第72弾 ドイツの風
ポツダムの舞台
日本は、「無条件降伏ポツダム宣言」を受け入れ、第2次世界大戦が終結したと、社会の時間に誰もが勉強したことでしょう。歴史が動いた「ポツダム」の場所に大変興味を持っていました。3巨頭(トルーマン。チャーチル、スターリン)が一堂に会し、戦後ドイツの処理を巡って、また、ドイツとポーランドの国境線を巡って、共産主義の勢力の阻止と拡大を巡って、日本に関しては、表だって話はされなかったようですが、この会議中に、アメリカで原子爆弾実験の成功の知らせを受け取ったトルーマンの動きなど、この舞台で丁々発止のやりとりがありました。その歴史が展開されていた場所に立ってみると、何かしら感慨深いものがありました。
一度は行くべしです。
ベルリンから南西方向に電車に乗ること40分、ポツダムの中央駅からポツダム会議があった「ツェツィーリエンホーフ宮殿」(1917年完成)までは電車・バスで10分ほど。森の中にその宮殿は建っていました。

正面庭にある☆マークはソ連の象徴
正面の入り口の中に受付があります。日本語の音声ガイドもあり、10名程度集まれば、部屋の中に入っていきます。

見学者が集まってきました。

スターリンが会場に到着したところです。


ソ連の控え室です。
3各国の中では一番にいいところに部屋にありました。


イギリスの控え室


アメリカの控え室

この円卓で会議が行われました。

肘掛けがある椅子に3人が座りました。

3人の他に各国の外相、通訳などが取り囲んでいます。

腹の中では?
原子爆弾使用に関しては、さもアメリカ人を守ったとか、日本がポツダム宣言を拒否したとか教科書に書かれてはいます。そして、あの非道な原爆使用に関しては、日本人はあまり声高にアメリカを非難してこなかったことは事実です。
いろんな意見がブログ等に書かれています。魑魅魍魎の歴史です。