ラブホテルぺんぎん村
ラブホテルぺんぎん村
※リニューアル済
大阪府に存在した昔ながらのコテージタイプのラブホテルの廃墟です。今では少数になってきましたが、以前は敷地内にガレージ付きの建物が点在し、そのまま建物へ車で入庫するとホテルの部屋となっているモーテル形式のラブホテルが多く存在しました。
今では駅前などにお洒落なラブホテルも多いですが、このようなタイプのラブホテルは広大な敷地を必要としたり、人目から離れた少し離れた場所にあることが多いのも特徴です。
結構有名な物件となっていたため内部は敷地内に入っただけでもかなり荒廃しているのが分かります。最終的にはこのようにロープだけだった入口には高いバリケードが施され、バリケードまで落書きがされているという始末でした。
個人的にもうズタボロで再起は不可能かという状態に感じましたが、何と驚くことに現在はこの物件は宿泊も可能なレジャー施設へと建物もそのままにリニューアルされ、綺麗に生まれ変わっております。
基本的に深夜の肝試しなどで若者たちの手により荒らされどの部屋もドアが開け放たれ、荒廃していました。
部屋の内部はベッドもそのままで営業していたまま残置物があります。
窓ガラスが無くなりながらも天井などが落ちている様子はなく、部屋も探索がしやすいですね。
ベッドも緑でソファも緑ということで各部屋色でテーマを作っていたようですね。
アルミの扉を開けると浴場になっていました。
フォントなどが今見ると当時らしさを感じます。
次の部屋へ。
**の方の入室お断わり致しますの手書きのプレート。恐らく18歳未満の利用を断るものだと思います。
こちらの部屋の内装はピンクで統一されています。この雲の壁紙は古いラブホテルやレジャー施設でたまに見かけますね。
荒廃した室内。
狭さを感じますが、浴室は比較的そこまで古さを感じさせないんですよね。
室内にはドライヤーが残っておりますが、それには別の名前であるホテルヒカリの記載があります。この物件は70年代に建設され、元々は別の名前だったということですね。
そもそも「ペンギン村」はDr.スランプの舞台となる村の名称ですので、この作品の登場以降である80年代後半のバブル期に大規模なリニューアルを施したのかもしれません。
撮影当時の敷地内は客室内にあったと思われる残置物が敷地内で朽ち果てているのみで、不法投棄なども少なかったですね。
次の部屋へ行きます。
車庫内には当時の準備中の札がありました。
こちらは青いベッドが置かれています。
部屋はガラスが割れているのでラブホテルにしては明るいですが、それでも建物の特性上薄暗いですね。
ラブテクニックでセ●クスダイエットだそうです。
大半が破壊されてしまっておりましたので写真は無かったのですが、各部屋のガレージの上部にはネオン管で番号が振られています。夜に各部屋に灯っている姿を想像すると、とても妖艶で今だと1周回ってお洒落に感じてしまいますね。
それでは10号室へ。
水色のベッドが鎮座していました。
ソファまで水色で揃えてありますね。
浴場は部屋と色のテーマを合わすというこだわりがあまりなかったのでしょうか。
それでは次の部屋へ。
赤じゅうたんに紫色の起毛ベッド。そして若者たちが溜まり場にしていたのか壁面には落書きがあります。
この物件の場所は辺鄙ではありますが、物件のロケーションは悪いとは感じません。個人的には海のすぐ隣で、昼間の方が素敵な場所のように感じますのでラブホテルには少し勿体ない気がしました。
ただ、朝部屋を出ると海と共に朝日が見れそうなので、そういった狙いもあったのかもしれませんね。
次の部屋へ進みます。
照明もお洒落な客室となっています。
部屋の入口に落ちていた準備中の札。浴場の写真がちょくちょく抜けているのは恐らく撮影し忘れているのだと思います。
かなり前の大失態です。
この部屋は恐らく6号室ですね。
白いベッドに
緑のソファ。
次の部屋へ行きます。
ミラーに囲まれたベッド。
この部屋も茶色いベッドに赤いソファと色の統一感も亡くなってきてしまいました。
大人のおもち
次の建物はボイラーや資材などが置かれている物置でした。
配電盤もあります。
雑多に物がある室内。
こうして見ると結構敷地内は広く、客室の数もそこそこあるホテルですね。
次の客室へ行きます。
掛け布団もそのまま残っている部屋が撮影当時は多かったですが、入口がバリケードされた頃はもっと外観も室内も荒れ果てていたのではないかと思います。
永遠に緑のままの観葉植物。
浴場です。
次の部屋へ。
ベッドの雰囲気は隣りの部屋とよく似ていますね。
敷地内で朽ち果てていた机と同じものが室内にあります。
水色の浴場。
この部屋は扉が蹴破られてしまっていました。
室内です。
部屋も少し狭い中、紫色のソファがあります。
ポ●ノビデオ 24時間放映中
今までの部屋とは違い、部屋の内装もこだわりを感じられない気がするのは、もしかしたらこの部屋は和室だったものを改装してあるのかもしれません。
浴槽もこのような古い雰囲気で、かつてオープン時は和室も結構あったのを改装した部屋も多いのかもしれません。
こういう丸タイルの浴槽や浴場、今は凄く稀少になってきましたね。
竹が残るこの部屋のコンセプトは和洋折衷、といったところでしょうか。
どことなくアットホームな雰囲気でした。
次は事務所部分ですが、ちょくちょく以前の名称だった頃の面影が見受けられます。
事務所内はカーテンが閉められており非常に薄暗かったです。
部屋は13室あるのですね。入室があれば管理人の方がニコちゃんマグネットを部屋の番号に移動させるというアナログシステムだったのかなと思います。
カレンダーは2005年で止まっていました。こういったモーテルは廃業後も管理人の方が住居として管理棟にずっと住み続けるというケースも多いですが、ネットの記載もこの頃に営業の情報が消滅しておりますので営業終了した後すぐに人がいなくなってしまったようです。
部屋にはシーリングファンまで付いていますね。
古いデッキ類が並んでいますが、これでビデオ類などを各部屋に送っていたのでしょうか。
住み込みでおられたようで、管理棟の内部もかなり残置物があります。
和室に事務机。こちらの管理棟は内装などは70年代にオープンしてからそのままではないかと思われます。
管理人の方が睡眠を取るベッドも置かれていました。
浴場は客室と異なり昔ながらのこじんまりとしたものですね。
管理棟のトイレは和式のままリフォームもされなかったようです。
手書きの料金表が残されていました。料金部分にはどの箇所にもテープが張られた痕跡があり、この料金から末期は変わっていたのでしょうね。
2階へ上がります。
こちらにもベッドが置かれています。料金表を見ると、営業時間に空白時間が無く管理人の方はいつ寝ていたのだろうと心配したものですが、ご家族で営業されていたのかもしれませんね。
奥の壁際にももう1台ベッドがありました。
とはいえ、1部屋に2台のベッドがありどうも仮眠室の様な感じです。
もう1部屋ありましたが老朽化し、畳がめちゃくちゃになっていました。
床もかなり抜けてしまっています。。今もこの建物もそのまま別の施設へ生まれ変わっておりますので、かなり大規模に手を入れていると思われ、再開にはかなり苦労をされたのではと思います。
廃墟はコロナ禍もあったことから、新規にかなり増えたような気がいたしますが逆にこのような古くからある物件は解体され、消滅していく一方でそういえばあの物件どうなったのだろうと久しぶりに航空写真を開くと一面の太陽光パネルになっていたなんてことはザラにあります。
(もちろん廃墟が解体されることは大変良いことなのですが・・・)
ただこの物件のように荒廃してしまうと、悪い印象が付いてしまい、かつてのイメージを払拭するのも難しく直そうという方はなかなかいらっしゃらないのが現状なのですが、この物件のリニューアルオープンは本当にここの建物にとって幸運だったのではないかと思いますね。
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