私は2018年の1「中国はいつ国家崩壊するか When will China collapse?というブログを書き、2031年の辛亥年の数年前から中国共産党政権が大きく崩壊して消滅し、中国の国家領域がいくつかに分裂する(当然、新しい政権の国家が誕生する)ことを“”予言“”しました。

  20181月の時点ではコロナはまだ始まっておらず、中国の崩壊を言えば、それを頭から否定する評論家が大多数を占める状況でした。「中国共産党が支配する強権国家の中国が崩壊することなどあり得ない」というのが彼らの論調であり、日本のマスコミにおける支配的な考え方でした。

  私は「台湾を武力によってでも併合する」と主張する習近平の発言を聞き、これに怯える台湾や日本の人々に“”中国共産党政権の崩壊“”が目前に迫っていることを明らかにするためにこのブログを書きました。

  トランプ政権が20171月に誕生し、中国を経済的軍事的にも封じ込めていき、第二次トランプ政権が20201月から連続して発足し、中国共産党政権政権を追い込んで行くものと考えていたのですが、米民主党はなりふり構わず、コロナ禍の状況を利用し不正な郵便投票や投票集計操作によって、統計的にはあり得ないバイデンの投票数の獲得などによって、トランプを大統領の座から引きずり降ろすことに成功しました。

  が、この結果は中国共産党政権の一時的な延命に寄与した可能性はありますが、逆に4年の空白の後に誕生した(上下院で共和党議員が多数を占める)第二期トランプ政権の誕生によって、より確実に中国共産党政権は崩壊する方向に進むと考えられます。

  私が中国共産党政権の崩壊の予測(予言)に利用した“”辛亥革命説“”は、「辛亥年(60年ごとに巡って来る)」は、「辛亥の年には、戦争、革命、クーデターなどの政変が他の年と比較して多発する」とするものです。もちろん、「辛亥年」だけではなく、その前後数年の年も政変が起こりやすい年まわりです。

  次の辛亥年は2031年ですが、私はブログやツイッター(X)などで「中国共産党政権は2031年の数年前から大きく崩壊する。そして、遅くとも2031年までに中国共産党政権の崩壊(=消滅)が完了する」としてきました。

  今ここにそのブログを再掲したいと思います。この「中国の崩壊」についてのブログは3つ書いています。まず、最初のブログを再掲します。

 
 
 
中国はいつ国家崩壊するか When will China collapse?

中国崩壊時期予言できるか

The Government by the Chinese Communist Party will begin to collapse some five years before 2031.

「辛酉しんゆう革命説」を否定し「辛亥しんがい革命説」を提唱。

国家崩壊は2031年の辛亥年の数年前から始まる

 

永井津記夫

 

  中国はもうすぐ“崩壊”するとする経済アナリストや政治評論家が多数いて、ネット上で持論を展開している。彼らの意見を聞くと明日にでも崩壊しそうであるが、中国政府も崩壊を防ぐために必死の努力をしているようである。国家の経済的崩壊が国家自体の崩壊にまで必ずしも結びつかないが、問題を内包する国ほど、経済的崩壊が国家崩壊となる。

  どの国も歴史のうねりには抗しきれない時があり、中国にはその時期が近づいているように私にも思われる。「する」「する」と言って崩壊しなければ“スルスル詐欺”になりかねない。それでは、その時期を特定する方法はないのだろうか。その方法は存在すると私は考えている。「辛亥革命説」 がその方法である。これは“歴史の反復原理”にもとづく一種の占星術と考えてもらってよいが、中国“五千年の歴史”にもないもの、私の創案である。

 

  「辛酉革命説」は平安時代の九世紀後半から十世紀初頭にかけて活躍した漢学者の三善清行が主張した考えである。これは「辛酉の年に革命が起こる」というものである。“讖緯思想”の中にある考えで、『日本書紀』の編者も採用したとされる(*注1)。これは一種の占星術と考えてよいが、未来の事件(革命など)を予測・予言するのが本分であるが、年代の不明確な過去の出来事にも適用できると考えられる。実際、『日本書紀』の編者も三善清行よりも二百年も早く辛酉革命説を利用して初代神武天皇の即位年(*注2)を割りだしたものと思われる。

  が、この「辛酉革命説」は当たっていない。世界的に、辛酉の年を検討してみても、辛酉年に革命などの大変革は起こっていないのである。三善清行の「辛酉革命説」は謬説といってもよいものであるが、日本の朝廷はこの説に従い、革命を起こされる前に、辛酉の年には「改元」という“疑似革命”を行なって革命の阻止を図った(中国ではどの王朝も“辛酉年の改元”などしてはいない。日本で言う「辛酉革命説」という考えそのものが無いようである)

  辛酉の年には革命は起こらないが、革命や争乱や為政者の暗殺などの異変が“多発する(他の年に比してかなり多い)”年回りは存在する。その年とは、“辛亥シンガイの年”である。

  それでは、辛亥年に起こった“革命”や“争乱”や“政変”などを列挙してみよう。辛亥年は六十年ごとにめぐってくるが、西暦で末尾の数字が“1”で終る年となる。

   ① 辛亥革命(1911年)…中国

   ②ナポレオンⅢ世のクーデター(1851年)…フランス

   ③太平天国の乱(1851年)…中国

   ④林彪副主席のクーデター未遂事件(1971年)…中国(文化大革命中[1966-1976]の事件)

   ⑤西ゴート王国滅亡(711年)

   ⑥ササン朝ペルシャ滅亡(651年)

   ⑦高句麗・安蔵王暗殺(531年)  (*新注1)

これらの事件以外にも世界史上においていくつかあるが、ここで“圏”という考え方を取り入れたい。“革命”などの政変は瞬間的に起こって、すぐ終了するものではなく、“前奏的な始まりがあって、“中心部”があり、終わりがある。つまり、かなり幅(期間)があるのが通常である。この幅をいちおう前後二年ずつとすると、革命など事件はもっと増える。前後二年と中心年を入れて“五年間”を“圏”としたい。つまり、“辛亥革命年圏”という捉え方である。

  この“辛亥革命年圏”に起こった革命や政変を挙げよう。

   ⑧日韓併合(1910年)…日本・朝鮮

   ⑨リビア革命(1969年)…リビア

   ⑩アサド国防相によるクーデター(1970年)…シリア

   ⑪ロン・ノルによるクーデター(1970年)…カンボジア

   ⑫三島事件(1970年)…日本 (三島由紀夫が自衛隊にクーデターを呼びかける)

   ⑬フランス革命(1789年)…フランス (新憲法制定は1791年の辛亥年)

   ⑭源頼朝が鎌倉に幕府を開く(1192年)…日本

(作家の司馬遼太郎によると、鎌倉幕府の誕生は日本最大の革命で、“武装農民(=武士)”が天皇を中心とする貴族から政権を奪い取ったという事件、つまり、革命である。)

   ⑮隋が中国全土を統一(589年)…中国

   ⑯崇峻天皇暗殺事件(592年)…日本

というような革命や政変が“辛亥革命年圏”には起こっている。“辛亥年”とその前後の年は非常に危険な年回りなのである(逆に、変革を求める者には利用することができる)

  中国はいつ国家的に崩壊するか、「辛亥革命説」をもって推定するなら、“2031年”の辛亥年である。その崩壊は数年前から始まると考えられる。1971年の辛亥年を中心とする中国の“文化大革命”は1966年から始まり、1976年に終息したが、そのピークは1971年、つまり、辛亥年の共産党副主席・林彪のクーデター未遂事件であったことも参考になる。次の2031年の辛亥の年も同様なことが起こるかもしれない。

  2031年は中国にとってだけではなく、ヨーロッパ(EU)やアメリカ合衆国にとっても危険な年回りである。いや、全世界的と言ってもよい(新注2)

  日本は、中国の崩壊とその周辺地域の争乱に対して明確なシナリオを描いて対処する必要がある。日本自身の存亡にかかわることである。私は、中国は三分裂か四分裂くらいするのではないかと考えている。おとなしく分裂して収まればよいが、そうは行かない可能性も高い。“武装難民”、とくに、“核でおどしながら”(難民と称して)武装難民(=武装兵)が押し寄せてくるかもしれない。これにどのように対処するのか、ということがある。

  現在、北朝鮮から漁船が流れ着き、盗みをはたらく乗組員もいて、大きな問題となっている。しかし、警察や海上保安庁は適切に(厳しく)対処しているのであろうか。私たち日本人は遠い昔に豊臣秀吉によって“武装解除(刀狩り)”されており、一般市民は“武器”を持っていない。これは米国などに比して素晴らしいことであるが、暴徒には弱い。米国なら“不審者”と見なしたら一般市民でもライフルをぶっ放す状況があるが、日本はそうではない。

  警察、海上保安庁、いや、自衛隊も含めて武器を持っている組織は日本国民を守るために躊躇なく行動する勇気が必要であり、組織の長や為政者にも勇気ある決断が求められる。不法入国者は、まず(有無を言わさず)、逮捕をして適切な処置をしなければならない。日本の為政者はまず不法入国者は“逮捕”ということすら決断する勇気のない者が多いのではないか(*注3 )と私は心配している。

  日本は中国が内部崩壊、分裂したときの危機に備えて、十分な準備をしておくべきである。これは軍事戦略的思考の欠落した政治家や外務省の官僚では無理であろう(百人のうち、2,3名は対応できる思考を持っている者がいるかも知れない…非常に失礼で無礼な言い方をしているのは百も承知であるが、私は本当に心配しており、敢えて言っている。日本には軍事戦略論を教える所など存在しない)。

  中国が崩壊するとしたら、その時期は2031年かその4,5年前である。残されている時間は10年もないかも知れない。私たちは真剣に対応を急がなければなければならない。

 

  

(*注1) 「讖緯」の“讖”とは「予言」の意味で“緯”とは「書」の意味で、直訳すれば「予言書」という意味になる。中国では秦と漢の時代に多数つくられて発達したが、それ以後の王朝の為政者からは政権を脅やかす危険な書として禁圧され散逸した。「辛酉革命説」も「讖緯」の中で説かれている考えで「辛酉の年に革命し、甲子に革令する」というものである。また、この説には「二十一元(=1260年=一蔀)ごとに大革命が起こる」という理論も含まれている。

 

(*注2) 神武天皇の即位年は『日本書紀』によると紀元前660年となり、これは縄文時代の晩期に相当し(この時期には稲作が行われており弥生時代に入るとする研究者もいるが、まだ、鏡が使われる時代ではない)、神武天皇の時代とは大いにずれていることになる。なぜなら、『日本書紀』によると、神武天皇の前の神代には鏡や剣が出てきて、弥生時代に相当すると考えられるからである。

 神武天皇の即位年は、安本美典氏の「古代天皇の在年数は約10年(古い天皇は約9年)」という年代論と“辛亥革命説”を用いて、第21代の雄略天皇の即位年の471年からさかのぼると、「291年」ということになる。私は神武天皇の即位年は西暦291年と考えている。471年も291年も辛亥年である。 

※471年については『季刊邪馬台国67号』(1999年梓書院刊)の拙論「辛亥の変とワカタケル」または、『東アジアの古代文化76号』(1993年大和書房刊)の拙論「辛亥の変とワカタケル」に雄略天皇の即位年としての説明がある。

 

(*注3) 2001年、当時の北朝鮮の最高指導者の金正日の息子の金正男が日本に不法入国して逮捕された。当時の小泉政権はこの不法入国者を簡単に中国の北京への強制退去という形で解放した。だれでも少し考えれば思いつくことであるが、この「金正男」と名乗る人物を利用して北朝鮮に拉致されている日本人拉致被害者と交換することができなかったのかということである。

  武田信玄、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康のような武将ならずとも戦国時代の武将なら「人質外交」の重要性、有用性を熟知していた。が、日本には軍事戦略論を学ぶ場がないためか、政治家、官僚、学者、経済人、マスコミ、ジャーナリストなどを含めて“軍事戦略論的思考”が欠如していると思わざるをえない(自衛隊の幹部は“軍事戦術論”は熟知しているはずであるが、“(政治と一体化して動く)軍事戦略論的思考”は持っていないと思われる)。

  金正男を人質として活用するにはそれなりの戦略が必要である。もう一つ必要なのは勇気である。腰抜けではできない。私なら「金正男」をかたる“北朝鮮籍”の不法入国者として北朝鮮と交渉する。いろいろと理由をつけて長期間勾留して北朝鮮に“脅し”をかけるのである。そして、拉致被害者、たとえば、百名以上となら交換する、というような条件を出せばよいのである (もちろん、北朝鮮側の対応がどうであれ、この不法入国者を金正日の長男とは認めず、“長男と騙る男”としてあくまでも扱う)

  北朝鮮がミサイルで脅してくるとか、日本国内にいる北朝鮮工作者やシンパがテロを起こすとかとおびえる人がいるが、日本の警察や、場合によっては自衛隊がそれに対処できないはずはないし、波風を立てるつもりで実行すれば、今のような核ミサイルで吠える北朝鮮の状況にはならなかったのではないか。日本は米国に高いprotection (用心棒代) を払っている (払わされている) のだから、勇気をもって当時の北朝鮮と交渉すればもっと良い結果が生まれていたように思う。 

  付言すると、1991年8月19日、、ソ連でクーデターが起こり、ゴルバチョフ大統領を排して、ヤナーエフ副大統領が八人のメンバーからなる国家非常事態委員会を代表して大統領に就任した。ヤゾフ国防相もこの委員会の一員であった。クリミヤで静養中のゴルバチョフ大統領の拘束には成功したものの、エリツィンロシア大統領の拘束には失敗した。エリツィンの逮捕に向かった戦車隊がヤナーエフ“大統領”の命令に従わず、ロシア政府ビルを守る形となり、クーデターは失敗した。8月21日にはゴルバチョフが復権し、国家非常事態委員会の八人組のクーデターは三日天下で終わった。八人組の中には全ての軍事知識を持っているべき国防相のヤゾフもいたが、クーデターや革命のやり方は知らなかったようである。つまり、軍事戦略論も知らないし、クーデター攻防論も知らない。もし、この中に戦国武将の秀吉か家康 (側近の軍師も含んでいる) でもいれば、このクーデターは成功していたと思われる。秀吉や家康ならエリツィンの逮捕・拘束に向かう指揮官の操縦法 (および人選) と“人質”の使い方を熟知しているからである(この“人質”は特殊な人質である)。 (この注3は1月31日に追記)

 

※※「辛酉革命説」、「辛亥革命説」は、長くなりすぎることもあり、このブログで全て述べることはできない。「辛亥革命説」に関しては、辛亥年という要素のほかにあと二つ付け加えるべきことがある(このうちの一つは上に少し述べている)。これについては別の機会に述べたい。「天地が秘蔵する謎(秘密)を漏らしてはいけない」とされている。「辛亥革命説」はこの謎(秘密)に相当するかどうかはわからない。ただ、今、日本の置かれている危機的状況に対して少しでも役立てば、という気持ちでここに公開した。

※※2031年の辛亥年の変革、変動は総体的に見た場合、よい方向に向かうものと私は考えている。しかし、そのためには傍観しているだけで良い方向に向かうわけでは決してない。日本としても、日本国民としてもそれぞれ最大限の奮闘努力がなければ良い方向に向かわずに変動の惨禍に巻き込まれないともかぎらない。

※※2031年の次の辛亥年は2091年である。私はもう存在していない遠い未来のことであるが私の子孫たちは生きている年代である。この“2091年”は2031年よりもさらに激しい変化をともなう年になると思われる。人類が大量に宇宙に飛び出して行く時代になるのかもしれない。2091年が“なぜ大変動の時期なのか”については別の機会に述べたい。

※※私のこのブログは予言に近いものだが、完全に確定したものではない(未来は完全に確定してはいない)。「このままで行けば(嘘を重ね、真実をねじ曲げた反日教育を子供たちにして反日政策に凝り固まり、周辺の少数民族を迫害、弾圧、殺戮、処刑を重ねていれば)、2031年に中国は国家として崩壊する」という“警告”である。私としては中国が崩壊して三分裂しようが五分裂しようが構わないのであるが、それは日本自身に重大な影響を及ぼすので、このブログを書いたのだ。本来、このような“予言”はしない方が良いことは承知しているが、日本の防御体制があまりにも準備不足であるように感じ、このような内容を書いて発表したのである。

  この私の小論は“中国の国家崩壊”について述べているのであるが、同時に日本に対する警告でもある。智恵と勇気と実行力に欠ける“政治家集団”や“官僚集団”が国家の多数を占め、「文句を言わさず、国民を適当に養っていけばよい」というような“甘い考え”で国家を運営するなら、日本も中国の崩壊やその他の国々の崩壊に巻き込まれ崩壊するかもしれないのだ。米国を含め他国に頼る気持ちは捨てたほうがよい。“頼れるのは己おのれだけ”という気概、“独立自尊”の精神をもって全ての日本人がこれからの難局に立ち向かわなければならない。     (2018年1月4日追記、1月22日追記)

 

(*新注1)『日本書紀』はこの安蔵王暗殺事件を『百済本記』の記事として引用し、同時にこの531年の辛亥年に「日本天皇及太子皇子倶崩薨」という記事も載せている。これは「(531年に)日本の天皇と太子と皇子がともに亡くなった」という内容となり“大事件”を示している。 『日本書紀』の編者はこの記事にもとづいて継体天皇の没年を531年と定めたが、「太子と皇子が亡くなった」という部分は切り捨て採用しなかった。ここから日本史研究者の間で「辛亥の変」という大事件あったとする説と「辛亥の変」はなかったとする説が対立することになった。 私は「辛亥の変」は531年ではなく、さらに60年前の471年の辛亥年に“辛亥の変”が起こったとし、これは、雄略天皇が有力皇位継承候補者の兄弟、従兄弟を皆殺しにして皇位を継承した事件を指している、とした。雄略天皇に関しては雄略の兄の安康天皇が暗殺されたあと、短期間に、雄略は二人の兄と三人の従兄弟を殺害した。これが、『百済本記』の伝える“辛亥の変”であろう。これについては上記の(*注2)の中に示す拙論「辛亥の変とワカタケル」に詳述している。 (2018年7月9日追記)

 

(新注2) 2031年を中心とする“辛亥年”は、上の記述にあるように”全世界的“に政変や革命が起きやすい年回りです。中国EU米国に言及していますが、もちろん、ロシアにとっても政変の起きやすい(為政者から見ると)危険な年回りです(もちろん、中東の諸国にとっても危険な年回りです)

 私は2020年の米大統領選においてトランプ大統領が破れバイデン政権となった時、「これで米国も中国と同様に2031年までに国家分裂を起こしドル体制も崩壊する可能性が高い」と考えていました。が、2025年に第二次トランプ政権が誕生し、米民主党(+DS)が世界に構築した世界支配体制(世界の主要マスコミの支配体制を含めて)を解体し出しました。この”“トランプ革命”“が成功し、トランプ大統領の後継者が同じ政策をとっていけば米国はここ二、三十年は国家が分裂することはないと思われます。

 ロシアも帝政ロシアの領土拡大路線を受け継ぐソ連の後継者であり、他国の領土に侵略し、ロシア人を住まわせてその土地を自国の領土として主張してきた国家であり(これは現中国と同じ)、大きな民族的”怨念“が渦巻く領域です。このロシアも辛亥年の接近とともに大変動(大政変)に巻き込まれる可能性が大いにあります。(2025年12月30日追記)

 

※※ 「神武天皇の即位年」と「辛亥革命説」については拙著『雄略天皇のクーデター 第三巻』(2022年9月刊 アマゾンキンドル本)の中で詳述しています。御一読ください。

     

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  私は20193月に「米国人はこわがりか」というタイトルでブログを書きました。米社会の中で何度も繰り返される銃乱射事件に関連して、有名な映画監督の「米国人はこわがりなんだ」という発言を取り上げて私見をこのブログで述べました。

  ハリウッド映画などが描く“宇宙人(Extraterrestrials; Aliens)”の醜悪な外見と人間に対する残忍な攻撃姿勢に対して、「なぜ米国人は“宇宙人”を常に悪意と攻撃性を有する醜悪な存在と見なすのか?」という疑問をいだいていました。

  私は日本人であり、月から来た“絶世の美人かぐや姫”の物語(竹取物語)はよく承知しています。かぐや姫の出自は月ですから、地球人ではなく、宇宙人といってもよいでしょう。かぐや姫を迎えに来た月の軍隊は不思議な光を放ち、かぐや姫の月への帰還を阻止しようとする天皇の軍隊の戦闘意欲を奪い、一人も殺さずにかぐや姫を奪還し月に帰っていきました。かぐや姫は絶世の美人であり、月の軍隊は非殺戮的です。

  今、星間物体の3I/Atlasが太陽系に突入し、木星、火星、地球を通過し、現在、太陽の裏側に回り込んでいます(2025111日現在)。この3I/Atlasが太陽の惑星がつくる黄道面とほぼ同じ水平面に侵入し黄道面を移動していることから(このような角度に通常の星間物体が侵入する確率は非常に低いそうです)、これは、彗星や隕石の類ではなく、宇宙人のつくった宇宙船ではないかと騒がれています。

  もし、これが宇宙人の作った宇宙船であるとするなら、私たち人類はこれに対してどのように対処するのかが問題になってきます。このまま、何事もなく3I/Atlasは宇宙空間に消えていく可能性もあります。

   I wrote a blog whose title is "Are Americans Timid?" in March 2019.  In America mass shootings are repeated almost every year, and in relation to these incidents the famous filmmaker Micheal Moor said, "American people are timid," which made me write the above-mentioned blog.

    Extraterrestrials from Hollywood films are almost always ugly in appearance and murderous against human beings.  However, I am always wondering why American people always regard extraterrestrials as ugly and murderous.

    I am Japanese and Japan has a short novel whose title is "Taketori Monogatari" written in about 900.  In the novel an incredibly beautiful Kaguya-Hime from the moon is proposed by five noblemen including the then Emperor. However, she must come back to the moon. The moon troops come down to Japan to take back Kaguya-Hime, using some magical laser weapon which makes the Japanese soldiers (who are guarding her) unable to move for a while.  The moon troops go back to the moon with the most beautiful Kaguya-Hime.

    Kaguya-Hime and the moon troops are from the moon.  They are not human beings but extraterrestrials. However, Kaguya-Hime is incredibly beautiful and the moon troops are not at all murderous.

   Interstellar object 3I/ATLAS has been cruising through the inner solar system with a rapid speed, and  it is now behind the sun (as of November 1st 2025).  If the object is made by some kind of extraterrestrials, it matters very much how we humankind should cope with this situation.  However, it may soon disappear far into outer space in a peaceful manner.

  この星間物体3I/Atlasに関連して、私が2019年に書いた「米国人はこわがりか」をここに再掲したいと思います。

 

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米国人はこわがりか

永井津記夫(ツイッター:https://x.com/eternalitywell)

  あるテレビ局のインタビューの中で、米国人の映画監督マイケル・ムーア氏が銃乱射事件の多発する状況などの質問に対して「米国人はこわがりなんだ」 と答えていた。

  現在、米国では学校や人が集まる場などで毎年のように銃乱射事件が起こり多数の死傷者を出し、また、(白人の)警官が銃器を持っていない(交通違反などをして呼び止めた)黒人に発砲して死亡させる事件などもたびたび発生する。これに対してムーア氏は「米国人はこわがりだ」と答えたのであろう。

  ムーア氏は政治的発言も多く物議を醸すことの多い人物であるが、「米国人はこわがりだ(こわいので銃で武装する)」という見解には私も同意したい。なぜかというと、米国映画、とくに、エイリアンものを見てそのように思うのである。

  その理由の第一は、米国映画に出てくるエイリアンは人間の目から見ると(一般的には)醜悪なものがほとんどである。  

   映画『エイリアン2』には主演女優としてシガニー・ウィーバーが出ていたが彼女と対決するエイリアンは一応人間型をしていたが、長い尾があり、頭も長く大きな口に金属的な長い鋭い歯が何本も並んでおり、やや人型を感じさせる分、(人間の私には)よけいに醜悪に感じられる姿であった。また、『インデペンデンス・デイ』に出てくるエイリアンも人類を上まわる武器を持つ生命体であるが、エイリアン2の宇宙人と同様に醜悪な容貌である。

  なぜ、米国映画に登場する宇宙人(エイリアン)は我々の目からみて醜悪につくられているのだろうか。なぜ、人類よりはるかに知的で容姿も(人間の目から)美しい宇宙人が登場しないのだろうか、と私は思うことがある。

*地球外生命体よくわからないもの恐ろしいもの醜悪な容貌を持ち、人類を殺そうとして襲いかかるもの

という考えかもしれないが、

*地球外生命体人類よりはるかに高い知能を持つもの人類よりはるかに高い倫理観・道徳観を持つもの容姿も人類よりはるかに優雅で美しいもの

という発想がなぜないのか、と思ってしまう。

  米国人、とくに、白人系米国人にとってエイリアン(宇宙人)は、恐ろしい存在、ぞっとするような醜悪な容姿の生物なのであろう。彼らは恐がり (coward, chicken heart) であるゆえに、エイリアンは醜悪な姿でなければならないのだろう。米映画『エイリアン』や『インディペンデンス・デイ』に登場する宇宙人は地球人よりは高度な科学技術力を持っているのに、かくも醜悪なのであろうか。

  が、日本人はどうだろうか。私は、日本人はそれほどエイリアン(宇宙人)を恐れていないし、米国人が想像する醜悪な容貌、容姿を連想してはいないとも考えている。私自身もとくに宇宙人を醜悪なものと考えないし、人間より知性も容姿も(人間が考えるレベルで)すぐれていてもいっこうにおかしくないと思っている。他の日本人が私と同じ考えとは言えないが、私のように考える日本人も希ではなくいるように思われる。

  日本には平安初期の作とされる『竹取物語(竹取の翁、かぐや姫)(短編小説)がある。

かぐや姫は月に出自を有する絶世の美人で、地球の日本の竹取の翁のもとで育つ。彼女を連れ戻そうとする月人たち(宇宙人)がやって来る。かぐや姫を奪われまいとして天皇は軍隊で警備さすが、月人は兵士を殺さずに無抵抗の状態にして姫を月へと連れて帰る。

というストーリーである。月人のかぐや姫はエイリアン(宇宙人)”であるが、人間の美女が足元にも及ばないような美人であり、姫を迎えにきた月人集団(エイリアン、宇宙人)”も当時の日本軍が手出しをできないようにする無殺人兵器を持つ高知性集団である。つまり、日本人の『かぐや姫(竹取物語)』の作者は、「宇宙人の月人を醜悪な攻撃的生命体」とは考えていないのだ。

  日本人はロボットに対する恐怖感が少ないと言われている。外国のロボットものの映画をみるとロボットが人間を襲うようなストーリーが展開されることがよくあるが、日本人は鉄腕アトムの印象が強力なためか、人に逆らうロボットを意識することは少ない。この点で日本人は(米国人のように)ロボットに対する恐怖感もそれほど持っていない。

  この「日本人の新しいもの、未知のものに対してそれほど大きな恐怖感を持っていないという傾向」は長所でもあるし、短所にもなり得る。

  

   IOT「物のインターネット」対物インターネット(永井訳)※注1」)が一時さわがれたが、このごろはあまり言わなくなったようである。私は以前のブログで「人間が善意の固まりであればIOTを活用して外出中に家の風呂に給湯したり、暖房で部屋を暖めることもしてもよいが、ウイルスを仕込んでパソコンをダメにしたり、重要な個人情報を盗む連中もいるのに外から家の中の設備を制御することなど危険極まりない」 という趣旨のことを書いた。ハッカーが個人の家に侵入し電気やガスを自由に制御すれば家を「火の海」にすることができる。この技術を推進しようとする集団に安全管理意識国防意識があるのだろうか。

  日本の周辺には「東京を火の海にする」とか「日本を10年以内に核攻撃する」というような脅しの言葉を吐く国があるのに、政府は国民に知らせようとせず、マスコミもいち早くその情報を手に入れる立場にありながら国民に伝えずおきながら、ITOは騒ぎ立てて(その危険性には言及せず)導入をあおっていたが現在はどのようになっているのか。IOT(対物インターネット)は現在の人間のレベルでは私には危険極まりないものに思われる。

 

  少し話が脇道にそれたが、私が言いたいことは、日本人は未知なものに恐怖感を示さないことも多いのであるが、悪意のある人間や、悪意のある国からの日本と日本人に対する攻撃は常に念頭に置いてもの事の善し悪しを決定する必要があるということである。企業が利益のみを第一に追求し、新しい技術を開発、商品化するとき、常に悪意のある個人、集団の悪用を考慮する必要がある。

  話をもとにもどそう。米国人はこわがりである。彼らは、エイリアン(宇宙人)は醜悪で人間を襲い殺そうとする存在と考える。したがって、排除・殲滅しようとする。米国人の白人の中には全てではないが、黒人は得体の知れない存在であり、恐ろしい存在であると考えてしまう人間が数多くいて、黒人の少しの動きにも攻撃と勘違いをし過剰に反応して(たとえば、交通違反の車の黒人運転手の免許証を取り出そうとする動きなど)拳銃で撃ち殺すようなことが希でなく起こる(ただ、米国の警官は制圧しようとするとき違反者や犯罪者から拳銃で撃たれて死亡することも多発しており、銃社会の中で警官が過剰反応してしまう状況があることは確かである)

  

  19779月にフランスのパリを出発した日航機がバングラデシュのダッカ空港に強制着陸させられる「ダッカ日航機乗っ取り事件」が起こった。この事件の後もいくつかの日本人が巻き込まれるハイジャック事件が起こっているが、私の記憶に誤りがなければ当時の外電(外国人記者による報道)等が事件に巻き込まれた日本人乗客の冷静さを伝えることが多かった。私はこれ見て、外国人はハイジャックなどのとき泣き叫んだりパニック状態になったりするのかと思ったことがある。

  日本は世界有数の地震多発国であり、台風も毎年いくつか日本を襲い被害をもたらす。1995年の阪神大震災、2011年の東日本大震災の時も恐ろしい大被害にもかかわらず、震災後にパニックは起こらず、人々は整然と並び搬送された食料や水を受け取る姿が世界の各国でメディアを通じて紹介・放映され、驚きとともに日本人のその態度を称賛していた。これは、私たち日本人には当然のことであるが、外国の被災地においては救援の食料をめぐって被災住民の間で奪い合いが起こったり、乱闘や暴動が起こったりすることがある。

  災害時の日本人の整然とした行動は、日本人が地震等の災害に慣れていることもあるが、政府、自治体等のいわゆるからの支援、救援を信頼していることにも大いに関係があるのではないだろうか。古墳時代とされる仁徳天皇の時代(5世紀前半)に民が疲弊しているのを見て仁徳天皇は三年間税を免除したと記述されている。6世紀末、聖徳太子は四天王寺に四箇院(敬田院、施薬院、療病院、悲田院)を設け、仏教的慈善の救済活動を行なったとされており、8世紀の奈良時代には法律により政府の公的な救済も行われるようになった。奈良の大仏の建立で有名な聖武天皇の皇后の光明皇后は仏教を篤信し730年に施薬院と秘田院を設け、貧しい人々に対して施薬、施浴をし、癩患者の救済も行なった。このように日本は古代から為政者が人民を救済するという姿勢が貫かれていた(もちろん、被災住民同士の横の助け合いは当然行われていたし、火事場泥棒をするような者はいなかったと思われる)。平安、鎌倉から江戸時代に至るまで災害時の為政者の姿勢に変化はなかった。

  日本人は災害時には基本的に古墳時代、大和時代から政府の(上の)救済を信じる気持ちがあり、それが災害時にも争ったりしないことにつながる一つの原因と考えられる。つまり、日本人は災害時、緊急時にもあわてず、恐がらず、対処する能力が高いのだ。

  そして、日本人の怖れない心、未知のものを受け入れる心はDNAの中にも潜んでいるように私は思う。日本人は最近のDNAによる旧人類の調査によってネアンデルタール人のDNAを諸外国人と較べてもっとも多く有していることがわかった。現世人類によって滅ぼされたとされていたネアンデルタール人は現世人類と交わりその遺伝子を残していたのである。

  日本人が世界のどこでネアンデルタール人と交わりその遺伝子を獲得したかは現段階ではよくわかっていない。ユーラシア大陸のどこかで交わり日本列島に来たのか、あるいは、最果ての日本列島で交流したのか。いずれにせよ、戦争(戦い)の形跡を残さない縄文人の遺跡を勘案すると、縄文人の先祖は争うことなくネアンデルタール人を受け入れて交わったように私には思われる。つまり、未知のものを恐怖心から排除しないという縄文人の性質が現在の日本人の中にもっとも多くネアンデルタール人の遺伝子を残したのだと私には思われるのだ。

  米国人は怖がりである。日本人はそうではない (※注2)。それは遺伝子的にも言えるのかもしれない。      (2019年3月29日記)

 

 ※注1 IOT(=the Internet of things)は2017年6月に書いたブログ『“IoT”を日本語にどう訳すか…「対物インターネット」』の中で“対物インターネット”と訳しました。また、同ブログの中で「 対物万国電網インターネット 」の訳も載せています。が、今では「対物ネット操作」と意訳した方がよいと考えています。が、私はブログの中で指摘しているように、邪悪無法悪意のある組織、国家などにこのIOTを利用されたら、(以前テレビなどで大々的に宣伝していたように家の外から家の家電が操作され、風呂の湯を沸かすスイッチなどを操作できるような状況をつくったら)、東京や大阪のような大都市の家庭の一定数を選び、インターネットを使って侵入して、同時に火災を発生させれば、東京や大阪を「火の海にする」ことができます。 脆弱なインターネットの防御環境を考えると、安易なIOT(対物インターネット操作)は危険極まりないものと言えます。(2025年11月30日記)

 

※注2  「こわがり」であることは直接的には「ケンカが弱い」とか「腕力がない」ということを意味しません。この点、誤解のないようにお願いします。

  「未知のものを怖れない」心は新発見を怖れないことにつながります。日本人に比較的ノーベル賞の受賞者が多い理由の一つに「日本人の未知のものを怖れない心」があると私は考えています。怖れる心があれば新しいもの未知のものを見つけていてもそのように思う心にブレーキをかけてしまい、新発見を自ら否定することが起こり得ます。(3月31日追記)

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2025111日再掲

   

 

 

 

英語のAsの意味と分詞構文の~ing形の意味

 

永井津記夫

 

  久しぶりに英語に関することを取り上げたいと思います。最近は政治問題に関することばかり取り上げていましたので…。 

  接続詞や副詞として使われる“as”の意味を中学3年生(英検の2級に合格して、その上を目指して勉強しています)に教えようとして、これがかなりむずかしい問題であることが分かりました。

 英語を習得する場合、英語を常に耳に聞いて理解していく環境に在るときには、あまり日本語と英語の各単語の意味をそれほど考える必要はないのかもしれませんが、日本にいて日本語中心の生活をしている者は、できるだけ日本語と英語の対応関係を意識して勉強したほうがよいと私は考えています。

 「asas any…」の例文の説明をしようとして、asの意味の説明に戸惑ったのです。

 asas any…の次の例文は、

  Tom is as tall a student as any in his school. 

  トムは学校のどの生徒のように同じように背の高い生徒です (ややおかしな日本語表現です)

   トムは学校のどの生徒同じように背の高い生徒です。

   トムは学校のどの生徒にも負けないほど背の高い生徒です。

  =Tom is the tallest student in his school.  トムは学校でいちばん背の高い生徒です。

というように説明できます。

 asas any…」において、後ろのasは「のように」の意味を持つ接続詞でもっと短い日本語にすると、接続助詞の「」に相当すると考えられます。前のasは「同じように」という意味の副詞になると考えられます。

  cf. 本を山積み上げる。=本を山のように積み上げる。…(「と」=「のように」)

 後ろのasは「~のように」の意味だと説明すればよいのですが、日本語の接続助詞の「と」は、ほぼ「~のように」の意味で使います。英語の“as”は短くて軽い単語(接続詞、前置詞、副詞として用いる)ですので、後ろのasを「と」と訳すのは適切だと思われます。とくに、前の副詞のasを「同じように」と訳すと「ように」が重なって意味がわかりにくくなるようです。もちろん、前も後ろも同じ“as”が使われていますので、「ように」と意味が重なってくるのは理解できることなのですが、前後のasが同時に出てきているので、中学3年生の生徒には理解しにくかったようです。

  Taro runs as fast as you. 太郎は君のように同じように速く走る。→太郎は君同じように速く走る。

という文も、後ろのasは「~のように」の意味だけれども、「~と」と訳すと日本語としてわかりやすい、というように教えることにしました。そして、同時に日本語の接続助詞「と」には「のように」という意味を持つ場合があることも教えました。

 “as”という語をよく考察してみると、かなり、広い(あいまいな=中立的な)意味を持つ言葉であるということが分かります。高校の英語の教師として教壇に立ち、3年ほど経ったころ、2526歳のころだったと思いますが、分詞構文の説明を終えたあと、私が中学、高校の時にいだいていた大きな疑問に対してその答が心に浮かんできたのです。「~ing形」の意味と「as」の意味をどのように理解するかの答です。

 英文法の本を開くと必ず分詞構文の項目があります。

①時を示す:

   Seeing me, the dog ran up to me. 私を見て、その犬は私のところに走ってきた。

   = When it saw me, the dog ran up to me. = When the dog saw me, it ran up to me.

②理由を示す:

  Having a cold, I stopped playing tennis. 風邪をひいていたので、私はテニスをするのを止めた。

  = As I had a cold, I stopped playing tennis.

⓷条件を示す(もし~なら)

  Turning to the left, you will find the post office. 左に曲がると、郵便局が見つかります。

  = If you turn to the left, you will find the post office.

⓸譲歩を示す(~だけれども)

 Admitting what you say, I cannot agree to your opinion. 君の言う事は認めるけれども君の意見には同意できない。

   Though I admit what you say, I cannot agree to your opinion.

⑤付帯情況を示す(~しながら)

  Singing songs, the soldiers marched to the town. 歌を歌いながら、兵士たちはその町まで行軍した。

   As they were singing songs, the soldiers marched to the town.

⑥連続的動作を示す:

  Jiro started for the bus stop at 8;00, arriving there at 8:10. 次郎は8時にバス停に向かい、810分に着いた。

   =Jiro started for the bus stop at 8;00, and (he) arrived there at 8:10.

というように、分詞構文が持つ意味が例文とともに示されています。

 先に述べた私が中学、高校の時にいだいていた疑問というのは「どうして同じ~ingの形が、“~なので(順接)”と言う意味と“~だけれども(逆接)”というような大きく異なる(正反対の)意味を持つのか」ということでした。これに対する答が心に浮かんできたのです。

 Living near my house, he often comes to talk with me.私の家の近くに住んでいるので、彼はよく話にやって来る。

  =As he lives near my house, he often comes to talk with me.

 Living near my house, he seldom comes to talk with me.

    私の家の近くに住んでいるけれども、彼はよめったに話にやって来ない。

  =Though he lives near my house, he seldom comes to talk with me.

  ⑴と⑵の文のLivingの意味は通常の説明では「住んでいるので」と「住んでいるけれども」と日本語に訳すと大きく異なっているように考えてしまうのですが、“Living”は「住んでい」というような“中立的な”意味をもっているだけで、「ので」や「けれども」というような意味は後の語句との連接関係から生じており、“living”自体がそのような意味を持っているわけではない、ということに気づいたのです。つまり、「~ing」は「~て」というように、接続助詞の「て」と同じような意味、機能を持っているということに気づいたのです。

  しかし、当時の英語の参考書や中学や高校の英語の先生の話などからは、連接関係が順接と逆接という正反対の意味を生じるのだということを、中学・高校時代の“真面目な英文法少年”はまったく気づくことができませんでした。

  さて、分詞構文をつくる~ing形自身が「ので」や「けれども」という意味を持っていないということと関連して、接続詞の“as”も「~なので」や「~けれども」という意味を持っているのではないことをここで述べていきたいと思います。

 ⑶ As I have a fever, I must go and see the doctor, 熱があるので、医者に診てもらいに行かねばならない。

 ⑷ Young as he is, he can do anything wisely.  若いけれども、彼はなんでも賢明にこなすことができる。

上の⑷は譲歩構文としてよく出てくる文です。

 ⑶と⑷の“as”は~ingと同じように文によって、「ので」と「けれども」と訳しわけているのですが、これも「熱があっ」、「若く」というように訳せて、“as”は「~」というほどの意味しか持っていないと言えます。⑷を「若くて、彼はなんでも賢明にこなすことができる」と訳すと、

  *若いので、彼はなんでも賢明にこなすことができる。

というような意味合いにも聞こえます。⑷は「若いけれども」と「若いので」のどちらの意味にもなる可能性があります。これは“he”の実際の状況、置かれている状況によって決まってくると考えられます。

  とにかく、現在分詞の「~ing」も接続詞の「as」も日本語に訳すと、接続助詞の「て」くらいの中立的な意味合いを持ち、前後の語句を結びつけるのだと考えられます。

 

 ここで接続詞“as”が使われている有名な文を取り上げてみたいと思います。

 西部劇時代の米国で有名な“悪漢”のビリーザキッドの墓碑銘に、

  He died as he had lived.

という文があります。“as”を「て」と訳せば、

  *(彼は)生きて死んだ。

ということですが、意味が取りにくいので、「as=ように」と訳すと、

  *(彼は)生きてきたように死んだ。

ということになります。これで意味が取れます。意訳すると、

  *生き様ざまと死に様が同じだった。

という意味になると思います。“卑怯な生き方”をしてきたなら、“卑怯な死に方”をしたということであり、「かっこよく生きてきた」なら、「かっこよく死んでいった」というような意味になるでしょう。“撃ち合いの中に生きてきた”のなら、“撃ち合いの中に死んでいった”という意味になります。

  ここでは接続詞「as」と「~ing」の意味を取り上げました。その日本語訳はどのようになるのかを検討してきました。“as”は日本語の(接続)助詞の「て」や「と」に対応し、また、「ように」と訳す場合もあることを示しました。英語と日本語ではその単語の意味が正確には重ならないことが多いのですが、できるだけ、英語の初学者にも分かるように英単語に対して適切な日本語をもってくる必要があります。その日本語の単語がうまく心にひびけば、たとえ小学生や中学生の初学者でも英語(英文)の持つ意味を的確に把握できると思われます。

  (2025824日記)