彼は世間から反社と言われる
その筋の人だった
店で初めて彼を見た時
5人程の若い衆を連れて呑んでいた
当然関わり合いたくはない
距離をとれるカウンターに座った
彼らが先に店を出る時
お騒がせしました、と
わざわざ挨拶してくれて帰って行った
彼とは時々店で行き合った
若い衆を見たのは最初だけ
店にはいつも1人で来ていた
合えば あ、どうも
と軽く会釈をする程度だった
そんな僕達を接近させたのはママだった
客同士を打ち解けさせるのも
飲み屋のママさんの力量だ
そしてそれには絶好の材料があった
2人は同郷じゃない?
僕達は顔を見合わせて確かめあった
そして懐かしい故郷の話をした
歳も近いし話も合った
同じ県でも
地域が少し違うだけで
言葉は随分違いますねと笑った
少しだけ仲良くなった気がした
行き合う度に少しづつ話しをした
でも、お互い口数の多い方ではない
沈黙の時間もよくあった
そんな時、彼は自分の身の上を
ポツポツと話した。
その話の中で
自分は病気である事
余命1年だと宣告されている事
そして一切の治療を拒否した事
まるで他人事のように話して笑っていた
勿論、ママからはそれとなく聞いてはいた
そうですか
とだけ応えた
男が腹を括っているのだ
言うべきことは何も無い
それきりこの話題が出る事は無かった
彼は酒も強かった
身長は190近くあるし横幅もある
体重など63〜4キロの僕の倍はありそうだ
僕などではとても太刀打ちできない
ママもウワバミのように飲むのだが
それでもダメだ
遂には酔っ払って興が乗ってくると
勇敢な彼女は
アンタたちィッッ!!
と僕達を恫喝する
そして
歌うよッ!歌ッ!アンタらも歌えェッ!
と、咆哮を轟かすのだ
ヤバい、始まったか…
逃げ帰る間も無く、他の客も巻き込んで
僕達は下手クソなカラオケの
点数を競って遊んだりもした
彼もとても元気だった
でも、やがて
彼は姿を見せなくなった
僕は特に気にはしなかったし
敢えて聞く事もしなかった
ひと月やふた月行き合わない事も
しばしばあったから
でも、わかってはいた
そのうちママから
彼が入院した事を聞かされた
何か世間話でもするような感じだった
見舞いに行くか?
と言う僕に
アンタは行かなくていいよ
私から言っとくから
と言う
理由は 推して知るべしだ
行かなくていい、と言った
本当に世間話のように
あれ程の偉丈夫が
病気に蝕まれ
やつれきってベッドに横たわる姿を
他人には見られたくないのだろう
と思った
彼のその気持ちは痛い程わかった
僕は素直に従った
それから程なくして
彼が旅立ったと聞いた
余命宣告を受けてから3年は経っていた
通夜も葬儀も済んだらしい
九州の親族とはとうに縁を切っている
と言っていた彼の遺骨だが
引き取る身内はいなかったそうだ
よくはわからないが
多分 彼の(カイシャ)で面倒みるのだろう
悲しくはなかった
一抹の寂しさだけだった
覚悟の上での最期だったのだ
悔いはなかった筈だ
潔いと思った
お互いのフルネームも知らず
お互い敬語を崩さなかった
こんな薄い繋がりを
果たして友達と呼べるのか
僕にはわからない
暫くして
ついでがあるからお墓参りしてくるよ
と言うママに
彼が好きだった銘柄のタバコを渡し
供えて来てくれるよう頼んだ
来世で一杯やりましょう、と
いつもなら
僕がそんなふうな台詞を吐けば
キザだのなんだのと罵る筈だが
うん わかった
とだけ言って
そのタバコを大切そうに仕舞っていた。