~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

         第二 小なる章 

          二、 なまぐさ

251、以上のことがらを尊き師(ブッダ)はくりかえし

    説き給うた。

    ヴェーダの呪文に通じた人(バラモン)はそれを

    知った。

    なまぐさを離れて、何ものにもこだわることのない、

    跡を追い難い聖者(ブッダ)は、

    種々の詩句を以ってそれを説き給うた。

252、目覚めた人(ブッダ)のみごとに説き給うた―――

    なまぐさを離れ一切の苦しみを除き去る―――

    ことばを聞いて、(そのバラモンは)、

    謙虚なこころで、全き人(ブッダ)を礼拝し、

    即座に出家することをねがった。

  

~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~
   
         第二 小なる章 

         二、 なまぐさ

248、 これら(生けるものども)に対して貪り求め、
     敵対して殺し、常に(害を)なすことに

     つとめる人々は、死んでからは暗黒に入り、
     頭を逆さまにして地獄へ落ちる、
     ―――これがなまぐさである。
     肉食することが〈なまぐさい〉のではない。

249、 魚肉・獣肉(を食わないこと)も、
     断食も、裸体も、剃髪も、塵垢にまみれることも、
     粗い鹿の皮(を着ることも)、
     火神への献供につとめることも、
     あるいはまた世の中でなされるような、
     不死を得るための苦行も、(ヴェーダの)

     呪文も、供犠も、祭祀も、季節の荒行も、

     そらは、疑念を超えていなければ、
     その人を清めることができない。

250、 通路(六つの機官)を守り、機官にうち勝って

     行動せよ。
     理法のうちに安立し、まっすぐで柔和なことを

     楽しみ、執着を去り、あらゆる苦しみを

     捨てた賢者は、見聞したことに汚されない。」

    

 ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~
   
              第二 小なる章 

              二、 なまぐさ

245、怒り、驕り、強情、反抗心、偽り、嫉妬、ほら吹くこと、
    極端の高慢、不良の徒と交わること、
    ―――これがなまぐさである。
    肉食することが〈なまぐさい〉のではない。

246、この世で、性質が悪く、借金を踏み倒し、密告をし、
    法定で偽証し、正義を装い、邪悪を犯す最も劣等な人々、
    ―――これがなまぐさである。
    肉食することが〈なまぐさい〉のではない。

247、この世でほしいままに生ものを殺し、他人のものを奪って、
    かえってかれらを害しようと努め、たちが悪く、残酷で、
    粗暴で無礼な人々、
    ―――これがなまぐさである。
    肉食することが〈なまぐさい〉のではない。

 

恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

 

        第二 小なる章 

        二、 なまぐさ

 

242、「生物を殺すこと、打ち、切断し、縛ること、盗むこと、

     嘘をつくこと、詐欺、だますこと、

     邪曲を学習すること、他人の妻に親近すること、

     ―――これがなまぐさである。

     肉食することが〈なまぐさい〉のではない。

 

243、この世において欲望を制することなく、

    美味を貪り、不浄の(邪悪な)生活をまじえ、

    虚無論をいだき、不正の行いないをし、頑迷な人々、

    ―――これがなまぐさである。

    肉食することが〈なまぐさい〉のではない。

 

244、粗暴・残酷であって、陰口を言い、友を裏切り、

    無慈悲で、極めて傲慢であり、ものおしみする性で、

    なんびとにも与えない人々、

    ―――これがなまぐさである。

    肉食することが〈なまぐさい〉のではない。

~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

 

       第二 小なる章

       二、 なまぐさ

 

239、「稷(きび)・ディングラカ・チーナカ豆・

    野菜・球根・蔓の実を善き人々から

    正しいしかたで得て食べながら、

    欲を貪らず、偽りを語らない。

 

240、 よく炊がれ、よく調理されて、

     他人から与えられた純粋で美味な

     米飯の食物を舌鼓うって食べる人は、

     なまぐさを食うのである。

     カッサバよ。

 

241、 梵天の親族(バラモン)であるあなたは、

     おいしく料理された鳥肉とともに米飯を

     味わって食べながら、しかも

     (わたくしはなまぐさものを許さない)と

     称している。

     カッサバよ、わたくしはあなたにこの意味を

     尋ねます。

     あなたの言う〈なまぐさ〉とは

     どんなものなのですか。」

~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

          第二 小なる章 

           一、 宝

237、われら、ここに集まった諸々の生きものは、

    地上のものでも、空中のものでも、

    神々と人間とのつかえるこのように完成した

    〈教え〉を礼拝しよう。

    幸せであれ。

238、われら、ここに集まった諸々の生きものは、

    地上のものでも、空中のものでも、

    神々と人間とのつかえるこのように完成した

    〈つどい〉を礼拝しよう。

    幸せであれ。

     

~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~
   
             第二 小なる章

           
             一、 宝

234、勝れたものを知り、勝れたものを与え、
    勝れたものをもたらす勝れた無上の人が、
    妙なる教えを説き給うた。
    この勝れた宝が〈目覚めた人〉

    (ブッダ)のうちに存する
    この真理によって幸せであれ。

235、古い(業)はすでに尽き、

    新しい(業)はもはや生じない。
    その心は未来の生存に執着することなく、
    種子をほろぼし、

    それが生長することを欲しないそれらの賢者は、
    灯火のように滅びる。
    この勝れた宝が〈つどい〉のうちに存する。
    この真理によって幸せであれ。

236、われら、ここに集まった諸々の生きものは、
    地上のものでも、空中のものでも、
    神々と人間とのつかえるこのように完成した
    〈目覚めた人〉(ブッダ)を礼拝しよう。
    幸せであれ。

      

~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

       第二 小なる章          

         一、 宝

231、〔i〕 自身を実在とみなす見解と

    〔ii〕 疑いと

    〔iii〕外面的な戒律・誓いという三つのことがらが

     少しでも存在するならば、かれが知見を

    成就するとともに、

    それらは捨てられてしまう。

    かれは四つの悪い場所から離れ、

    また六つの重罪をつくるものとはなり得ない。

    このすぐれた宝が〈つどい〉のうちに存する。

    この真理によって幸せであれ。

232、またかれが身体によって、ことばによって、

    またはこころの中で、

    たとい僅かなりとも悪い行為をなすならば、

    かれはそれを隠すことができない。

    隠すことができないということを、

    究極の境地を見た人は説き給うた。

    そのすぐれた宝が〈つどい〉のうちに存する。

    この真理によって幸せであれ。

233、夏の月の初めの暑さに林の茂みでは枝が花を

    咲かせたように、

    それに誓うべき、安らぎに赴く妙なる教えを

    (目覚めた人、ブッダが)説き給うた、

    ―――ためになる最高のことがらのために。

    このすぐれた宝が目覚めた人(ブッダ)の

    うちに存する。

    この真理によって幸せであれ。

       

  ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~
     
             第二 小なる章 

          
             一、 宝

228、ゴータマ(ブッダ)の教えにもとづいて、
    堅固な心をもってよく努力し、欲望がなく、
    不死に没入して、達すべき境地に達し、

    代償なくして得て、
    平安の楽しみを享けている。
    この勝れた宝は〈つどい〉のうちにある。
    この真理によって幸せであれ。

229、城門の外に立つ柱が地の中に打ち込まれていると、
    四方からの風にも揺るがないように、
    諸々の聖なる真理を観察して見る立派な人は、
    これに譬えられるべきである、とわれは言う。
    この勝れた宝は〈つどい〉のうちにある。
    この真理によって幸せであれ。

230、深い智慧ある人(ブッダ)みごとに説き給うた
    諸々の聖なる真理をはっきりと知る人々は、
    たとい大いになおざりに陥ることがあっても、
    第八の生存を受けることはない。
    この勝れた宝は〈つどい〉のうちにある。
    この真理によって幸せであれ。

~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

             第二 小なる章

              一、 宝

225、心を統一したサキヤムニは、

    (煩悩の)消滅、・離欲・不死・勝れたものに到達された、

    ―――その理法と等しいものは何も存在しない。

    このすぐれた宝は理法のうちに存する。

    この真理によって幸せであれ。

226、最も勝れた仏が讃嘆したもうた清らかな心の安定を、

    ひとびとは「〔さとりに向かって〕間をおかぬ

    心の安定」と呼ぶ。

    この〈心の安定〉と等しいものはほかに存在しない。

    このすぐれた宝は理法の(教え)のうちに存する。

    この真理によって幸せであれ。

227、善人のほめたたえる八輩の人はこれらの四双の人で

    ある。

    かれらは幸せな人(ブッダ)の弟子であり、

    施与を受けるべきである。

    かれらに施したならば、大いなる果報をもたらす。

    この勝れた宝は〈つどい〉のうちにある。

    この真理によって幸せであれ。