「怖さ」があるから、人は想像する

久しぶりに青空が広がり、本格的な夏を感じる一日でした。

けれど、不思議なことに、この日は一日を通して「怖さ」という言葉が何度も心に浮かびました。

朝見ていた韓国ドラマ『恋人』は、恋愛物語というよりも、戦争や捕虜の運命を描いた歴史ドラマでした。

人類の歴史を振り返れば、戦争や争い、支配や差別など、私たちの想像を超えるような出来事が数え切れないほどありました。

歴史を知ることは、ときに怖さを知ることでもあります。

午後は、マンションに防犯カメラを設置するための打ち合わせがありました。

最近は、防犯対策が当たり前になりつつあります。

安心して暮らすためには、便利さだけではなく、「備えること」も必要な時代なのだと感じました。

夕方は、ヒーラーとして活動されている方との対談ライブ。

守護する存在やシャーマンなど、目に見えない世界のお話を伺いました。

私には分からない世界ですが、その方にとっては、ごく自然な現実なのでしょう。

人はそれぞれ、自分だけの世界の見え方を持っているのだと思いました。

夜になると、今度はYouTube用のスマホ怪談を考えていました。

振り返ると、この日は歴史、防犯、見えない世界、怪談と、「怖さ」に囲まれた一日だったように思います。

でも、「怖い」という感情は、決して悪いものばかりではありません。

知らないものを畏れ、想像し、考える。

その心があるからこそ、人は文化をつくり、物語を語り継ぎ、知恵を生み出してきたのでしょう。

そして、その想像は「余白」があるから生まれます。

すべてを説明し尽くしてしまったら、想像する余地はありません。

見えないものがあるから考えたくなる。

分からないことがあるから知ろうとする。

その余白こそが、人の感性を育てているのではないでしょうか。

怖さは、心を閉ざすものにもなります。

けれど、ときには世界を広げてくれる入り口にもなります。

そんなことを考えながら、久しぶりの青空を見上げた一日でした。