聖M学院
情報提供:湧き水さん
マーブル氏、湧き水氏と合同散策
千葉県の某湖のそばにある崩れかけの木造の廃墟。それが聖M学院です。
夏に行ったこともあり、草木に覆われ、クモの巣が多くて進むのに苦労しました。
内部の床は大きく落ちていますが、気をつけて進めば大丈夫です。そのうち進めなくなるくらい朽ちてしまうのでしょうが・・・・。
恐らく、この部屋は食堂として使われていたのではないでしょうか。
その証拠に、内部にはトースターなどが落ちています。
奥は厨房となっていたようで、冷蔵庫やコンロ、流し台などが確認できました。
しかし、床の朽ち具合が凄いので厨房部分には入っていません。
こういう手書きの物が残っていたりすると、何だか寂しいような気持ちになります。
この建物はアーチ型になっており、大変美しい造りになっているため、とても綺麗な写真を撮ることができます。
しかし、この建物もいつ力尽きるか分かりません。
廃墟となった今でも、人間の為に造られた建造物はボロボロになりながらも、最後の力を振り絞って屋根を支えているのです。
この先、階段のような物が見えます。
朽ちた階段を(というか階段があったと思われる斜面を)登ると、トイレや風呂場のある建物に到着しました。
こちらは男子トイレです。現在のトイレと何ら変わりはありません。
こちらは女子トイレです。剥がれてしまった木片で確認し難いですが、個室のドアがあるのがお分かりいただけるでしょうか。
これらのトイレは、入って左側にあります。右側には男子風呂と女子風呂があります。
こちらが女子風呂です。
立派な屑入れとマットだと思いませんか?
女子風呂の前に転がっていました。
洗面所です。
階段はあって無い様な物。このような状態なので、迂闊に足をかけれません。
この学校の見所は、山の斜面に掘られた、洞窟状の祭壇です。
噂ですが、過去には洞窟の一番奥の祭壇にマリア様の像があったということも聞いたことがあります。
それでは、入ってみましょうか。
天井にはびっしりとカマドウマが張り付いています。
特に害も無い虫なので無視して奥に進んで行きます。
懐中電灯が無いと絶対に進めません。内部は水蒸気などで空気が白く、またひんやりとしていて、鳥肌が立つくらいの温度です。
ここが一番奥の祭壇部分です。
ここに辿り着くまで、洞窟は大きく左カーブになっています。奥より更に先で地上に繋がっているようで、一番奥にも酸素があります。
ただ、ちょうど真ん中辺りで一瞬空気が無くなります。そこで一瞬意識が朦朧(もうろう)となったので、簡単に洞窟内部に入るのはお勧めできませんね。それは防空壕跡でも同じ事です。
現役当時は写真では分かりづらいのですが、壁のくぼみ部分にロウソクを立てて洞窟内を照らしていたようです。
これがそのくぼみです。
数メートル間隔で、洞窟の左右の壁にこのようなくぼみが確認できました。
ロウソクで照らされた洞窟。さぞ現役当時は幻想的だったことでしょう。
この先へ行くと、生徒達が寝たりする宿泊所があります。
もう、風呂などの存在でお気づきになられた方もいるでしょうが、この聖M学院自体は合宿所として使用されていたようです。
この宿泊所は内部の崩壊が激しかったので内部探索はしていません。
しかし、このようにどの部屋にも2段ベッドが置かれていました。生徒同士は相部屋で泊まっていたようですね。
どの部屋も、床に足を置くだけで崩れそうな勢いです。
この建物内部を探索した猛者はいるのでしょうか?
最後は一番手前にあった、物置です。内部にはクラブで使用されていたと思われるものが詰め込まれていました。
ボールを入れるカゴです。
バレー部、バスケ部、サッカー部、陸上部、科学部・・・
道具から確認できたクラブは以上です。しかし、もっと沢山クラブのあった賑やかな学校であったことは間違いありません。
ジュースの保冷庫がなぜここに。
物置の中には、現役当時のテスト用紙や体操服(しかもブルマ)なども詰め込まれていました。
今は草木に埋れてしまい、誰の気にも止められなくなってしまった聖M学院。
かつては賛美歌の聞こえるような賑やかな場所だったのかも知れない。そんな場所でも、そのうちに人々から忘れ去られてしまう。
長い間この場所に建ち続けて、この学校はどういう人々の歴史を見てきたのであろうか。
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