火災・災害の歴史(後)
(前回よりの続き)安政元年(1854)安政の大地震により大石寺諸堂被害現在も警戒されている「南海トラフ大地震」が発生大石寺も激しい揺れに見舞われ、多くの諸堂が全壊・半壊・大破する甚大な被害を受けました・御影堂大破 主要な柱や構造が傾き、屋根瓦が崩落するなど、大規模な修繕を必要とする甚大な損害を受けました。・五重塔:一部破損・傾き 奇跡的に倒壊は免れたものの、激しい揺れによって塔の構造や屋根、九輪などの部分に歪みや破損が生じました。・客殿:半壊・大破 儀式や行事を行う客殿も、柱の傾きや壁の崩落などにより一時的に使用不可能な状態となりました。・垂迹堂:倒壊 垂迹堂をはじめとする一部の堂宇は完全に倒壊しました。・総門・三門:各所に破損 瓦の落下や壁のひび割れ、土台のズレなどが広範囲で確認されました。・塔中:多数が倒壊・半壊 僧侶や参詣者が宿泊・生活する塔中の多くが倒壊し、境内の生活基盤が一時期壊滅的な状態となりました。この年の正月にはアメリカ使節のペリーが浦賀に再来航して来て、日本は江戸時代から明治維新へと激動の時代を迎えますその予兆だったのでしょうか万延元年(1860)大石寺諸堂焼失石之坊より出火した火災は富士見庵、寿命坊、遠信坊、学寮に延焼しました出火ですから火の不始末だったのでしょうこの年はあの「桜田門外の変」で大老の井伊直弼が暗殺されました元治元年(1864)西山本門寺・48棟大破静岡県(当時の駿河国・遠江国)を襲った「大風(台風・暴風雨)」により大伽藍を誇った西山本門寺は壊滅的な状況になりましたなぜか大石寺には被害状況の記録がないため大事には至らなかったのでしょうこの頃の京の都は動乱の真っ最中で「蛤御門の変」が起きています翌慶応元年(1865)2/28 大石寺客殿・六壺・大坊焼失 〃 12/23 蓮葉庵焼失これも出火ですから火の不始末だったのでしょう年号も明治に変わった元年 (1868)会津・実成寺焼失元号が明治に変わったとはいえまだまだ騒乱の真っ最中です戊辰戦争に巻き込まれた実成寺は客殿と塔中の三ケ坊を焼失しました白虎隊で有名な会津城下は火の海になったのですから残念なことです明治18年(1885)吉原・妙光寺旋風により倒壊この年の8月~9月の台風の連続的な襲来により、静岡県内各地に建物倒壊など甚大な風水害が発生しています旋風とありますから竜巻だったのでしょう明治42年(1909)百貫坊焼失明治43年(1910)讃岐・本門寺客殿庫裡焼失明治24年(1924)大石寺・本境坊焼失 〃 (1930) 〃連続して火災が起きております昭和8年(1933)大石寺・蓮葉庵焼失昭和9年(1934)函館教会(正法寺)焼失函館市で発生した大火は死者・行方不明者が2,000人を超える甚大な被害を出した近代日本最大級の市街地火災です風速20メートル以上の東南の烈風が吹いており、火の勢いが瞬く間に増大しましたこの年は満州国が建国され関東軍傀儡皇帝・溥儀が皇帝の座についた年です昭和15年(1940)静岡教会焼失市内の新富町付近の民家から出火、当時の乾燥と冬の強風にあおられたことで、十数箇所に飛び火。その後15時間にわたり市街地を焼き尽くしました繁華街や、市街地の広い範囲が焼野原となりました昭和18年6月(1943)大石寺・書院。静岡県の要請により勤労訓練生宿泊所となる昭和19年12月(1944)客殿・書院、陸軍農工隊に接収される前・妙光寺住職 土居崎日裕師の回顧録『昭和18年まだ小僧だったころ、名古屋の妙道寺から本山に上がった(当時は末寺で得度していた)その頃の本山には農工隊が書院を接収していた。書院の中に神札を置いたりしていたかも知れないが本山の管轄外だったのでうかがい知ることはできなかった。その他の場所では神札などは見ていない。また大石寺周辺は空襲にあっていない』前・森谷地区長の回顧録『品川の大崎小から疎開した先が大石寺だった。農工隊とはほとんど兵隊だった。B-29が富士山周辺で進路を変えていたが特攻隊が体当たりして3.4機落ちるのを見た。』その後本土空襲が激しくなっていきます以下、空襲で焼失した正宗寺院昭和20年3月(1945)東京大空襲3月10日 東京、妙縁寺、本行寺、法道会、白蓮院、空襲により焼失3月13日 大阪、港区教会焼失4月14日 池袋、常在寺焼失5月25日 赤坂、青山教会焼失5月29日 横浜、久遠寺、東神奈川教会焼失6月 1日 大阪、蓮華寺焼失6月17日(1945)大坊、対面所、大奥、書院、六壺、書院・客殿など約500坪余りを焼失大石寺は空襲にあってないので書院を接収していた農工隊の失火でしょう戦前の客殿(昭和6年撮影)6月20日 豊橋、勧持院焼失6月29日 西宮布教所焼失6月29日 長崎、法光寺焼失7月 4日 徳島、敬台寺焼失7月10日 東京四谷大聖教会焼失7月10日 堺、本伝寺焼失7月10日 清水、妙盛寺焼失7月10日 静岡教会焼失8月 8日 福岡、法霑寺焼失以上が大東亜戦争までの災害・火災の記録です妙光寺支部・城内啓一郎