AI革命と万葉集の解読
AIは万葉集の多数の難訓歌を解読できるか
永井津記夫
AIが私たちの前に出てくる難問の多くを解決できるかのように見るAI楽観派(AI万能派)と、AIはあくまで技術であってAIが人間の問題を解決するには限界があるとするAI懐疑派がいます。
人間のかかえる多数の問題をAIが進歩を続ければ解決できるとするAI信奉派と、それほどAIは万能ではない、とする懐疑派がいるのです。
はたして、AIは万能なのか、それとも私たちはAIの持つ深刻な限界を見落としているのでしょうか。私はAIは万能ではなく、大きな突破できない限界が存在すると考えています。
中国共産党政権は学校における共産主義思想教育をAIに任そうとしていました。人間が共産主義思想を教えると余計な考えを付加したり、否定的な見解を子供に示すことを恐れているからです。2018年6月に中国共産党政権がAI教師の導入を考慮していることが報じられたことがありました。「バカなことを考えるなあ!?」と思いながら、同年6月20日、私はこれに対してツイッターで私見を述べました。最初は英語で発信しました(今から考えれば放置しておけばよかったのですが…)。
①*The Chinese Communist Party is going to teach children communism lessons by using AI machine teachers, not humans. Because human teachers are apt to teach not what the Party wants them to teach but their own way of thinking.
② However, AI has no ability of telepathy communication, so AI machine teachers will surely fail to teach children. In ancient China there was a four-character compound 以心伝心, which means “communication from spirit to spirit.”
③But Communists have long disdained or ignored religion and the spiritual, which are now beyond them. So they cannot understand that to teach children needs human communication from spirit to spirit. Tsugio NAGAI
上記の英文の直訳ではないのですが、同趣旨の日本文を6月23日にツイートしました。
*中国政府がAI(人工知能)を教師にして小学生から教育しようとしていると言われている。人間の教師では自分の考え方、つまり、中国共産党の考えに反することを子どもに教える可能性があるが、AI教師だと党の方針に沿った教育内容のみを教えるからである。が、中国は大きな誤りを犯すだろう。
*確かに、囲碁や将棋のような特定分野の予測で勝負がつくところではAIの方が人間よりもはるかに能力的に優れていて強いと言える。しかし、AIはヘレン・ケラーのような三重苦(盲聾唖)の子どもにサリバン先生のように実物の「水」とw-a-t-e-rの結びつき、意味を教えることは不可能だと思われるのだ。
*小さな子どもに言葉を教えるには、教えようとする人間(親、教師)とそれを受ける子どもの間に精神感応、一種のテレパシーによる相互交流が必要であるが、AIにはその能力はないからである。もちろん、AIを教育の補助として有効活用することは大切だが、人間にとって代わることはできない部分がある。
以上のように英語、日本語でツイートしました。つまり、私はAIに致命的に欠けているものを人間同士が持つテレパシー(以心伝心的能力)と考えています。
テレパシーは、現在の科学ではまだ解明されていませんが、(“科学”は私たちの住む宇宙のごく一部しか解明していません。分かっているのは数パーセントで、残りの95パーセント以上は未解明だとする科学者が多数います。科学は残念ながらまだ不十分です)量子力学の“量子もつれ”と関係があるとする人もいます。しかし、この量子もつれは、テレパシーとは異なるとするのが現在の量子力学の研究者の基本的な考えとなっています。
テレパシーと量子もつれ現象は別の次元(場)で働く現象であり、AIが大きく進化したとしても、サリバン先生が三重苦のヘレン・ケラーに井戸からくみ上げた水をケラーの手のひらに垂らし、手のひらを刺激しているものが“w-a-t-e-r”であることを認識させた状況を作り出す能力をAIが持つことはないと考えています。テレパシーは物理的現象ではなく、“霊的”現象ではないかと私は考えています(この霊的現象もこの宇宙の森羅万象の一部分ですが、私達はほとんど理解ができていません)。
子供が言葉を習得するのは、人間は生まれた時にすでに言葉を習得する能力を持っていることに加えて、親や周囲の人々が意識的であれ無意識的であれ言葉を教えようとする気持ちが以心伝心力によって子供に伝わっていくからだと考えられます。したがって、私の結論は、「共産主義思想」のような思想教育を“AI教師”が行なうことは不可能だということです。不可能という意味は、以心伝心的に心にひびく言葉として子供に伝わらない、ということです。共産主義思想の代表的スローガンを暗唱する機械としては使えるでしょうが、教師として子供に理解納得させるAI教師“マシーン”にはならないでしょう。
私がAIには“限界がある”と思う理由の一つに、世界に数多く存在する未解読文字をAIは“”解読することに成功していない“”ということです。クレタ島で発見された紀元前1600年頃の「ファイストスの円盤」や15世紀から16世紀に作成されたとされる「ボイニッジ手稿」などは未解読文字の典型例であり、インダス文明のモヘンジョダロなどで使われていたインダス文字や、日本を含めて世界の各地で発見されているペトログリフなども未解読のままです。
「未解読文字」などの未知の文字体系に対して、AIが解答をだせないのは、人間の側が何らかの手掛かり(識別要素)を与えないと、AIは活動することができない、ということを意味しています。
さて、世界の未解読文字ではなく、我が国には「万葉仮名(=漢字)」で書かれている日本最古の詩歌集として、『万葉集』が存在します。収録歌集の数は約4500首で、現在ほぼ解読され、読むことができているのですが、中には難解で部分的に読めていない歌が数十首あります。また、“音”として読めていても、解釈の誤っている歌もかなり存在すると考えられます。
私は日本語語源研究会で発表してきた論文(1987~1991年)を1992年に一冊の本にまとめて『万葉難訓歌の解読 「新用字法」の提唱を中心に』(和泉書院刊)を出しました。その中で巻二・160番の難訓部分に私説を述べています。この歌は持統天皇が皇后の時に夫の天武天皇崩御に際しての御作歌です。
*燃火物もゆるひも 取而裏而とりてつつみて 福路庭ふくろには 入燈不言八面いるといはずやも 智男雲
*燃ゆる火も 取りて包みて 袋には 入ると言はずやも 智男雲
「智男雲」を除いた部分の現代語訳は、
*燃えている火でも取って包んで袋に入れてしまうと言うではないか。智男雲。
ということになります。”“智男雲“”の部分が難訓として、日本古典文学大系本万葉集などは訓を付けていません。
澤瀉久孝氏は『万葉集注釈 巻第二』で、第四句の最後の文字「面」を結句に入れ、「面智男雲」で「逢はむ日をくも」と解いてます。氏は「智」を「知日」の誤字と見ます。氏の説を要約すると、
- *面知=面オモ知シル→逢ふ+む→逢はむ ※「面知」は「オモシル」の意から「逢ふ」の義訓と見る。そこに未来の助動詞「む」を加える。
- *「逢ふ」に未来の助動詞「む」を付加した形が「日」を修飾して、「面智=面知日」で「会はむ日」と訓む。
- *「をくも」は動詞「をく(招をく)」と詠嘆の終助詞「も」が結びついた形。
- *「をく」は古事記に「招禱をく」という用字があり、単に「招まねく」という意味ではなく「招き寄せむとする事」の意味。
ということになります。
私は「をく」が「招き寄せる」の意味ではなく「招き寄せむ=招き寄せよう≒招き寄せたい」の意味であるとする澤瀉氏の見解に賛成です。
たとえば、「欲する」と「持つ」の違いですが、英語訳も加えて示すと次のようになります。
*(私は)その土地を欲する(その土地を持ちたい)。I want the land. = I want to have the land.
*(私は)その土地を持つ。I have the land.
となります。この違いに留意して、「~をく」を英語にすれば「want to invite ~ (招きたい)」ということになります。
澤瀉氏は「智男雲」の直前の文字「面」を加えて「面智男雲」を結句とし、「智」を「知日」の誤字と見て、「面知日男雲」で「面知あはむ日ひ男雲をくも」として、160番の歌を最終的に次のように訓釈しています。
*燃ゆる火も 取りて包みて 袋には 入ると言はずや あはむ日招をくも
燃えている火でも取って包んで袋に入るというではないか。さういふ奇跡が行なはれるやうに、天皇にお逢ひ申す日を招き祈っていることよ。
が、澤瀉氏は最後の【考】の中で、『「をくも」は不動であるが、「逢はむ日」はもっと直接的、端的の言葉であるほうがよいように思う』と言われています。
私は澤瀉氏のこの発言を受けて、「智男雲」の「智」を”構成要素用字法“によって「知」と「日」に分解し、
*智」=知✓日→日を知る→日ひ知じり=ひじり=聖=仙人
というように解しました。「智」は澤瀉氏のように誤字とするのではなく、万葉集にはこのように文字を分解して訓よむ用字法が存在しているということです。私はこの用字法を上に示しているように「構成要素用字法」と名づけました。
「娶」という漢字があります。音読みは「取」と同じで「シュ」ですが、訓読みは「めとる」です。この訓は、
*娶=取女→取✓女=女め取とる
というように「娶」を構成要素に分解し、その「取・女」を漢文として読んだのが「女め取とる」です。「めとる(娶)」と同じように漢字の構成要素を読んで和語に“翻訳“した言葉と考えられるのが「ふなよそふ(艤=義✓舟=舟(ふな)・義(よそふ))」、「あはせのころも(袷)」、「すみぎ(桷)」などです。
*艤=“舟=ふな” + “義=儀=よそふ”=義✓舟→ふなよそふ(=出航の準備をする)
*袷=“衤=“衣(ころも)+合(あはす→あはせ)”→合(あはせ) の 衣(ころも)
*桷=木+角=角(すみ)+木(き→ぎ)
「めとる(娶)」は辞書で漢字を構成要素に分解し「取✓女」として読んだものとして漢和辞典(藤堂明保著『学研漢和大字典』)などで説明されていますが、上記の艤、袷、桷などはそのように辞書に明記されていません。が、このように漢字の構成要素を読む形で和語に翻訳されてつくられた言葉があることを明確に理解していないと160番の歌の「智男雲」の「智」を訓よむことはできないと思います。私は他の万葉歌の難訓部分にも「構成要素用字法」を適用できると考えてこの用字法を提唱しました。難訓の漢字(群)を解読するには「新しい用字法(識別要素)」が必要です。
ここで160番の歌の原文を再掲し、訓釈を示したいと思います。
- 燃火物取而裏而福路庭入燈不言八面 智男雲
- 燃火物もゆるひも 取而裏而とりてつつみて 福路庭ふくろには 入いる燈と不言いはず八面やも 智ひじり男を雲くも
- 燃ゆる火も 取りて包みて 袋には 入ると言はずやも 仙人ひじりをくも
現代語訳は、
*燃えている火でも取って包んで袋に入れてしまう言うではないか。(そのような法力を持つ)仙人に来て欲しい。
これを英訳すると、
この英文を和訳すると、
燃えている火を手で掴んで袋に入れることができる者がいると言うではないか。そんな超人(ヒジリ)に来て欲しい(そして夫を生き返らせてほしい)!
となります。この160番の歌は、夫の天武天皇に先立たれた直後に、持統天皇(当時、皇后)が、狼狽のあまり詠んだものと考えられます。
「をく(招をく)」という上代の古語は、古語辞典などでは「招まねく」、「招き寄せる」という現代語訳が示されているのですが、この訳は澤瀉氏の示す古事記の「招禱をく」という用字を勘案すると、不十分だと思われます。「招く」と「招きたい(=招くことを願う)」は意味が大きく異なります。「招きたい」の直接的な英訳は「want to invite」ですが、夫を亡くした皇后の直接的な気持ちを出すために、want ~ to comeという形を使い、強意の終助詞「も」の意味を出すために強調の助動詞do付加し、ヒジリに“superman (超人)”という単語を当てました。
I do want such a superman to come. そんな超人に来て欲しい!
上の英文が「智男雲(ヒジリをくも)」の意味をほぼ正確に表しているのではないか、と考えています。
今回、万葉集の160番の歌の難訓の部分「智男雲」について、無料の“GoogleのAI”に質問をしてみました。いくつかの訓よみが出てきましたが、「智男雲」の直前の文字の「面」を結句とし、「面智」を「面知日」とし、「面知」を「面おも知しる」、「あふ(会ふ)」と意味で解読する説が出てきて、「智」をヒジリとする説が出てこないので、「智」をヒジリと訓む説がないのかと質問すると、驚いたことに、「鹿持雅澄の『万葉集古義』に「智」をヒジリとよむ説がある」という趣旨の答を返してきました。「鹿持雅澄」は江戸時代後期の土佐藩に所属する国学者でその著作『万葉集古義』は有名で、万葉集を研究するものならだれでも知っている人物です。私は万葉集の難訓歌について著書もある研究者であり、『万葉集古義』にはこのような説は出ていないことはよく承知しています。つまり、Google AIの答は明らかな間違い(=嘘)です。が、鹿持雅澄の説の中身などを知らない人は簡単にAIの答を受入れてしまうでしょう。
AIは人間がうまく利用するものであって、それ以下でもそれ以上の存在ではないと言えます。 ※コメント欄に続く。 (2026年4月26日記)

