山陽自動車道の岡山インターチェンジにあった岡山市津寺〈つでら〉遺跡は、弥生~古墳時代の集落跡や奈良時代の役所跡として知られていますが、鎌倉時代の集落跡もまた見つかっています。

 平成元年(1989)、この鎌倉時代の集落を構成する屋敷地の一角で、一辺2.3m、深さ1.2mもある大きな穴を確認しました。穴の中を掘り下げていくと、コナラの葉やマツの球果がまじる泥の中にキラリと青緑色に輝くものが目に留まりました。しゃがみ込んでよくよく観察すると、それは小さなムシの羽だったのです。そこで、泥のかたまりごと持ち帰り、ムシに詳しい愛知県埋蔵文化財センターの森勇一さんに同定を依頼したところ、コガネムシやゴミムシの類であることが分かりました。このうち、ツヤヒラタゴミムシやヤマトトックリゴミムシは汚染度の低い湿地を好むことから、この穴は水溜めとして利用されていた可能性が強まりました。また、ヒメコガネやサクラコガネは果樹や畑作物を加害するムシであることから、屋敷のまわりには畑が広がっていたものと思われます。このほか、エノキやセンダンの実も見つかっていて、マツやコナラとともに木陰をつくっていたのでしょう。

 ところで森さんによると、ヒメコガネは各地の鎌倉時代の遺跡でたくさん見つかっているそうです。鎌倉時代に山野を開墾して耕地を広げた結果、ヒメコガネが爆発的に増加したらしく、森さんはこの時代を「大開墾時代」と呼んでいます(森勇一2012「ムシの考古学」雄山閣)。岡山県でも、これまで発掘された中世集落の大半は鎌倉時代にはじまることが分かっていますが、その背景には、この地に所領を得て東国から来住した武士たちによる開発や、高度な土木技術を駆使する東大寺再興大勧進の重源や西大寺の律宗教団の活動があったのかもしれません。体長1.5㎝ほどの小さなムシたちですが、武士の世の中がはじまったころの様子を私たちに教えてくれるのです。

 

鎌倉時代の集落跡(岡山県教育委員会1998「津寺遺跡5」から)

 

昆虫化石が見つかった穴(岡山県教育委員会1996「津寺遺跡3」から)

 

見つかった昆虫化石(岡山県教育委員会1996「津寺遺跡3」から)