指揮者のジョルジュ・プレートルさんがお亡くなりになって2年が経ちました。時差こそあれ2017年1月4日にお亡くなりになりました。

あの晩年の輝きぶりは眩しいばかりでした。

先だって少しだけニューイヤーコンサートの項で触れましたが、粋な指揮者だったと改めて思います。


お若い頃の素敵なジャケットです。



ウィーンシンフォニカーの首席指揮者を1986年から91年の間お勤めでいらして、ヨーロッパの著名なオーケストラに沢山客演されていました。

名声、実力の割には録音が極端に少なく近年ヴァイトブリックレーベルを中心にライブが発売されてその至芸に改めて触れることができました。

プレートルさんはクリュイタンスさん門下だったそうで、作曲家のクーランプのスペシャリスト、又はマリア・カラスさんのお気に入りの指揮者、友人と世間は認知しているのではないでしょうか。


実は、2008年、2010年のニューイヤー以外ウィーン・フィルとは殆どレコーディングがなかったものの、その間意外にも、とは失礼ながら、仲良しコンビだったそうです。2004年には楽友協会の名誉会員の称号が与えられています。

思い返せば、2005年の11月くらいでしたか、NHK- FMでウィーン・フィルとの幻想交響曲が放送されましたが、豊穣な音楽が耳に残り、忘れかけた頃に再びプレートルさんのお名前がクローズアップされました。


その時のライブをウィーン・フィルは自主制作盤として発売しています。市場に広く出回っておりませんからいささか高価ではありますが一聴の価値はあるかと思います。


脱線しました。楽壇の情報通ではなかったので、それほどの仲だったのかと改めて偲びました。それまで度々共演されているようですが、海賊盤も今のように出回ってはいませんでしたし、ましてユニバーサルミュージックさんが例え良い演奏会だったにしてもCD化して世に問うこともなかったので、そのあたりの商業主義はなんとかならんか、と感じています。


プレートルさんは2008年のニューイヤーコンサートにご登場されるまで市場に出回っているCDは僅かでしかなく、殆どが廃盤の扱いでしたからお名前だけは認知しているという状態が申し訳なくも長く長く続いておりました。

2008年以降、それからプレートルさん旋風が巻き起こり評価はまちまちなれど数多くのライブが発売されます。

表現は自由自在で活発。遅速、軽重、実に揺らします。それが上手く功を奏す場合と全く白々しくなる場合があって、賛否両論あるのは事実ですがプレートルさんを生で聞かれた方はその音楽を楽しまれたことと思います。

とかくなんでもかんでも器用にこなす指揮者でした。時として繰り返し申し上げますがマゼールさんのような変態的な感じを受けなくはありませんが、クラシック音楽CD専門のオンラインショップのメールマガジンでシュトゥットガルト放送響の日本人奏者が「天才のひらめきがある」仰ったという旨があり正にそれを感じる次第です。















粘って粘って徹底して歌う

オーケストラを煽って煽って突進する……。

プレートルさんは情熱的でした。


映像は意外と沢山遺されています。ありがたい話です。ここぞ! という時の力んだ表情や緩やかにリラックスされた表情など見ていて役者さんのような、感性の豊かさを映像から感じます。










これは拝見していて痛々しい最晩年のプレートルさんの最期の演奏会のご様子です。ウィーンシンフォニカーとの共演です。それから間もなくされてお亡くなりになりました。御年92歳。大往生です。

プレートルさんを今日は偲ぶことができて嬉しく思います。合掌