一雄は瞬きも忘れる程村田投手に釘付けだった。


脚の上げ方、重心のかけ方、肩の入れ方、開くタイミング、一雄が見たままを余す所なく夢中で書いている。


「一雄、なぁ~か・ず・お!」


茂が呼んだが反応なし。


「一雄!!!」


茂が隣の席の客がびっくりする位の声で叫ぶと


「なんだよ!うるさいなぁ!」


ようやく返事をした。


「あのさぁ、喉渇いたからコーラ飲まない?」


「今忙しいからいらない」


一雄の素っ気ない返事に茂は若干カチンときたが、


「わかったよ!」


と言って一人でコーラを買いに席を離れた。


試合は1対1のまま8回まで進んでいた。


8回の裏のロッテの攻撃もツーアウト。打席には有藤選手。


「ここでホームラン打たないかなぁ…」


一雄が呟くと


「打ちそうな気がする…」


茂が小さいながらも自信ありげに言った。


「なんで?」


と一雄が問い掛けた瞬間、

「カン!」


と、乾いた鋭い音がした。

「ほんとだぁ」


一雄はぽかんと口を開けながら打球の行方を追った。

左中間スタンドでボールが大きく跳ねた。


「すげぇ、茂よくわかったね。」


一雄は今のはあてずっぽでない事がわかっていた。


「配球だよ。1、2打席同じような配球で打ち取ってたから、3打席目も同じだったんだ。変えるかなと思ったけど、1球目が同じだったから有藤選手もわかっていたんだよ」


茂はいつの間にか捕手の立場からこのゲームを楽しんでいた。


「この子達は全くあきれるな」


茂の父は口には出さないものの、感心していた。


二人が一緒にこのまま成長する事を願いながら。


結局ゲームは2対1でロッテが勝利。


二人はきげんよく有藤選手の元へと向かった。
試合前のシートノックも終わり両チームのスタメンが発表された。


ライオンズの先発投手は東尾、ロッテは村田だった。

憧れの村田投手が登板。一雄の心拍数は上がる一方である。


試合開始五分前。


ロッテの選手が守備位置に着く。


そして、ゆっくりと村田投手がマウンドに上がった。

一雄は鉛筆とノートを手に村田投手の全てを書く準備をした。


軽めの投球練習が終わり、打者がボックスに立つ。


「プレイ!」


球審の右手が上がる。


村田投手が力感溢れるフォームから第一球を投げた。

アウトローいっぱいに如何にも重そうなストレートが決まった。


「ストライク!」


球審の心地よいコール。


「す、凄い…」


一雄はただ驚くしかできなかった。


「一雄、ちゃんとメモとっとけよ」


茂から言われても、今の一雄は金縛りにあったように身動き出来なかった。


「茂、あの球が飛んでくるバッターボックス立てる?」


「俺、無理だな…」


「でも…俺立ってみたい気がする」


一雄がボソッと呟いた。


「うそ!本当に?」


「うん。だってあの球近くで見たくない?あの球捕ってみたくない?俺は近くで見たい!」


一雄は目を輝かせて言った。


茂は一雄を見て思った。


「やっぱり一雄はなんか違う。野球が好きで好きでたまらないんだ」


茂は確信した。


気が付くと一雄は懸命にメモを録っていた。



一雄と茂はグランドで試合前の練習をしている選手に釘付けだった。


その時、


「ピピー!」


っと笛が鳴る。


「危ない!」


声が聞こえた瞬間


「バシッ!」


と茂の隣で音がした。


「えっ?」


茂が振り向くと一雄が二人を目掛けて飛んできたファウルボールを取っていた。

「手…がいっ痛い…」


当たり前だが飛んできたボールは硬式ボールである。

一雄は何時も軟式ボールで練習してるので、硬式ボールは初体験であった。


しかも、プロの選手の打球をグローブの芯で確り取ってしまったのである。


グローブの芯とは掌の処で捕球の基本ではあるが、まともに捕るとかなり痛い。

「だ、大丈夫?」


「う、うん。痛いけど嬉しい…」


言葉と表情が正反対で茂も微妙な表情で一雄を見詰めていた。


するとグランドから


「大丈夫か?坊主!」


声がした。


声の主はロッテの四番有藤選手だった。


「良く捕ったな。怖くないのか?」


有藤選手が聞いてきたが


「はい!あの~じぇんじぇん★#&$\*@+」


驚愕と緊張で全然言葉になってない。


「坊主、ちょっとこっちまで降りてきてグローブ見せてみいや」


そう言いながら手招きをした。


茂と一雄は顔を見合わせて

「はい!」


と元気よく返事をして、スタンドの一番下まで降りた。


「ほー。なんやよう使い込んだグラブやのう。ここまでして使っている子は初めてやわ」


有藤選手は一雄のグローブを見て感心したようだ。


「僕、このグローブが大好きなんです。いっつも一緒にいるから。さっきもこのグローブのおかげで捕れたんです」


一雄は恥ずかしそうに、しかし心からの本音を言った。


「そうか。いや俺も坊主達と同じ位の歳の時、同じようなグラブ使っとったんやわ。ふーん。そうや。今日試合が終わったら選手の出入り口においで。待っとるから。」


有藤選手はネットの穴から小指をだして、指切りを求めてくれた。


二人は有藤選手の思いがけない嬉しい誘いにドキドキしながら


「はい!」


と答え、順番に指切りをした。


「今日絶対勝って下さい!」

茂が声高に言うと


「おお、勝っちゃるから一所懸命応援してくれ」


優しい笑顔で二人と約束してくれた。


「じゃあ試合終わったらまた会おう。」


有藤選手はベンチに姿を消した。


二人は無言でその後ろ姿を見送った。


「かっこいいね」


「うん」


「大きいね」


「うん」


「戻ろうか」


「うん」


ふたりはスタンドの中段にある自分たちの席に戻る。

「茂、有藤選手なんだって?」


茂の父は笑顔で聞く。


「試合が終わったら選手の出入り口においでって」


「本当に?」


茂の父がビックリしていると、二人は同時に頷いた。

「お父さんも一緒に行って良いのかな?」


茂の父が嬉しそうに聞くと、二人は同時に


「知らない」


と言った。


「そ、そうか」


あまりにも二人のタイミングが一緒だったので何も言えなかった。


球場は試合開始の時間が近づくと観客も徐々に増えて場内は独特の雰囲気に包まれている。