ドイツの風第62弾
フランスのプロパガンダ
ジャーマンウイングの飛行機事故(事件)では心配をおかけしました。デュッセルドルフ在住の日本人に衝撃が走ったことは確かです。ジャーマンウイング航空はよく使う航空会社の一つだったからです。
さて、今回はフランスのアルザス地方をご紹介しましょう。
アルザスは以前からドイツ語圏の地域であり、そこに住む人々のほとんどがドイツ語方言のアルザス語を母語としていた。普仏戦争にも従軍したプロヴァンス(同地にはロマンス語系のプロヴァンス語がある)出身のフランス人である作者ドーデは、作中のアメル先生に「ドイツ人たちにこう言われるかもしれない。“君たちはフランス人だと言いはっていた。なのに君たちのことばを話すことも書くことも出来ないではないか”」(その後に、フランツや生徒だけの責任ではない、国語をきちんと指導しなかった我々大人の責任でもある、と反省の弁)と言わせている。すなわち、アルザスの生徒達は(ドイツ語の一方言であるアルザス語が母語であるため)、国語であるフランス語を話すことも書くこともできず、わざわざそれを学校で習わなければならない状態であったのである。アメル先生は、アルザス語を母語とするアルザス人に対し、フランス語を「自分たちのことば」ないし「国語」として押しつける立場にあったものであり、本小説においてはこの点が隠蔽されていることとなる。
日本ではこの小説は1927年(昭和2年)に教科書の教材として採用された。戦後の一時期、『最後の授業』は教科書から消えたが、1952年(昭和27年)に再登場した。しかし、田中克彦の『ことばと国家』や蓮實重彦の『反=日本語論』などによる、「国語」イデオロギーによって言語的多様性を否定する側面を持つ政治的作品であるとの批判もあった。また、戦後のフランス政府は同地でのアルザス語・ドイツ語教育を容認しており、同作のフランス語純化思想はすでに過去のものとなっている。1985年(昭和60年)からは日本でも教科書に採用されていない。
ということが、ネットの中に書かれています。1985年以前に教壇に立った者からすれば、国語の授業でこの「最後の授業」を教えたことを記憶しています。なんと理不尽なことかと、思ったものでした。しかし、行ってみて少し分かったことがあります。この
話は、フランスのプロパガンダであったのかなと思いました。事実、下の写真のように、家並みから察するに、ドイツの伝統的な木組みの家が多く、フランスという感じはしませんでした。
ということとは別に、きれいな家並みをご覧下さい。またこのアルザスの一角の「リボ-ヴィレ」という町は「コウノトリの里」として知られ、普通の民家の屋根の上に「コウノトリ」が巣を作っていました。あわせてご覧下さい。

ストラスブールの町並み

ストラスブール イル川 塔は中世の城壁の名残
護岸の壁面には、砲眼が設けられている。

リクヴィル(ブドウ畑の真珠)の町並みも木組みです

リボーヴィレ 屋根の上にはコウノトリの巣が

つがい?がいました

屋根はコウノトリの糞尿でしょうか
奥に見える古城に上ってみました

結構大きな古城でした
古城から見えるリボーヴィレの町デュッセルドルフは新緑の季節を迎えています。家の窓からも若葉を見ることができます。学校は新学期を迎えます。