つづき㉓
翌日わたしは、疑念を抱く夫をよそに仲間とテニスをするあなたの元へ長い時間電車に揺られ逢いに行く。
テニスを終えたあなたと二人、仲間の目を避け急ぎ足で再び電車に乗り込む。
「何が食べたい?」と聞かれ、「とんかつ」と答えると、それなら青山に行こうとあなた。
電車が駅を離れるとあなたの中からよそよそしさは消え、会話が弾み出す。
仕事の関係で暮らしたことのある大阪の話になり、
「大阪って行ったことないんだよね。」
とわたしが言うと、
「じゃあ今度二人で大阪に行こうか?案内してあげるよ。」
とあなた。
あなたと二人大阪を旅する姿を想像し幸せな気持ちになるわたし。
青山の路地を迷うことなく進むあなた。スマートなあなたの後ろを歩くわたしはそれだけで誇らしい気持ちになる。
お風呂屋さんを改装したそのお店はランチタイムを過ぎても多くの人で賑わっている。
久しぶりに逢えたあなたとの大切な時間。
ビールで喉を潤し満足気なあなたは、
「昨日、揉めたって言ってたけどどうしたの?」
「子どものこと以外で滅多に出掛けなかったわたしがこの頃あちこち出掛けて行くのが何だか気に入らないみたい。」
「ふぅーん。旦那さんは笑ちゃんの行動にうるさいの?」
「全然そんなことはないよ。わたしの行動を制限したりしないし、疑いもしない。だけどいつも家にいたわたしがあちこちと出掛けて行くことにまだ免疫が出来てないんだと思う。」
「笑ちゃんの旦那さんてどんな人なの?」
「自分のことも家族のことも大切に出来る人。あと、素直で疑念のない人かな?」
「いいところばかりなのにどうして上手く行かないの?」
「家族になっちゃったからかな?異性として好きとかそう言う感情が抱けない。」
「笑ちゃんの女心、俺には理解不能だな。」
夫との関係はもう随分前からギクシャクしていた。男女の関係を求める夫と子どもの父親と言う存在でいて欲しいわたし。
子どもを囲む家族でいたい。
子どもを産み母親となったわたしは多分、無理やり自分の中から女と言う性を棄てたのだと思う。生まれたばかりの我が子が無条件でわたしを求めてくれる。その思いにわたしの全てで応えたかった。
子どもの頃、わたしが求めた母親になりたかった。
何があっても子どもを包み込んで離さない母親に。
いつも独りぼっちで寂しかったわたしは自分が手に出来なかった母親に対する全幅の信頼と愛情を与えてあげたかったのだと思う。
不器用なわたしには妻と母親の両方は演じられない。
どうしたらあなたへの想いを伝えられるのだろう。
わたしの心はあなたにあることを。
そしてその想いが夫との距離をさらに離して行くことを。
他の誰でもないあなたと、愛し合いこの先の未来を一緒に生きて行きたい。
今度はわたしが質問する。
「この間、わたしのこと割り切ってるって言ったけど、どうして?」
「笑ちゃんが一番大切なのは家族でしょう?それは当たり前だしそれで構わないけど…。」
言葉に詰まるあなた。
心に不安が押し寄せる。
「何?圭さんの気持ち教えて。」
「俺の気持ち?笑ちゃんが好き。だけど何をどうすべきか正直分からない。俺一人が空回りするのは嫌だし。」
家族が一番大切、空回り、あなたの言葉を頭の中で繰り返す。
子どもがいるのにあなたを好きになったわたし。
母親失格のわたし。
空回りしてるのはいつだってわたしの方なのに。
わたしはずっと聞きたかったことを勇気を出して口にする。
「圭さんはこれから先、わたしとどうして行きたいの?」
自分で質問しながら答えを聞くのが怖くなる。
「どうして行きたい?全く現実的ではないとは思うけど、笑ちゃんと二人きりでどこか遠くに行って生きて行きたい。」
叶わないと諦める夢なのか?叶えたい夢なのか?分からなかった。
けれど、それ以上聞くのが怖かった。
言葉の真意を掴めぬまま質問する勇気を失ったわたし。
お酒の力があなたの欲望に火を点ける。
その欲望が不安な気持ちを消してくれる。
食事を終えた二人は愛を確かめに渋谷へ向かう。
あなたとわたしは罪の扉を開く。
扉を隔てた先には二人だけの世界が広がる。
あなたはわたしだけのあなたになり、そしてわたしはあなただけのわたしとなる。
潤んだ瞳でわたしを見つめるあなた。その潤いがわたしを濡らして行く。
わたしは身体の奥に泉を湛える。
自分の身体から湧き出る水に溺れるわたし。
あなたの唇がわたしの身体のそこかしこに愛のしるしをつけて行く。
身体の中のありったけの水分が泉から溢れ出しあなたの唇を濡らして行く。
やがて、愛の水に導かれ強い意志を持ったもう一人のあなたがわたしの中を進み行く。
強く強くわたしを貫いて行く。
もう一人のあなたが刻むリズムにわたしは呼応する。
あなたは乞うようにわたしを求め、感嘆の声なき声を上げる。