娘が不登校になって学校に通える様になるまでを少しずつ書いて行こうと思います。

今、不登校児がとても多く珍しくないと思われる事もあるけど不登校児に対しての偏見も結構ある。

私もそうでした。

不登校はいけないこと。
恥ずかしいこと。
と、思ってました。

そして、そんな私の思いがもっと娘を苦しめていました。

不登校になる理由も家庭環境も人それぞれなので同じ様にすれば不登校でなくなる訳ではないと思います。
でも不登校である事で悩んでた私の話が少しでも役に立てればと思い書いて行こうと思います。

そして、実名こそは出しませんがありのままを書こうと思います。

我が家は、私と不登校児だった中学3年生といつも元気な小学6年生の3人家族です。

不登校になる前の娘は、勉強嫌いだったけど大好きなバスケと友だちとの時間を楽しみに色々とありながらも毎日学校へ通っていました。

そして中学2年になって先輩が卒部し娘は部長になり試合に向けて頑張ってましたが、自分のバスケに対する気持ちと他の友だちのバスケに対する気持ちの温度差に自分の気持ちがついていけず辞める事を選びました。

ですが先生方が一生懸命話をしてくれて娘も、もう一度やって行こうと踏みとどまりましたが、新人戦を戦いやはり気持ちの温度差は大きく、娘はやるせなさをどうしていいのか悩んでいました。

それでも、毎日学校と部活を頑張っていました。

ですが少しずつ状況は悪い方へ進んで行きました。

プレイ中に仲間が娘にパスを出さなくなったんです。
それは1年生の時もありました。
1年生の時は顧問の先生が注意をしてくれてきちんとチームプレイも出来て良かったのですが、顧問の先生が変わって分かっていても注意もせず、娘がシュートを決めるのを他のチームが気づいてるから、あまり攻撃させないようにしよう。などと言ってる始末。
娘はコートに立ってもプレイする事がほとんどない状態でやる気を失いました。

その上、パスを出さない子供たちの親は娘に暴言を吐いたり睨んだり。

そして顧問の先生は、声を出してる娘に「お前が声を出さないと俺が親に文句言われるやろ!」と娘を怒る。

そんな状態で部活を続けていけるはずもなく。
それでも解決出来ればと何度も学校に通い先生と話し合いをしましたが何も変わらず。

少し休みたい。と休んでいると暴言を吐く親が部長なのに何で休むんだと顧問の先生に言いにくる始末。

娘が休んでる理由は、親のせいでもあるので言えない為にどうしようもなく。

娘は、もう誰も私のことは分かってくれない大人は争い事にはもちろん巻き込まれ巻くないから、自分がやめれば文句を言う保護者も子供も嬉しいやろ?と、もう限界になり娘は辞める事を決め先生たちとの話し合いにも応じず。
辞めると非行に走るからと、どうにかして辞めさせないようにすると先生からは決めつけた様に言われ、もう学校にも先生にも大人にも幻滅をしていきました。

そして、少しずつ学校から遠のいて行く様になりました。

私は、これ以上苦しい思いをするくらいなら辞めて良いよ。と伝えました。
本当は、娘のバスケをしている姿を見たかったですが、ここまで苦しんで傷ついて全ての事に絶望している娘。
笑う事をしなくなった娘を見ていられなかったからです。

そして、みんなの前で辞める事を告げました。

ですが、ここで最後に顧問の先生からまた裏切られました。
パスを出さない子ではなく、お前がもらう気持ちがなかったからだろ?とみんなに言ったんです。どんなに声を出してもパスをもらえなかった事を知ってて、散々パスを出さない子はわかってて出してない。と言ってた先生が…
そして次の日に行われたカップ戦で他校の人には、仲間のせいで辞めた。と言ったそうです。

娘は、友だちや保護者からの対応にも傷つきましたが、相談していた顧問の裏切りが一番辛かった。

学校へは言いました。
ですが言葉には証拠がありません。

ただわかってくれてる人が数人いた事だけが救いでした。

そして三学期が始まりました。