AI革命と万葉集の解読

AIは万葉集の多数の難訓歌を解読できるか

 永井津記夫

  AIが私たちの前に出てくる難問の多くを解決できるかのように見るAI楽観派(AI万能派)と、AIはあくまで技術であってAIが人間の問題を解決するには限界があるとするAI懐疑派がいます。

 人間のかかえる多数の問題をAIが進歩を続ければ解決できるとするAI信奉派と、それほどAIは万能ではない、とする懐疑派がいるのです。

 はたして、AIは万能なのか、それとも私たちはAIの持つ深刻な限界を見落としているのでしょうか。私はAIは万能ではなく、大きな突破できない限界が存在すると考えています。

   中国共産党政権は学校における共産主義思想教育をAIに任そうとしていました。人間が共産主義思想を教えると余計な考えを付加したり、否定的な見解を子供に示すことを恐れているからです。2018年6月に中国共産党政権がAI教師の導入を考慮していることが報じられたことがありました。「バカなことを考えるなあ!?」と思いながら、同年6月20日、私はこれに対してツイッターで私見を述べました。最初は英語で発信しました(今から考えれば放置しておけばよかったのですが…)。

   

①*The Chinese Communist Party is going to teach children communism lessons by using AI machine teachers, not humans. Because human teachers are apt to teach not what the Party wants them to teach but their own way of thinking.

② However, AI has no ability of telepathy communication, so AI machine teachers will surely fail to teach children.  In ancient China there was a four-character compound 以心伝心, which means “communication from spirit to spirit.”

③But Communists have long disdained or ignored religion and the spiritual, which are now beyond them. So they cannot understand that to teach children needs human communication from spirit to spirit.  Tsugio NAGAI

 上記の英文の直訳ではないのですが、同趣旨の日本文を6月23日にツイートしました。

 *中国政府がAI(人工知能)を教師にして小学生から教育しようとしていると言われている。人間の教師では自分の考え方、つまり、中国共産党の考えに反することを子どもに教える可能性があるが、AI教師だと党の方針に沿った教育内容のみを教えるからである。が、中国は大きな誤りを犯すだろう。   

   *確かに、囲碁や将棋のような特定分野の予測で勝負がつくところではAIの方が人間よりもはるかに能力的に優れていて強いと言える。しかし、AIはヘレン・ケラーのような三重苦(盲聾唖)の子どもにサリバン先生のように実物の「水」とw-a-t-e-rの結びつき、意味を教えることは不可能だと思われるのだ。

 *小さな子どもに言葉を教えるには、教えようとする人間(親、教師)とそれを受ける子どもの間に精神感応、一種のテレパシーによる相互交流が必要であるが、AIにはその能力はないからである。もちろん、AIを教育の補助として有効活用することは大切だが、人間にとって代わることはできない部分がある。

 以上のように英語、日本語でツイートしました。つまり、私はAIに致命的に欠けているものを人間同士が持つテレパシー(以心伝心的能力)と考えています。

  テレパシーは、現在の科学ではまだ解明されていませんが、(“科学”は私たちの住む宇宙のごく一部しか解明していません。分かっているのは数パーセントで、残りの95パーセント以上は未解明だとする科学者が多数います。科学は残念ながらまだ不十分です)量子力学の“量子もつれ”と関係があるとする人もいます。しかし、この量子もつれは、テレパシーとは異なるとするのが現在の量子力学の研究者の基本的な考えとなっています。

  テレパシーと量子もつれ現象は別の次元(場)で働く現象であり、AIが大きく進化したとしても、サリバン先生が三重苦のヘレン・ケラーに井戸からくみ上げた水をケラーの手のひらに垂らし、手のひらを刺激しているものが“w-a-t-e-r”であることを認識させた状況を作り出す能力をAIが持つことはないと考えています。テレパシーは物理的現象ではなく、“霊的”現象ではないかと私は考えています(この霊的現象もこの宇宙の森羅万象の一部分ですが、私達はほとんど理解ができていません)

  子供が言葉を習得するのは、人間は生まれた時にすでに言葉を習得する能力を持っていることに加えて、親や周囲の人々が意識的であれ無意識的であれ言葉を教えようとする気持ちが以心伝心力によって子供に伝わっていくからだと考えられます。したがって、私の結論は、「共産主義思想」のような思想教育を“AI教師”が行なうことは不可能だということです。不可能という意味は、以心伝心的に心にひびく言葉として子供に伝わらない、ということです。共産主義思想の代表的スローガンを暗唱する機械としては使えるでしょうが、教師として子供に理解納得させるAI教師“マシーン”にはならないでしょう。

  私がAIには“限界がある”と思う理由の一つに、世界に数多く存在する未解読文字をAIは“”解読することに成功していない“”ということです。クレタ島で発見された紀元前1600年頃のファイストスの円盤や15世紀から16世紀に作成されたとされる「ボイニッジ手稿」などは未解読文字の典型例であり、インダス文明のモヘンジョダロなどで使われていたインダス文字や、日本を含めて世界の各地で発見されているペトログリフなども未解読のままです。

  「未解読文字」などの未知の文字体系に対して、AIが解答をだせないのは、人間の側が何らかの手掛かり(識別要素)を与えないと、AIは活動することができない、ということを意味しています。

 

  さて、世界の未解読文字ではなく、我が国には「万葉仮名(=漢字)」で書かれている日本最古の詩歌集として、『万葉集』が存在します。収録歌集の数は約4500首で、現在ほぼ解読され、読むことができているのですが、中には難解で部分的に読めていない歌が数十首あります。また、“音”として読めていても、解釈の誤っている歌もかなり存在すると考えられます

  私は日本語語源研究会で発表してきた論文(1987~1991年)を1992年に一冊の本にまとめて『万葉難訓歌の解読 「新用字法」の提唱を中心に』(和泉書院刊)を出しました。その中で巻二・160番の難訓部分に私説を述べています。この歌は持統天皇が皇后の時に夫の天武天皇崩御に際しての御作歌です。

  *燃火物取而裏而福路庭入燈不言八面智男雲

  *燃火物もゆるひも 取而裏而とりてつつみて 福路庭ふくろには 入燈不言八面いるといはずやも 智男雲

  *燃ゆる火も 取りて包みて 袋には 入ると言はずやも 智男雲

 「智男雲」を除いた部分の現代語訳は、

  *燃えている火でも取って包んで袋に入れてしまうと言うではないか。智男雲。

ということになります。”“智男雲“”の部分が難訓として、日本古典文学大系本万葉集などは訓を付けていません。

 澤瀉久孝氏は『万葉集注釈 巻第二』で、第四句の最後の文字「面」を結句に入れ、「面智男雲」で「逢はむ日をくも」と解いてます。氏は「智」を「知日」の誤字と見ます。氏の説を要約すると、

  • *面知=面オモシル→逢ふ+む→逢はむ ※「面知」は「オモシル」の意から「逢ふ」の義訓と見る。そこに未来の助動詞「む」を加える。 
  • *「逢ふ」に未来の助動詞「む」を付加した形が「日」を修飾して、「面智=面知日」で「会はむ日」と訓む。
  • *「をくも」は動詞「をく(招く)」と詠嘆の終助詞「も」が結びついた形。
  • *「をく」は古事記に「招禱をく」という用字があり、単に「招まねく」という意味ではなく「招き寄せむとする事」の意味。

ということになります。

 私は「をく」が「招き寄せる」の意味ではなく「招き寄せむ=招き寄せよう≒招き寄せたい」の意味であるとする澤瀉氏の見解に賛成です。

 たとえば、「欲する」と「持つ」の違いですが、英語訳も加えて示すと次のようになります。

 *(私は)その土地を欲する(その土地を持ちたい)。I want the land. = I want to have the land.

 *(私は)その土地を持つ。I have the land.

となります。この違いに留意して、「~をく」を英語にすれば「want to invite ~ (招きたい)」ということになります。

 澤瀉氏は「智男雲」の直前の文字「面」を加えて「面智男雲」を結句とし、「智」を「知日」の誤字と見て、「面知日男雲」で「面知あはむ男雲をくも」として、160番の歌を最終的に次のように訓釈しています。

  *燃ゆる火も 取りて包みて 袋には 入ると言はずや あはむ日招くも 

  燃えている火でも取って包んで袋に入るというではないか。さういふ奇跡が行なはれるやうに、天皇にお逢ひ申す日を招き祈っていることよ。

 が、澤瀉氏は最後の【考】の中で、『「をくも」は不動であるが、「逢はむ日」はもっと直接的、端的の言葉であるほうがよいように思う』と言われています。

 私は澤瀉氏のこの発言を受けて、「智男雲」の「智」を”構成要素用字法“によって「知」と「日」に分解し、

  *智」=知日→日を知る→日り=ひじり=聖=仙人

というように解しました。「智」は澤瀉氏のように誤字とするのではなく、万葉集にはこのように文字を分解して訓む用字法が存在しているということです。私はこの用字法を上に示しているように「構成要素用字法」と名づけました。

 「娶」という漢字があります。音読みは「取」と同じで「シュ」ですが、訓読みは「めとる」です。この訓は、

  *娶=取女→取女=女

というように「娶」を構成要素に分解し、その「取・女」を漢文として読んだのが「女る」です。「めとる(娶)」と同じように漢字の構成要素を読んで和語に“翻訳“した言葉と考えられるのが「ふなよそふ(艤=義舟=舟(ふな)・義(よそふ))」、「あはせのころも(袷)」、「すみぎ(桷)」などです。

  艤=“舟=ふな” + “義=儀=よそふ”=義舟→ふなよそふ(=出航の準備をする)

  *袷=“衤=“衣(ころも)+合(あはす→あはせ)”→合(あはせ) 衣(ころも)

  桷=木+角=角(すみ)+木(き→ぎ)

 「めとる(娶)」は辞書で漢字を構成要素に分解し「取女」として読んだものとして漢和辞典(藤堂明保著『学研漢和大字典』)などで説明されていますが、上記の艤、袷、桷などはそのように辞書に明記されていません。が、このように漢字の構成要素を読む形で和語に翻訳されてつくられた言葉があることを明確に理解していないと160番の歌の「智男雲」の「智」を訓むことはできないと思います。私は他の万葉歌の難訓部分にも「構成要素用字法」を適用できると考えてこの用字法を提唱しました。難訓の漢字(群)を解読するには「新しい用字法(識別要素)」が必要です。

 ここで160番の歌の原文を再掲し、訓釈を示したいと思います。

  •  燃火物取而裏而福路庭入燈不言八面 智男雲
  • 燃火物もゆるひも 取而裏而とりてつつみて 福路庭ふくろには いる不言いはず八面やも ひじりくも
  • 燃ゆる火も 取りて包みて 袋には 入ると言はずやも 仙人ひじりをくも

 現代語訳は、

  *燃えている火でも取って包んで袋に入れてしまう言うではないか。(そのような法力を持つ)仙人に来て欲しい。

 これを英訳すると、

   Don't people say that there is a man who can grasp a burning flame and put it into a bag?  I do want such a superman to come (and revive my husband). ※doは強調の助動詞

 この英文を和訳すると、

燃えている火を手で掴んで袋に入れることができる者がいると言うではないか。そんな超人(ヒジリ)に来て欲しい(そして夫を生き返らせてほしい)!

となります。この160番の歌は、夫の天武天皇に先立たれた直後に、持統天皇(当時、皇后)が、狼狽のあまり詠んだものと考えられます。

 「をく(招く)」という上代の古語は、古語辞典などでは「招まねく」、「招き寄せる」という現代語訳が示されているのですが、この訳は澤瀉氏の示す古事記の「招禱をく」という用字を勘案すると、不十分だと思われます。「招く」と「招きたい(=招くことを願う)」は意味が大きく異なります。「招きたい」の直接的な英訳は「want to invite」ですが、夫を亡くした皇后の直接的な気持ちを出すために、want ~ to comeという形を使い、強意の終助詞「も」の意味を出すために強調の助動詞do付加し、ヒジリに“superman (超人)”という単語を当てました。

  I do want such a superman to come. そんな超人に来て欲しい!

上の英文が「智男雲(ヒジリをくも)」の意味をほぼ正確に表しているのではないか、と考えています。

 今回、万葉集の160番の歌の難訓の部分「智男雲」について、無料の“GoogleのAI”に質問をしてみました。いくつかの訓みが出てきましたが、「智男雲」の直前の文字の「面」を結句とし、「面智」を「面知日」とし、「面知」を「面おもしる」、「あふ(会ふ)」と意味で解読する説が出てきて、「智」をヒジリとする説が出てこないので、「智」をヒジリと訓む説がないのかと質問すると、驚いたことに、「鹿持雅澄の『万葉集古義』に「智」をヒジリとよむ説がある」という趣旨の答を返してきました。「鹿持雅澄」は江戸時代後期の土佐藩に所属する国学者でその著作『万葉集古義』は有名で、万葉集を研究するものならだれでも知っている人物です。私は万葉集の難訓歌について著書もある研究者であり、『万葉集古義』にはこのような説は出ていないことはよく承知しています。つまり、Google AIの答は明らかな間違い(=嘘)です。が、鹿持雅澄の説の中身などを知らない人は簡単にAIの答を受入れてしまうでしょう。

 AIは人間がうまく利用するものであって、それ以下でもそれ以上の存在ではないと言えます。 ※コメント欄に続く。 (2026年4月26日記)

 

 

 

実業(real business)と虚業(phantom business)

 

  私が20代の中頃ことだったと思いますが、映画俳優の40歳前の石原裕次郎が自分の所属する映画業界に対し、自嘲気味に

  映画は〝虚業〟だ。

と言い放ったことがありました。すでに英語の教師として高校生を教えていた当時の私は、

  「自分の所属する教育界も〝虚業〟だろうか、それとも〝実業〟なのか? それとも…?」

と考え込んでしまいました。

  常識的に考えれば人間が生活をしていく中で、必要とされる衣食住に関係する仕事、生産活動はまぎれもない〝実業〟に入るでしょう。

 いちおう、(私が常識と見なす)常識に従って分類すると(大雑把な分類です)

実業:

  *食…農業(米、小麦、野菜作りなど)

     漁業

     その他(酪農、食肉、鶏卵など)

  *住…ビル建設、家づくり、土木(インフラ整備、防災工事など)

  *衣…基本的な衣類 ※ファッション性のある衣服などは何%かの虚業の部分が含まれているでしょう。

  *関連機器製造業…衣食住に関連して輸送に必要な自動車、船舶、鉄道車両やそれに付属する工業製品などを生産する産業

 

 中業:「実業」と「虚業」の中間的な業…どちらかと言うと“実業”に傾いているものとどちらかと言うと”虚業“に傾いているもがあります。「中業」というのは私(永井)の造語です。現代物理学では、すべての物質は“粒子”の性質と“波動”の性質を合わせ持っているとされています。全ての業を「実業」と「虚業」とに完全に二分することはできないと考えるべきです。実業に強く片寄っているもの、虚業に大きく片寄っているもの、どちらかに入れるのが難しい中間的なものが存在します。しかも、この実業、中業、虚業の三者は連続していると考えられます。整然と二分類、三分類できないと私は見ています。

  

虚業:

  *娯楽産業…映画関係、音楽・美術などの芸能関係、小説や雑誌などの出版関係、スポーツ関連業

  *歓楽産業…バー、キャバレー、キャバクラ等の接客業

  *賭博関連業

  *金融関連業

  *宗教 (宗教を“業=産業”の中に入れてよいものかどうかは大きな問題ですが、一応ここに置いておきます)

   

 さて、私が最初に問題にした「教育」は虚業と実業のどちらに入るのか、ということを検討してみます。物事を二分すると、どうしてもどちらにも分類できない、またはどちらの性質ももっている場合が出てきます。人を悪人と善人に二分すると、片寄りのある場合が多いのですが善悪どちらの性質も持っている人が出てきます。人を生物学的に男と女に二分類するとき、どちらの性質(機能)を持つ人も出て来ます。

 前に述べたように物質は“波動”“粒子”の両方の性質を持つとされます。つまり、この世の「森羅万象」は二元論的に二分類すると、どうしてもどちらにも属さない(どちらの性質を持つ)ものが出て来ます。

 というより、「森羅万象」を二元論的に二分類するとき、その個々の“森羅万象(=物事情ものごと)”は多い少ないは有れ、どちらの性質も持っている場合が通常であると私は考えています。物事情はきれいに二分類できるようにはつくられていないことも多いのです(※二分類は人間がわの都合です)。まったくの悪人と見られる人にも少しは“善人”の性質があるのが通常でしょう。(※「物事情ものごと」は私の造語で、「森羅万象」と同意です。「物事ものごと」では“精神的(心的)”な要素が欠けるうらみがあるので、物事に“情”を付加しました。)

 「教育」は、表面的には私たちの衣食住に直結するもの(例えば、食の米など)を生みだしませんが、米作りに関する“新知識”を生みだす人を作り出す可能性を秘めている点で「実業の食」と無関係ではありませんし、実用レベルで人工光合成によって食料を生み出す新知識を有する人を育てる可能性があります。こうなれば世界の食糧問題は解決します。

 

 したがって、虚業と実業に物事情ものごとを二分類するとき、教育は“虚業”に属していると見なせるのですが、大きな“実業”を生み出す可能性を持つ虚業です。物事情ものごとを二分類はすることは理解を深める点において有効な手段と言えますが、常に、物事情が持つ二面性を押さえておくことが肝要です。というより、物事情は三次元的に(立体的に)どの座標に位置するのかと考える方がより正しいのかも知れません。

  娯楽産業も、虚業であり、その虚業の割合(虚業率)も高いと考えられるものですが、人々に娯楽(楽しみ)を与え、明日への活力を生み出す面を考えると、一方的に虚業であると指弾することはできません。

  宗教も虚業と言えますが、人々に精神的な安心を与え明日への活力を生み出す点や、神社や仏閣を中心に広がる地域、「宗教城下町」というべき地域があり、土産物業や飲食業が栄えており、宗教活動が実業の割合の高い仕事を人々に提供していることはいくらでもあると言えます。

  金融業も直接的に衣食住を生み出すわけではないので、”虚業“です。衣食住に関係する企業に金を回し、衣食住を充実させることに貢献すれば、その分、“実業率”は増すでしょう。しかし、金が金を生むような投機的活動を仕事の中心にすれば、“虚業率”は高まり、国民大衆の利益に貢献しない存在となり、場合によっては国(外国、または自国)の経済を破壊する存在になる可能性が強まります。

 2017年に米国にトランプ大統領が誕生し、彼は“製造業”を米国に回帰させ、米国人の雇用を拡大し、米国の経済的没落を阻止することを強調し、奮闘しました。20251月に第二次トランプ政権を誕生させると、トランプ大統領は“関税爆弾”を使って米国内に自動車などの生産工場を作る政策を強くおし進めています。国内的には、製造業を米国内に呼び戻し、衰えた製造業を蘇らせ、米国人を雇い、働く人々を応援することが彼の政治活動の重要な部分を占めています。

 私はトランプ大統領の製造業を米国内に確保し、米国人の雇用を守る政策を注視してきました。米国は「世界の食糧庫」と呼ばれ、農業()は小麦や米を外国に輸出できる生産力があると言うことができ(食料自給率は百パーセントを大きく越えています)、衣食住の“食”については問題ないと考えています。ただ、食の余剰生産を他国に売るために、他国の根幹である食の基本であるものを破壊することは”自国ファースト“を掲げる米国のすることではありません。日本の自民党を中心とする政権は戦後、米国に譲歩を重ね、日本人の主食である“米”の生産量を減反政策によって激減させ(その結果、食の自給率が激減し)、日本の原点とも言うべき米作りを破壊してきたことは否めません。譲歩をしても良い部分とそうでない部分を峻別し交渉にあたる必要があります。日本の政治は、日本国民の利益にならず、健康をも損なう可能性の高い“”不平等条約(約束)“”は撤廃する方向で交渉する必要があります。

  “住”に関しては、通常の住宅の建設では米国の大手企業が中心に活動しており、問題はありません。最近では日本の積水ハウスや住友林業や大和ハウスなどが米国での活動を強化しています。この小さな“住”に関しては問題ないようです。大きなインフラ建設に関しても米国企業はまだ健在なようですが、今ここでしっかりした対応をしておかないと、日本製鉄によるUSスチールの買収問題のような状況が今後生じてくるかもしれません。

  “衣”については、一般家庭用の基本的衣料は95%が外国からの製品だとされています。これは米国の政権も少し考える必要があるでしょう。“衣食住”の中で「食」が最重要でこの割合が高いことが不可欠ですが(日本は食料自給率が40%以下とされ、国家の安全にとって非常に危険な状態です)、米国は食に関しては心配ありません。「衣」は衣食住の中ではある程度自国の製造割合が低くてもよいものだと思いますが、95%も外国に依存しているのは異常だと思われます。自国に生産を取り戻すことにこだわるトランプ大統領が大統領の選挙運動集会で使っていた“赤い帽子(MAGA CAP)”も米国製ではなく中国製だと話題になったことがありました(今は米国製になっているようです)

  いずれにしても自国で製造することを重視するトランプ大統領は、“”製造業“”に従事する企業を米国に取り戻し(この企業は米企業であるか外国籍企業であるかは問わない)、外国に製造業を持って行かない(=外国に製造業を奪われない)ことを最重視しています。この政策は全体として米国内の“実業”の割合を高めることになります。

  さて、トランプ大統領は自国内に“実業”が高い割合で存在することが大切である、それが“Make America Great Again”につながるのだ、と見ているのでしょう。彼が今回持ち出した〝高関税政策〟もこのために行なっているのだと思われます。

 ※米農業の生み出す“食”、つまり、食料自給率100%超と、他の産業の実業率が高まれば米国の国力は非常に高まり、世界最強とされる軍事力と合わせて“Make America Great Again”を実現することが可能となるでしょう。

 ※“軍事産業”は「軍事力」を生みだす源泉となる武器等を生産します。軍事産業は衣食住に直接的には関係しない産業ですが、現在の世界情勢を見るかぎり、国の安全は軍事力によって守られています。世界の国々は神仏のような道徳心・倫理観を持つ政治家、政権によって運営されているわけではなく、いつ力で他国を侵略しようとする国が攻撃をしかけてくるか分かりません。戦前、日本の世界的な台頭を恐れて何とか日本を封じ込めようとしていた米国(ルーズベルト大統領の民主党政権)は、太平洋戦争末期、日本の東京・大阪を含む日本の主要都市を爆弾と焼夷弾で焼け野原にし、広島と長崎に原爆を投下し非戦闘員の一般市民(女性子供老人)が大多数の日本人を虐殺するという非人道的行為(戦争犯罪)を行ない、日本を敗戦に追い込むことに成功しました。太平洋戦争後、非常に“強い”日本の復活と報復を恐れた米GHQは占領中にWGIP(戦犯意識埋込計略)によって日本のマスコミや政界、教育界、経済界等をコントロール(支配)し、現在の“反民的”マスコミ、全てではないが、反民的政治家、経済人、教育人を生み出して今日の日本があります。

 無法非道不法の日本周辺国(中韓北露米)の反日政権をいかに“制御(=滅ぼ)し”、“親日政権”を作り出すかが現在の日本にとって最重要な課題です。“米”とはトランプ政権を指しているのではなく、日本に原爆を投下し戦後も日本の復活と報復を恐れ、日本を封じ込めることに腐心してきた米民主党政権(+DS)です。この「民主党政権+DS」は現在のトランプ政権とその後継者の政権が継続すれば破壊してくれるでしょう。ただ、トランプ政権とその後継者の政権が永遠に続くとは限らないので、日本周辺の無法非道不法の政権に対して、適切に対応できる“軍事力”を確保することは今の日本にとってきわめて重要です。

  MMT理論(Modern Monetary Theory)というものがあります。簡単に言えば、通貨発行権を持つ国家は債務返済に充てる貨幣を自在に創出できることから、「財源確保のための徴税は必要ない」、「財政赤字で国は破綻することはない」、「インフレにならない限り国債はいくら発行しても問題はない」とするものです。もちろん、この国債に関しては自国通貨建で発行している国に限ります。韓国や中国のようにドル建てで国や企業が国債や社債を発行している場合はMMT理論は働きません。

  いくら国債を発行しても財政は破綻しないというのは言い過ぎであり、国家が国内にどれくらいの“実業”を抱えているか、この”実業率“が高く、国民が求める物の生産力を数倍に拡大する余裕がないと、大きなインフレを引き起こし、経済が破綻する可能性が出て来ます。MMT理論をある程度有効に働かせるためには、余力(余裕)の生産力を持つ実業が高い割合で存在することが不可欠だ(そうでなければインフレが発生する)と私は考えています。

  トランプ大統領がえらい(立派である)と私が思う点は、製造業を米国に取り戻し、米国人の雇用を拡大するのと同時に、その生産力を回復させようとしていることです。彼はMMT理論に精通しているのかどうか私には分かりませんが、自国内の実業率を高め、基軸通貨であるドルの優位性を最大限に活かす政策をとろうとしているように私には見えます。“”トランプ革命“”がこのまま継続すれば米国はここ230年は国家分裂の危機に見舞われることなく経過すると思います。私は2024年11月の大統領選でトランプ大統領が敗北し、米民主党政権が継続すれば2031(=辛亥年)までには左右(の政治思想を持つ地域)に分裂すると見ていました。この二分裂が起こればドルは紙くずになるとは言わないまでも”大暴落“することは必至でした。が、第二次トランプ政権の誕生はこの米国分裂の危機を回避させたと思います。

  米国が政治的かつ経済的に安定し、日本も政治的経済的に安定すれば、無法非道不法の中国共産党の支配する中国を“消滅させる”ことができます。私は三つのブログ『中国はいつ国家崩壊するか』『中国共産党政権の崩壊 2』『中国の国家崩壊 3』を書き、“中国共産党政権は2031年の辛亥年までに崩壊する。その数年前、2026年ころから大きく崩壊し、最終的には共産党政権が消滅し、中国は領域的に3分裂、5分裂する。不法占領地域のチベットなども分裂の数に加えると7分裂くらいする可能性がある”とツイッターなどで述べてきました。何分裂するのかは正確には言えませんが、共産党政権が消滅するのは必然のように思います。

  日本も実業の根幹である“食”の自給率を高め、国家の基本を取り戻す必要があります。移民労働によらず、日本人が農業で余裕のある生計を立てていくことができる政府の施策、支援が必要でしょう。日本の経営者、経済人も“金儲け”だけを考えるのではなく、日本国民の利益(安全・名誉・幸福・平和)を常に念頭に置いて経済活動をすべきです。利益を出す(金儲け)のは企業活動の根幹ですが、常に日本国民の利益に沿ったものであるかどうかを考える必要があります。その哲学を持つ経済人(経営者)はほとんどいません。

  日本国民の利益に反するような政治家やマスコミや企業は排除消滅の方向に向かうでしょう。

(2026年211日記)

  ※実業と虚業の割合ですが、この関係は+と−、陰と陽のようなもので、物質を構成する原子が+の電荷を持つ陽子と−の電荷を持つ電子で構成されている(+も−も持たない中性子、中間子も存在する)ように、私たちの住むこの世界も実業と虚業が適度のバランスを保っていることが必要だと私は考えています(実業だけの世界は成立不可能だと思われます)。ただ、一方が強くなりすぎると問題です。虚業に属する(と私が見る)宗教が強くなり、一つの国に生産活動をせず、瞑想と托鉢の生活を送る僧侶ばかりになると、その国は立ち行かなくなるでしょう。

  逆に、正当な宗教活動を弾圧し、文学・芸術活動を排除し、小説家や詩人のいない国には新しいエネルギーを生み出し国家・国民を豊かにする活動は生まれないと思います。“”詩人“”のいない国にはノーベル賞を取るような科学者も生まれないでしょう※※。 虚業と実業は(その中間の存在も含めて)適度なバランスを保っていることが肝要です。(2026年2月21日追記) 自国の言語で全ての教育科目を教えられない国々(例えば、インド、フィリピン、アフリカ諸国など)は詩人も生まれにくいし、母国語で科学を探究できないと深い真理、発明発見は難しいと思われます。幸い、日本人は日本語ですべての物事情を考えることができるし、万葉歌人をはじめとして多数のすばらしい詩人(歌人、俳人)を生み出してきました。日本語は、その下で素晴らしい詩人(小説家も含めて)やノーベル賞受賞者を輩出してきたことを考えると、世界に誇る素晴らしい言語であると言って過言ではないでしょう。このことを理解していない政治家や官僚や経済人や教育関係者が多数いると思います。(2026年3月23日追記)

 

  ※※(一時期)文科省が大学の文学部を軽視し、実用に直結する工学系や理学系の学部を重視し、予算配分や補助金を近視眼的独善で配分する姿勢に私は異を唱えました。2017年に書いたブログ『英語教育は破綻するか』「英語教育の問題」の中で次のように述べています。

  日本は、戦後、多数のノーベル賞受賞者を出してきた。彼らは日本語も書け、英語も読め、英語を書くことも(書くことは手助けがあったかもしれない)できたはずである。『英語教育大論争』(1975年 文芸春秋刊)で国会議員も務めたことのある平泉渉氏と論争を展開した、英語の読み、書き、話しの達人である渡部昇一氏は、「英文法をしっかりと身につけ、英文を正確に読みこなす訓練をくりかえしたことで自分の知力も高まった。英文法を使って英文と格闘することが知力を磨く」という趣旨のことを述べられている。日本人のノーベル賞受賞者も日本語で自分の専攻の学問、物理や化学や医学を勉強し、英語とも格闘して、ノーベル賞を受賞したのである。母国語で教育を受けられない国、インドやフィリピンやアフリカ諸国ではノーベル賞の受賞者はいない。母国語で自由に詩を書く人たちがいて、美しい詩を創り出すことのできる詩人が生まれる国こそ一流の学問の追究者を生みだすことができると私は思う。実用のみを追求する現金な教育からは一流の詩人も生まれないし、一流の科学者も生まれない。

 二葉亭四迷はロシア語の達人でありツルゲーネフの『めぐりあひ』を翻訳し、日本語の言文一致運動をすすめ、小説『浮雲』を発表し読みやすい日本語の確立に貢献した。もちろん、四迷には漢学の素養があった。そして、漢学と英語学の達人であり、『ぼっちやん』や『三四郎』の著者・夏目漱石によって私たちが現在、思索するときに用いる日本語が完成されたのである。現在の日本語は大和言葉が古くから漢語の強い影響を受け、近代に入って英語を中心とする西洋語の影響をも受け、その中でもまれて熟成され高度に完成された言語である。明治期に完成されつつあった日本語と、英語・ドイツ語とが格闘することで現在なら、当然、ノーベル賞に値する科学者が現れた。北里柴三郎(破傷風の治療法の確立)、高峰譲吉(タカジアスターゼ、アドレナリンの発見)、野口英世(黄熱病の研究)である。北里や高峰は家系的にも漢学に対する深い素養があった。明治から大正にかけて、深い思索、研究を可能にする日本語が生みだされたのである。 (2026年2月24日追記)

 

 

 

  20188月に『狡猾な二人の反日指導者』「日本に援助を求めながら日本を貶めた中国と韓国の指導者 中韓の反日の元凶 鄧小平と朴正煕」というタイトルでブログを書きました。ここに再掲したいと思います。

  ”お人好し外交“が”得意“な当時の日本政府は悪辣な中韓の政治家に対して日本の利益(安全・名誉・幸福・平和)を損なう外交を結果として行ない、それを継続してきました。

  高市政権はこの愚かな外交を転換し、日本国民の利益になる、世界に平和をもたらす外交を展開できるのか注視しています。米国にはトランプ政権が昨年誕生し、イスラエルによるガザ地区攻撃が起こり、今年の13日には米軍がベネズエラに電撃侵攻し、マドウロ大統領を逮捕しました。また、イランでは反政府デモが暴動化し、ハメネイ政権が揺れています。2026年は1月初めから世界が大きく揺れ動いています。

  このような状況の中で中国も韓国もそして北朝鮮もただでは済まない状況が生じるように思われます。この状況に対して日本はいかに対処するのか、これが高市政権の大きな課題となりそうです。

  中韓北の三国は日本と地理的にも近いこともあり密接な関係にあります。韓国と北朝鮮は1910年の日韓併合以来1945年まで日本の統治下にあり、中国は日中戦争(19371945)から満州を含めて華北、華中の主要都市を占拠し内陸側を除いて中国大陸の主要地域の大半を支配下におさめました。もちろん、日本軍は占領地域に軍政を敷いたわけです。このような現地の統治(支配)に対して、中韓北ははげしく恨みと敵意を抱き、自分たちの失政や自国民の虐殺(餓死を含む)を日本()のせいにし非道の統治を正当化することに腐心しているように見えます。中国共産党政権による”日本軍の南京虐殺事件“も共産党政権の失政(自国民の大量虐殺や餓死事件)を覆い隠すための捏造にすぎません(※ブログ「中国共産党政権の極悪非道」参照)

 (2026125日記)

 

 

日本に援助を求めながら日本を貶めた

中国と韓国の指導者

中韓の“反日”の元凶

鄧小平と朴正煕

  

永井津記夫(ツイッター:https://twitter.com/eternalitywell)

 

  もみ手をしながら日本の援助にすがり、自国を最貧国から脱出させた指導者が日本の周辺国に二人いる。韓国大統領・朴正煕と中国最高指導者・鄧小平である。朴正煕(ボクセイキ)は前韓国大統領・朴槿恵(パククネ)の父親である。鄧小平(トウショウヘイ)は、1989年の天安門事件において民主化を求める学生デモ隊を人民解放軍の戦車で踏みつぶすことを決断・決行した人物である。二人はすでに過去の人物であるが、現在でも日本に大きな悪影響を及ぼしている。

  この二人に関しては“親日派”として評価する人が多くいたが、現在、朴正煕に関しては反日的人物としての正体が明らかにされつつあるようである。が、鄧小平に関しては、そのとんでもない反日度が明らかになっていないように思われる。

  朴正煕は、1917年(大正6年)生まれで、満州国軍事官学校を経て、日本の陸軍士官学校に編入し1944年に優秀な成績で卒業した。日本の敗戦後、朝鮮戦争を経て、韓国陸軍において活躍し、1960年に陸軍軍需基地司令官となり、翌年、軍事クーデターによって国家再建最高会議議長となり、1963年に韓国大統領に就任した。1965年に日韓基本条約を締結し、その後の“漢江の奇跡”と呼ばれる経済的大躍進の立役者となった。日本から多額の援助金を引き出すことに成功し、親日派のイメージを持たれているが(マスコミの浅薄な見方が影響していると思われる)、日本に対する憎悪を内心いだいていたためか、、“日本の統治時代 は、 日本人による略奪が横行し、罪もない住民が大虐殺された”というような、どう公平に見ても虚偽に満ちているとしか言えない歴史を捏造してその内容を記載した教科書を作り、徹底的な反日教育を国民に行ない、若い世代に“頭の中で考えた想像の”悪役日本のイメージを植え付けたのだ。

  それに、李承晩政権以来、反日、反日本文化政策(日本映画や文学作品等の排除政策)をとり、日韓併合以後の日本的残滓の払拭に努めていたが、朴正煕はさらに輪をかける反日教育を行ない捏造の歴史内容を生徒たちに教え込むことを徹底したのだ。朴正煕の娘の朴槿恵は1965年当時は13歳、現韓国大統領文在寅は14歳の中学生であった。彼らが中学生、高校生の時代に徹底的な“捏造された歴史的内容に満ちた”反日教育を受けたのである(よほどするどい“心眼”を持っている生徒でないかぎり、反日洗脳教育によってほぼ全員の生徒が日本憎しに染まってしまうだろう。朴槿恵や文在寅が我々の目には陰険な反日に映る理由は明らかであり、現在、政界にいる大多数の議員も反日に染まっているだろう。このような状況をつくり出した責任の何割かは当時の日本政府と歴代の日本の政権にある。これをはね返すには日本人全員の努力が必要であろう。政府の努力だけではなく、教育者やマスコミの努力も要る)。韓国は嘘の歴史教育をしてそれが自分の国に大きな不利益、いや、破滅をもたらすことを知らねばならない。

  現在の韓国で虚偽に満ちた歴史教育を注入されたものは人口の大多数ということになる。2013年5月にソウルの公園で、「日本の植民地統治は良いことだったとワシは思う」 と発言した95歳の老人に対して37歳の男が激怒し、殴り殺す事件が起こった。朴正煕は1917年生まれであり、この老人が2013年末までに96歳になるのなら、朴正煕と同じ年の生まれということになる。日本の“植民地統治時代”の実体験のない、虚偽の歴史教育を受けた若者実体験のある老人を怒りから殴り殺したのである。

  「想像によって生み出された憎悪・怒り」は「実体験をともなう憎悪・怒り」よりもはるかに強い場合がある(注1)。この若者は悪意に満ちた“捏造歴史教育”によって“日本に対する憎悪”を植え付けられた結果、このような残虐な行為におよんだのだ。

  韓国出身で米国に留学する途中に立ち寄った日本で、その本当の姿に触れた呉善花氏(1956年生)は、「朴正煕大統領は反日教育を徹底して行ない、おまけに、“漢江の奇跡”と持て 囃された経済復興も、日本からの莫大な援助がなければ実現不可能だったにも拘わらず、朴正煕は大統領としてそのことを国 民に一切伝えていない。そして、日本憎しで国をまとめる政治手法を取った最初の大統領なのだ」という趣旨のことを述べている。朴正煕は大日本帝国陸軍士官学校で軍人教育を受けた“朝鮮系日本人”であったが、日本人に対する強い怨念をいだいていたのだと思われる(注2)。日本の援助を引き出すために表面的には親日の態度を見せていたようでも、裏では、とんでもない捏造の、虚偽の歴史、日本悪しの歴史教育を国民にしていたわけである。

  金は出さされ、嘘で固めた反日教育を韓国国民にされ、日本の“お人好し外交”の極みである。“お人好し”というより“馬鹿” 外交の極みである。日本政府は韓国(や北朝鮮などの反日国)に金を出すとき、それは国民の金であり、日本政府の金ではないということを肝に銘じて、その国の国民にこれは日本国民からの援助金であると政府の機関なり、報道機関を通じて伝わるようにすべきである。相手がそれを拒否するなら“援助金”に相当するものを出さないようにしなければならない。反日教育をされ、憎悪をかき立てる教育をされてまで韓国や中国に金を出すべきではなかった。これは歴代の日本の政権に責任がある。おそらく、韓国や中国に出す“援助金”には違法なキックバックもあったのではないか。

  日本はODAによって1979年から中国に対して3兆円以上の円借款を行なった。この金はいわゆるひも付きが多く含まれ、日本企業が中国で工事等を行ない日本企業にその代金が流れ込む形があった。このような形では、中国の工事を請け負う日本企業に日本の政治家が便宜をはかった見返りとして政治家が当該日本企業からキックバックを受け取るという形が存在した。中国人の政治首脳部はこの日本の政治家への金の流れをよく承知しており、日本人に対する軽蔑の大きな原因の一つになっていた。海外でワイロとあくどい策略で日本企業をはねのけ、鉄道建設等の受注をものにする中国人、巨額のワイロを受け取り、また、各種企業を支配して利益をはねる中国人政治家連中に日本人が蔑まれることはないと思うが、低劣な(政治には金がかかると吠え、キックバックにほくそ笑む)一部の日本人政治家のために日本人全体がさげすまれるようなこととなる。

  韓国に対する“援助”にも同様なことがあったと考えられる。品性下劣な日本人が軽蔑されるのは仕方がないが、外国に援助する金を利用して関連する日本企業からキックバックを受け取る政治家のために日本人全体が軽蔑されるのは我慢しがたいことである。東南アジアのミャンマーやタイやインドネシアなどにも円借款を与え、日本国民から集めた巨額の税金を使っている。当該国の人々に感謝される援助なら許容できる部分もあるが、一部の現地の政治家と日本の関係する政治家に巨額のワイロないしキックバックが渡るような援助では人としての真っ当な行為になるだろうか。

  外国に援助することが日本人(日本国民)に対する軽蔑を生み出すとしたら大問題であるが、現在のような援助システム、政治家と企業の結びつき、“使途不明金”の存在をゆるす日本の税法では腐敗がはびこるのは避けがたい。“企業(商売人)”等が金を使って政治家や官僚を籠絡しようとするのを前提にしてそれを阻止する法律を整備する必要があると思われる(注3)。おそらく、欧米の方がこの点に関してはすすんでいると思われるので参考にすることが必要になる。 キックバックなど無いようにしないと日本人全体が信用を失うし、ヤクザ国の連中に舐められ軽蔑されることになる。外国に金を出す場合、特に注意し、厳罰も必要である。日中議員連盟日韓議員連盟に所属する政治家たちも、純粋に両国の友好促進を考えている人たちもいるだろうが、一部には、援助金などを利用して甘い汁を吸おうとする、または、吸ってきた議員もいると思われる。本当に情けないことで、日本の恥である。

  さて、中国の鄧小平に移ろう。彼は1904年(明治37年)生まれで、中国共産党の指導者・毛沢東(1893年生)と周恩来(1998年生)とともに共産党中国の運営の中心にいた人物である。三度、失脚したがその度に復活し、最後には最高指導者の地位にまで昇りつめた。そして、1972年、毛沢東・周恩来の在世時に当時の田中角栄首相が調印した“日中共同声明”の趣旨にそって1978年“日中平和友好条約”が中国の実質的最高指導者になっていた鄧小平と福田赳夫を首相とする日本の間で締結、批准された。

  鄧小平は日中平和友好条約の批准書交換のため1978年10月に来日し、日本からの多額の経済援助と技術移転を引き出すことに成功した。表面的には親日的に行動していたのであるが、裏で何をしていたのかは日本の脳天気な政治家たちのまったく知らないことであった。1982年、鄧小平は、全国に日本の中国侵略の記念館・記念碑を建立して、愛国主義教育、すなわち、反日教育を推進するようにとの指示を出した。この指示を受けて、1983年、中国共産党江蘇省委員会と江蘇省政府は南京大虐殺記念館(注4) を設立することを決定して1985年8月15日にオープンした。この建設費にも日本からの金が使われたかもしれない。

  表では、親日的によそおい、日本の援助と日本企業の誘致を行ない、裏では反日教育、反日的行為を平然としていたのが鄧小平である。生涯三度の失脚を経験したのは、鄧小平の面従腹背的な内心を上位の指導者に感づかれたからではないだろうか。“面従腹背”ならぬ“面親日腹反日”行動に気づかない日本の政治家は“バカ”というしかないように思う。

  鄧小平は韓国大統領の朴正煕と暗殺の直前まで経済協力や中韓ホットラインの設置の件で三菱商事を介して交渉していたとされている。二人の反日指導者を支援していた日本政府と日本企業はお人好しを通り越して“バカ”というしかないが、これに、金がからんでくるのである。キックバックなどの“汚い金”を手にしている政治家、官僚、経済人をこの二人の指導者は軽蔑の目で見ていたであろうし(うわべは愛想笑いをしていたかもしれないが)、日本人への軽蔑があれば反日的行動をすることに何の良心の呵責も感じなかったのではなかろうか。

  日本は狡猾、悪辣な二人の指導者を見破ることはできなかった。いや、見破っている人はいたのであろうが、適切な対応を取るべき立場の人たちがそのようにしなかったのである。本当に腹立たしいことである。それは金に弱い政治家と経済人にも大きな責任がある。金もうけをするのは経済人として当然であるが、裏で軽蔑を招くような取引を行なうべきではない。政治家は法律的に“汚い金”、相手国から裏で軽蔑をされる金が動かない制度を構築すべきである。

 

 

(注1)「日本になぜテロがほぼないのか」というブログの中で私は次のように書いた。

実体験を持たない子供が国家教育によって虚構の日本の非道を教え込まれると、実際に体験した人以上の激しい怒りや怨みをいだくことになる場合が多々ある。これは不幸であり、その世代が大人になり政権の中枢を占めたとき戦争を引き起こしかねない危険な状態である。想像で日本に怒り、怨み、復讐心をいだく中国や韓国の若者をつくり出さないために、また、いわれなき誹謗中傷に業を煮やした日本の若者の嫌悪感が憎悪に変わる前に日本政府や外務省は真剣に中国や朝鮮の歴史とその非道を明らかにする努力をすべきであり、その成果の発信方法も工夫する必要がある。沈黙していても問題の解決にはならない(外務省の職員にその発信能力[日本語でまとめる能力、外国語を書く能力、発信の仕方をととのえる能力、それらの能力を発揮する勇気]がないのなら、更迭して有能な人材を投入すべきである。どこかの一流大学を卒業していても能力に欠けるものはいくらでもいる)。真実が明らかになれば困るのは中国であり、韓国である。遠慮はいらない。要るのは日本人に欠けている勇気である。

 

(注2) 朴正煕が日本人に対する激しい怨念をいだいていた理由は簡単に推察できる。それは日本人の“朝鮮人に対するはげしい差別意識”のためであろう。身内の恥をさらすようで言いたくないことであるが、私の祖母(1892年生)や母(1916年生、朴正煕より1歳上)は、朝鮮人に対して強い差別意識を持っていた。私の判断に過ぎないが、父はそのような差別意識をまったく持っていない人であった。しかし、私の父母の世代や祖父母の世代の大多数の人たちは、残念なことに、朝鮮人に対する差別意識を持っていたと思われる。この日本人の持つ“差別意識”が朴正煕の世代、日本の統治下で育った朝鮮人の世代がいだく“怨念”の原因であると思われる。が、日本人が差別意識を持っているからといって、嘘の歴史を次の世代に教えてもよいということにはならない。差別意識などまったく持たない日本人も多数いる。

  私の推察にすぎないが、日本に対する怨念の主因は四世紀の神功皇后の朝鮮出兵や16世紀の秀吉の朝鮮出兵にあるのではなく、1910年の日韓併合前後に日本が朝鮮の奴隷制を解体したことにあるのではないだろうか。当時、両班という搾取階級に属していたものは五割近くに達していたとされ、それを日本が破壊したわけで、両班出身で甘い汁を吸おうとしていた家系の者は日本に対して恨みごとを述べていたはずであり、その子どもたちは朝鮮系日本人として教育を受け、親の恨み言を聞きながら育った者も多数いたと考えられる。その一人が朴正煕である。そして、当時、非両班階級であったものは日本の統治を“李氏朝鮮の過酷な奴隷制のある統治より良いもの”として評価していたと考えられる。それは子どもにも伝わり、それが、2013年ソウルの公園で日本の植民地統治を良いものと言って、若者に殴り殺された95歳の老人である。日本が奴隷制度を廃止した当時、朴正煕の世代は小さな子どもでその親の世代が日本の統治を評価して子どもに伝えたと考えてよい。

 

(注3) 政治に金が要ることは理解できる。有名なコラムニストの青木雨彦政治家の給料を月給1億円(数字は間違っているかもしれない)にしたらどうかと書いていたのを読んだことがある。その趣旨は“それくらいの給料があればワイロなどをとって特定の者に有利になることはせず、国民全体の利益のために働いてくれるだろう”ということだったと思う。 東京都知事の小池百合子氏が選挙の時に東京オリンピックの競技場の建設等の費用が「(当初予算が7千億強だったのが)1兆、2兆、3兆と豆腐屋であるまいし…」と批判したが、彼女はこのうちの何パーセントかが政治家に渡ることを意識していたと思われる。かりに、建設費用が総額1兆円としてその3%が政治家等にキックバックとして渡ることになれば、300億円の金が渡ることになる。総額が3兆円なら900億円の金が渡ることになる(※違法なリベート、キックバック、ワイロのような金ではなく、政治家は政治資金パーティーなどを開いて建設受注等で便宜をはかった当該企業関係者から合法的に多額の金を集めることができる。政治資金規正法などとんでもないザル法である。パナマ文書が発覚したとき、日本の政治家の名前がないのが不思議とされたが、政治家には税金逃れのザル法・政治資金規正法があるため、パナマを利用する必要などないのだ。日本が東南アジア諸国に円借款などによる資金援助をしてインフラ工事を日本企業が請け負う際に(日本企業が請け負うのは良いことである)、政治家などが介入し受注に便宜をはかり企業に恩を売り、謝礼を政治資金規正法というザル法によって合法的に受け取ることが可能となる。これがワイロなどを不当に受け取ったり、要求したりして平気な外国の政治家たちから日本人政治家が尊敬されない理由の一つである。まだ、東南アジアの場合には日本から多額の援助が渡されていることを現地の国民が知っているから良いのだが、中韓や北朝鮮などは日本の援助は消し去り国民に伝えず、反日的言動を繰り返すから始末に負えないのだ。とにかく、政治資金規正法を欧米並みにすべきだ。まだ、パナマを租税回避地に選ぶ国の方が法制度上日本よりましなのかもしれない。いかに日本の政治資金規正法がひどいか、国民をバカにしたザル法かということである)たしかに、建設費用の総額を引き上げれば、何百億円という金が余分に加わるわけだから、利権の中にいる政治家たちは住民の税金だということを忘れてできるだけ引き上げようとするのは当然という事態になる。  これを防ぐためには“性善説”を前提につくられていることの多い日本の法体系を改めることと、国会議員の給料を青木雨彦の言うように大幅に引き上げたら、ワイロやキックバックのために“反民的(大多数の日本国民の利益に反する)”行動を防ぐことが可能かもしれない。一人頭、12億円の年俸で“1兆、2兆、3兆円”の、いや、数十兆円の反民的“国民の税金の流失”が防げるかもしれないし、防げたら国会議員一人頭12億円の年俸など安いものである。 対外援助は必要な場合があり大切であるが(その前に日本人全員に金がまわることが必要でその施策が欠けている。所得倍増計画を実行した池田勇人やその後の佐藤、田中政権の方が今の政権より国民のより多数に金がまわることを考慮していた点で立派である)、相手国の一部の政治家を喜ばせるものではなく、相手方の国民の多くに感謝されるものである必要がある。日本からの援助を隠して援助金を使うような国にけっして援助すべきではない。とにかく、相手方の一部の政治家と日本の一部の政治家に金が渡るような援助はすべきではない。金にからんで日本の政治家が相手方から軽蔑されるのは当然の報いで構わないが、それによって日本人全体が軽蔑されるのは御免こうむりたい。 必要な公共工事はあり、それに税金をつぎ込むことは当然のことであるが、汚い金が動かないような制度を構築してほしい。 (2018年8月3日、8月18日追加修正)

 

(注4) 太平洋戦争で日本が敗れた後、1947年から中国では中国共産党軍(人民解放軍)と国民党軍の間で第二次国共内戦が始まった。1949年、人民解放軍は1月に北京に入り、4月23日に国民党政府の本拠地・南京を制圧し、10月1日毛沢東は北京の天安門で“中華人民共和国”の建国を宣言した。淮海戦役において鄧小平は政治委員として軍を指揮し、南京の制圧においても軍の指揮の中心にいた。南京の制圧において多数の死者を出したとされている。この時、残存国民党軍兵士の処刑、国民党政府の首都南京にいる資本家や地主などの処刑も断行したと考えられ、多数の死者を出したことは確かで、この処刑の中心にいたと考えられる人物が鄧小平である。処刑した遺体の埋葬場所など鄧小平はよく承知していたはずである。鄧小平の指示による“南京大虐殺記念館”の中の掘り出した“遺骨の山”は、共産党軍による敗残兵と市民の虐殺遺体である可能性もかなりある。  

  私は『Korea, the Hopelss Liar !』という題のブログの中で次のように述べている。

 (* 注1) もちろん、戦争であるから市民が戦闘に巻き込まれて日本軍に殺されたことはあったと考えられる。が、「白髪三千丈」式に(3尺を3千丈に誇大表現したなら1万倍に誇張したことになる)歴史的事実も誇張した可能性が高い。中国共産党ならやりかねないように思う。南京にある「南京大虐殺記念館」に展示されている白骨群も、(日本軍が行なった可能性はあるが、それよりも)私の憶測ではあるが、文化大革命時の虐殺遺体である可能性もあるし、南京市のある江蘇省は匪賊が活動していた地域であり、中国共産党軍によって殺害された“匪賊”の遺体の可能性もあるし、共産党軍によって規律違反などで処刑された共産党軍兵士である可能性もある。さらに、国民党軍による共産党軍捕虜などの処刑遺体であるか、その逆の共産党軍による国民党軍捕虜の処刑遺体である可能性もかなりある。いずれにせよ、日本では考えられないほどの多数の国民や周辺民族を虐殺した共産党国家中国が真実の歴史(共産党による大虐殺の歴史)から自国民の目をそらすために“日本軍の蛮行(大虐殺)”を捏造している可能性が高い。これほど必死になって日本軍の“蛮行”を叫び、海外においても中国移民と韓国移民が連携して“慰安婦像”を設置し、在住の日本人にいやがらせをし、日本軍の“残虐”さを宣伝しようとするのは異常である。

 今、あらためて考えると、南京大虐殺記念館に展示されている遺体の骨は1949年の共産党軍が南京を制圧した時に出た虐殺遺体である可能性が高いように思う。鄧小平は遺体を処理した場所をよくおぼえていたのかもしれない。(8月4日追記) (8月5日追加修正)

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  さらに、追加したい。

 私は、『Korea, the Hopeless Liar !』の中で日本の歴史教育に言及して次のように述べた。

  歴史問題においても、正しい情報を日本は国民に与えていない (明治維新から太平洋戦争までの歴史は米国GHQがゆがめ、江戸時代の歴史は明治維新政府がゆがめ、それ以前は日本人自身の自己卑下傾向と無知のために縄文時代や弥生時代の歴史さえ大きくゆがんでいると私は考えている) 中国と朝鮮の近現代史を日本人に教えるべきである。私は、戦後生まれであるが、朝鮮史など学校教育として教わったことがない。しかし、李氏朝鮮の歴史が分からないと当時、なぜ、日本が朝鮮半島に出ていったのかも理解できない李氏朝鮮の奴隷制を理解することが慰安婦問題の深層を理解することにつながる朝鮮(韓国、北朝鮮)は奴隷制が残留する李氏朝鮮の末期、つまり、大韓帝国の真実を朝鮮国民が知ること---日本が朝鮮の奴隷を解放したことを国民が知ることを恐れているのであろう。それが、執拗な「従軍慰安婦=性奴隷」の主張につながっているように私には思われる。李氏朝鮮の末期には半数の国民が搾取する側にまわり、半数が搾取される側であったのだ。このことは、現在の朝鮮人(韓国人、北朝鮮人を合わせて)の半数は搾取する側にいたことになり、潜在意識的に、李氏朝鮮時代の過酷な“奴隷制”を暴かれることを拒否するのは理解できる。しかし、残り半分の人たちは、奴隷制の重圧の中にいた先祖を持つ人たちであり、真実の朝鮮の歴史を知ることを拒まないはずである。心優しい、他を非難することはあまり好まない日本人にはあまり気の進まないことであろうが、過去、現在、未来の日本人の名誉のために朝鮮の(そして、中国の)真実の歴史を語るべきである。

  中国も日本に対して、“南京大虐殺”で日本を激しく非難してきた。しかし、近現代だけを問題にしても、中国はどれだけ多くの自国民と周辺民族を虐殺してきたのか。共産党中国だけにしぼっても、「文化大革命(1966~1976)」では2000万人(最大の推定数)~60万人(最低の推定数)の人民を主として毛沢東の意を受けた紅衛兵が殺害したと言われている。また、毛沢東が進めた「大躍進政策(1958~1961)」によって4500万人~1000万人の餓死者を出した。これは、初年度で毛沢東の唱道した政策が極端な農業生産物量の低下を招き、餓死者が続出していたのに独裁者毛沢東の方針を変えられず放置したため少なくとも2000万人は餓死したとされ、天災ではなく人災であり、政策の後半は餓死者の見殺しであり、虐殺ではないがそれに近いものである。1949年にチベットに侵攻した中国共産党軍は多数のチベット人を虐殺し、その総計は現在までで120万人とされている。ウイグル自治区においても、中国共産党軍の侵攻後、36万人が殺害されたとされている。

  最少の数をとっても、共産中国は自国民を1060万人、チベット人とウイグル人を150万人も殺している。最大の数をとれば、共産中国は1949年の建国以来、自国民を6500万人も殺したことになる。中国はこれを隠すために、日本軍が南京で市民を30万人殺した、“大虐殺を行なった”という嘘をつくり出していると考えて良い。日本は国家としてなぜ、虐殺の中国共産党の歴史を教えないのか。中国は“日本による南京大虐殺”を子供たちに教え、日本に対する“想像によって生み出された憎悪と復讐心”を植え付けている。日本人に真実の中国の歴史を教え、中国の若者にも真実を伝える努力をすべきである(毛沢東、周恩来の時代には中国は日本政府[日本軍部]と日本人民を分離し、戦争を遂行した当時の日本政府と軍部は非難したが、日本人民は非難しないという作戦をとった。彼らは中国共産党軍が行なってきたことを当事者として熟知しており、 “賢明”な指導者であった。彼らと同様に日本は中国政府と中国共産党[軍]の悪行を非難し、人民はそれに操られた存在として非難しないようにすべきだ。現在の中国の指導部は毛・周に比 してきわめて愚かであり、破滅の道をすすんでいるようにしか私には見えない)。**************************

  毛沢東と周恩来は日本軍が結果として共産党中国の建国に“貢献した”ことをよく知っていた。蒋介石の国民党軍を日本軍が叩き、それを共産党軍が利用することができたのだ。また、日本が多額の金を投入して整備した“満州”を無償で利用できたことをほくそ笑んでいたはずである。田中角栄は日中共同声明を調印するとき、この満州の遺産と引きかえに形の上で戦後賠償権を中国に放棄させたのではないだろうか。

   内政不干渉の原則は国家間に適用されることである。しかし、実際は内政に陰に陽に干渉するのが国家間外交である。これに非常に巧みなのが米国であり、中国である(が、毛・周に比して極めて愚かな現中国共産党政権は時代錯誤の“中華思想”のために墓穴を掘ったようである)世界の中でこれが一番下手くそな国の部類に入るのが日本ではないだろうか。これを助長しているのが外国人の言い分にまるで弱い日本人の性格であり外国の言い分を深く検討せずに考慮してしまう官僚(外務、財務、その他)たちである。日本の政治家もマスコミも同じ欠点を持っていて、日本人の大多数の利益に反すること(反民的行動)をする場合が希ではない。

   マスコミは政府機関ではなく言論機関であり内政不干渉の原則に関係なく、正義と真理と人類愛の原則にもとづいて、“表現の自由”という武器を使って、悪辣な巨大組織を非難すべきである。悪辣な巨大組織とは日本周辺のヤクザ国や野蛮国を含む世界の悪辣政権である。しかし、日本のマスコミたちは内弁慶で腰抜けのためか外国の悪辣政権は非難する勇気と見識を欠いているようである。マスコミは日本の政権は平気で批判・非難できるのに、外国の政権は批判できないか。それだけの見識もないし、勇気もないのだろうか。恥ずかしいことである。 (8月6日追記)