~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

         第一 蛇の章

         三、犀の角

三十九、 林の中で、縛られていない鹿が食物を求めて
     欲するところに赴くように、
     聡明な人は独立自由をめざして、
     犀の角のようにただ独り歩め。

         
四十、 仲間の中におれば、休むにも、立つにも、行くにも、
     旅するにも、つねにひとに呼びかけられる。
     他人に従属しない独立自由をめざして、
     犀の角のようにただ独り歩め。


     

   

恩師「長尾弘」先生と小生のツーショット。


インド喜びの旅でお釈迦様に関係する史跡巡りの旅。
このお写真はインドのニューデリーにあるの某ホテルの
ロビーにてのものです。
インドニューデリー

 

~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

 

         第一 蛇の章

         三、犀の角

 

三十七、 朋友、親友に憐れみをかけ、心がほだされると、

     おのが利を失う。

     親しみにはこの恐れのあることを観察して、

     犀の角のようにただ独り歩め。

三十八、 子や妻に対すつ愛著(あいじゃく)は、

     たしかに枝の広く茂った竹が互いに

     相絡むようなものである。

     筍が他のものにまつわりつくことのないように、

     犀の角のようにただ独り歩め。

  ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

 

          第一 蛇の章

           三、犀の角

 

三十五、 あらゆる生きものにたいして暴力を加えることなく、

     あらゆる生きもののいずれをも悩ますことなく、

     また子を欲することなかれ。

     況(いわ)んや朋友をや。

     犀の角のようにただ独り歩め。

三十六、 交わりをしたならば愛情が生ずる

     愛情にしたがってこの苦しみが起こる。

     愛情から禍いの生ずることを観察して、

     犀の角のようにただ独り歩め。

~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

 

         第一 蛇の章

 

         二、ダニヤ

 

三十三、 悪魔パーピマンがいった、

     「子のある者は子について喜び、

     また牛のある者は牛について喜ぶ。

     人間の執着するもとのものは喜びである。

     執着するもののない人は、実に喜ぶことはない。」

三十四、 師は答えた、

     「子のある者は子について憂い、

     また牛のある者は牛について憂う。

     実に人間の憂いは執着するもとのものである。

     執着するもとのもののない人は、憂うることがない。」

 

~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

         第一 蛇の章

         二、ダニヤ

三十、 忽ちに大雲が現れて、雨を降らし、低地と丘とをみたした。
    神が雨を降らすのを聞いて、ダニヤは次のことを語った。

        
三十一、「われらは尊き師にお目にかかりましたが、
     われらの得たところは実に大きいのです。
     眼ある方よ。
     われらはあなたに帰依いたします。
     あなたはわれらの師となってください。
     大いなる聖者よ。

三十二、妻もわたしもともに従順であります。
     幸せな人(ブッダ)のもとで清らかな修行を行いましょう。
     生死の彼岸に達して、苦しみを滅ぼしましょう。」

 

 ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

         第一 蛇の章

         二、ダニヤ

二十八、 牛飼いダニヤがいった、
     「牛を繋ぐ杭は、しっかり打ち込まれていて揺るがない。
     ムンジャ草でつくった新しい縄はよくなわれている。
     仔牛もこれを断つことはできないであろう。
     神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」

二十九、 師は答えた、
     「牡牛のように結縛(むすびいましめ)を断ち、
     くさい臭いのする蔓草(つるくさ)を象のように踏みにじり、
     わたくしはもはや母胎に入ることはないであろう。
     神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」


 

 

   ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

         第一 蛇の章

         二、ダニヤ

二十六、 牛飼いダニヤがいった、
        「未だ馴らされていない牛もいるし、乳を飲む仔牛もいる。
        孕んだ牝牛もいるし、交尾を欲する牝牛もいる。
        牝牛どもの主である牡牛もいる。
        神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」

二十七、 師は答えた、
        「未だ馴らされていない牛もいないし、
            乳を飲む仔牛もいない。
        孕んだ牝牛もいないし、交尾を欲する牝牛もいない。
        牝牛どもの主である牡牛もここにはいない。
        神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」

 

  ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

         第一 蛇の章

         二、ダニヤ

二十四、牛飼いダニヤがいった、
        「わたしは自活しみずから養うものである。
        わが子らはみなともに住んで健やかである。
        かれらにいかなる悪のあるのをも聞いたことはない。
        神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」

二十五、師は答えた、
        「わたくしは何びとの傭(やと)い人でもない。
        みずから得たものによって全世界を歩む。
        他人に傭われる必要はない。
        神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」


 

 

 ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

        第一 蛇の章

       二、ダニヤ

二十二、 牛飼いダニヤがいった、
    「わが牧婦(=妻)は従順であり、貪ることがない。
     久しくともに住んできたが、わが意(こころ)に適っている。
     かの女にいかなる悪のあるのをも聞いたことがない。
     神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」

二十三、師は答えた、
    「わが心は従順であり、解脱している。
     永いあいだ修養したので、よくととのえられている。
     わたくしにはいかなる悪も存在しない。
     神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」