かずやが入所した時
職員のNさんも
2年目くらいの、まだ新人さんだった
かずやを迎えに行く度
そして送って行く度
彼女はいつでも
満面の笑みで僕を出迎えてくれた
そしていつも
僕を お父さん お父さん
と呼んでくれた
その頃の僕の心の荒れようは
人生で最悪だったと思う
だが、恨む相手もない
恨むとするならば
自分しかなかった
でも、自分の何を恨めばいいのか
それすらも分からなかった
どうしてこうなったのか
何がいけなかったのか
答えなどある筈のない
愚問ばかりを繰り返しながら
仕事に出掛け
待つ者のいなくなった家に帰る
だけの日々だった
そんな僕に、
彼女はいつも笑顔を向けてくれた
眩しいほどだ
実際
こんなに心の荒んだ自分に
そんな笑顔を向けてもらえる
資格はないような気がして
彼女の顔を直視出来なかった
どんなに心が荒れようが
息子がお世話になっている
施設の職員さんだ
決して失礼などあってはならない
それくらいの自制心は残っていたし
万が一にも
そんな事があれば
更に自分が許せなくなるのは
わかっていた
どうして
そんなに笑ってくれるんですか?
訊いてみたい
でも、それを訊けば
彼女を傷付けてしまうような
なんとなく
そんな気がしていた
やさぐれきった愚か者の僕は
見ず知らずのサラリーマンと
喧嘩までしてしまった
たまたま隣り合わせた居酒場で
つい、Nさんの事、息子の事を話した
いいやつだと思ってしまった
だが、その男は
そんなの仕事だから当たり前
と言った
家族を侮辱されたと思った
僕は彼を
店の外までも引きずり回してしまった
彼の連れの男が
すいません、コイツが悪いです
と、止めに入ってくれて
どうにか場は収まった
Yシャツをビリビリにしてしまったので
悪かった
と詫びて万札1枚を渡し
逃げるように店を後にした
酔って喧嘩など、男のやる事じゃない
笑って聞き流す事も出来たはずだ
でも、あそこで怒らなければ
いつ怒るのだ
いつも笑ってくれるNさんにも
かずやにも
申し訳が立たない
そう思った
それでも
相手に怪我を負わせないように
自分を制御出来ていた事に苦笑した
そんな出口の見えなかったある日
かずやを迎えに行くと学園に電話した
だが仕事が長引き
遅くなる旨を改めて電話した
電話に出たNさんは
電話を通しても
明らかに笑顔とわかる明るい声で
大丈夫ですよ?
ゆっくりで大丈夫ですから
気をつけて来てくださいね
と言ってくれた
考えれば思えば当たり前の対応だが
あの時の僕は
そうか!と思った
世の中には
僕のような境遇の人はたくさんいる
それでも皆、前を向いて頑張っている
だから
大丈夫ですよ
ゆっくりで大丈夫ですよ
そう言わている気がした
暗にそう伝える為の
あの笑顔なのだと
まだ若い娘さんのNさんに
そんなつもりはなかったと思う
でも、そう考えた途端に
目の前が
パァッと明るく開けた気がした
そして学園に到着し
いつもの笑顔で
出迎えてくれたNさんは
僕の顔を見るなり
お父さん
何かいい事あったんですか?
と言った
簡単に見抜かれる程
顔に出ていたのだろう
Nさんのおかげです
とは、言えなかった
口下手な僕では
上手く話せそうになかった
救われたと思った
元来、僕はお人好しの面がある
何でも良い方向に解釈するし
人の善意を疑ったりもしない
Nさんに
そんな笑顔の理由など無くても
それで救われたことに変わりない
それからは
学園での楽しい日々が続いた
そして
かずやが卒園する日
Nさんの笑顔に救ってもらった事を
上手く伝える自信が無い僕は
手紙に書いて
彼女に渡した
感謝は伝えて去りたかった
あとで読んでください
と言って渡したのに
彼女はすぐに読み始めた
慌てる僕をよそに
しばし
呆然とした様子で読み進めていたが
やがてポロポロと
涙を流し始めた
僕は更に慌てた
まさか泣かせてしまうとは
思いもよらず
ごめんなさい ごめんなさい
と謝った
読み終えたNさんは
涙を拭うと
またニッコリと笑い
お父さんからのラブレターですね
一生大事にします
と言ってくれた
いや
そんな大袈裟なもんじゃないです
気持ちだけ伝わればいいんです
丸めて捨ててやって下さい
顔面を真っ赤にして
しどろもどろで応えた
かずやの卒園後も
行事の手伝いなどで
学園を訪れる機会はあった
Nさんは寮の担当から
支援の方に転属になった為
会える機会はなかなか無かったが
一度だけ学園のお祭りで
会う事ができた
彼女はもう結婚して
可愛い赤ちゃんを抱いていた
弾ける笑顔はあの頃のままで
お父さん!
と声を掛けてくれた
赤ちゃんを見せてもらい
お互いの近況などを
少し話す事ができた
別れ際
お父さんからもらったラブレター
時々読み返しながら
大事にしてます
私の宝ものです
と言ってくれた
僕はまた赤面するばかりだった
Nさんから
大丈夫ですよ
と言ってもらったあの日
僕は自分を取り戻した気がする
親子程も歳の違う
可愛いらしいお嬢さんに
救ってもらった記憶だ