理解を
無視し
その凍える地帯の ひとりの
幸福の快楽を 手にしたが
やがて わかるのは
そこでは一日以上 生きられないと
いうこと
それでも 目指す意義はあったという
人々の 言うことは
わからない
愛されたら 終わりという
へっぴり腰の 屁理屈は
僕 だけのものなの だろう
世界は 僕という 僕ばかりが
取り囲むようになった
僕も アルゴリズムの様式が
頭に 巣食ったようだ
これが これまでの
長い 長い 結末の一部だと
わかりもするが
すべては 過去という舞台が
切り離されない
せめて あがいたりせずに
攻めあえいで みたいものだ
それは 正しく
僕という心の 体の
伸びきった 細胞の
寿命、というもの
誰かが 優しい言葉を
かけるだけで 崩れる
そういう心の 体勢
それが 僕らだ
その言葉を 待っていたのだ
この50年以上
・・・・・
この自信は なんだろう
今まで 自信など 何に対しても
持てたことが なかったのに
自信というのは こういうもの
なのだろうか 知らなかった
感じたことが なかったから
自分というのは 恐らく
自信を 一番に 気取りたい
そういうものなのだろう
それは 人には 憧憬に似た
そういうもの
自分をそれに 似せたいもの
なのだろう
必要ない
そうなのだ
自信などは 必要なかった
そして 今
自信に あふれる
これは 自分ではないもの
なんだろう
・・ 寂しかったら
サンフランシスコに
おいでよ
そんな 歌が 聴こえる
僕は
これは
僕は
少し
だけだが
人間に なった
なったよ
過去の ロードが
走る
未来の 鏡が 太陽を
はね返して
まぶしい
そっと 悲しみが
思い出させる
僕が 何も知らない
子供の 心を
あの 希望を
この 愛を
心 寄せる
愛されたい という
気持を
この 知り続けていた
知っていたのに という
気持が
新しく 蘇る その
その・・・
理由 ・・・
知らないと して
おこう
醸成中だから
生命の 増幅中
だから
ああ
::
地球の海の140兆倍の大きさの水が
発見された。140兆倍とは地球が
140兆個あって、僕ら人間にとって、
地球がいっぱい、ちょうどいいね、
となるそんな比較でいいのだろうか。
140兆個の生命の可能性となる、
地球たちの大群でいいのだろうか。
しかもブラックホールの周りにあっ
て、氷の塊だが、ブラックホールの
発する熱によって、水蒸気になって
宇宙に放出されているらしい。
が、120億光年の距離がある。それ
は宇宙誕生からまだそれほど経って
いない光が届いているとのこと。
が、すでに120億年くらいに水は
宇宙にばらまかれた、でいいのだ
ろうか。
僕の世界のいかに微小なことか。
宇宙の始まりとともに、その水に
生命の要素がすでにあったらしい。
120億光年=12,000,000,000×365
日×24時間×60分×60秒×光速30
0,000㎞/秒。
それがたぶん、僕の自信なのだ。
わかるはずがない。 9.30
それは夢ではなく、都合のいい、
脳血管の狭窄な想像でもなく、
気の遠くなるリアルだからだ。
人間のどんな優秀な機能も追いつ
けない。
でも、経験すれば違うだろう、と。
では、120億年、生きてみますか、
と聴かれたら?
人の一生を120歳で見積もれば、
今の人生の長さの1億回を生きて
みませんか、と。1億回! 10回
の1000万倍! 100回も生きて、
まだその100万回倍!!
僕にはそんな勇気はない。それで
も、120億年!!!
生きてみますか?
生きてみますか。
10.2