気分が少し乗ってきましたが明日も勤めがありますからそろそろ失礼します。

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念ずる

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退

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無為

次は顔真卿(がんしんけい)の争座位稿(そうざいこう)の「思明の跋扈」云々と最後の行にある「思」に模倣して、

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しかし、顔真卿の個性はことのほか際立って好きです。男らしい書でどっしり構えた感じが魅力です。

顔真卿はあの孔子がことさら愛した弟子の1人だった顔淵(がんえん)の子孫だったそうです。顔淵は政治的ないざこざに巻き込まれて憤死した際に冷静沈着な孔子が酷く乱れて「天は吾を見捨てられた」と嘆いたらしいですがそれが印象に残っています。孔子の人間らしい面が垣間見られたからです。

食べ物に難渋しても顔色1つ変えなかった孔子その顔淵の憤死では人並みに感情を現しました。よほど見込んだ弟子だったことが推察されます。

顔淵は豪徳の人として感情豊かだったそうで、直情径行だったそうです。閔子騫(びんしけん)のような穏やかさはなかったにしてもことさらはっきりした性格が孔子としては好ましく、裏表なく接してくれる数少ない弟子として愛したと思います。

その顔家は名門の家柄で詳しくはありませんが学問を司る家柄だったと記憶しております。その中で顔真卿が顔家から出ましたが、書の世界では大きな流れを作った偉大な人でした。

また改めて顔真卿のことは取り上げます。

さて、最後に……

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識らず

書いていくのも半紙がもったいないようで……。自己満足をお許しください。