猫は嫌いだ
本当に 勘弁して欲しい
三毛猫のナナは
生後45日目で
我が家にやって来た
猫を欲しがった長男が
友達の家で産まれた子猫を貰って来た
どうせなら三毛猫がいい、という
妻の要望もあって
三毛猫のナナを迎える事になった
息子が猫を飼いたい
と言い出した時
う〜ん 猫には柱も壁もガリガリに
やられるからなぁ…
と僕は難色を示した
ふと、僕が子供の頃
猫を拾ってきた時に
父や母が見せた反応と同じだな
と思って苦笑した
ちゃんと世話しろよ
と言いながら
一番喜んでいだのは
僕だったのかも知れない
ナナは見知らぬ家にやって来て
暫くは警戒している様子だった
だから特に構ったりはせず
名前を呼ぶだけにした
ナナという名前は長男が付けた
自分がナナだと覚えると
呼べばこちらを見る
目が合うと両目を瞑ってみせる
こちらに敵意が無い事が伝わる
そうやってナナは家族になっていった
だが、子供達にとっては
ナナは動くオモチャだった
無理に抱っこしたり
ヒゲを引っ張ってみたり
ナナは大人しかったが
隙を見ては逃げだして
僕の膝に避難して来る
猫はその家の主が誰か
ちゃんと知っている
僕の膝にいれば安全だと
わかっているようだった
いつも膝に乗っかってくるナナの事が
可愛いくて仕方なかった
粗相をした時に叱る
お風呂で洗う
嫌われそうな役目は
結局全部僕だった
それでもナナは
僕の顔をみつめてニャ〜ンと鳴き
膝の上に乗ってくる
可愛いくて当たり前だ
猫の飼い主は皆
猫の下僕で親バカだ
夜は必ず僕のベッドに入ってきた
皆寝静まると
忍者のように
音もなく階段を上ってくる
しかし
我が家の部屋のドアノブはレバー式
それに飛びついてドアを開ける
バッツーン!
寝入りばなに
心臓が飛び出しそうになる
だからそれ以来
寝室のドアは開けっ放しだ
ベッドに飛び乗ってきたナナは
僕の顔を暫く見つめてから
布団へ潜り込んで来る
始めは足元や脇腹のあたりまで
潜って行くのだが
気付けば僕の腕枕で寝ている
ナナの喉のゴロゴロ音は大きかった
ベッドに来て僕の顔を見ると
途端にゴロゴロと始まる
心地良かった
まるで子守唄だ
ナナが眠ってしまうと
ゴロゴロが止まる
また撫でてやると
ゴロゴロを再開してくれた
僕にはナナと一緒に寝る事が
とても癒しになっていた
ナナは優しい女の子だった
一度、子猫を拾ってしまった事があった
夜道をぷらぷら歩いていると
真っ暗な路地でミャーミャー鳴いていた
人を怖がらない
お前どうした?
親猫が近くにいるかと思って
暫く一緒にその場にいたが
その様子もない
でもそのうち迎えに来るだろう
そう考えて歩き出すと
またミャーミャーと付いてくる
ほっとけなくなってしまい
子猫をポケットに入れた
帰りにもう一度その場所で
様子を見て
結局子猫は連れて帰った
ナナはどんな反応をするかな
まさかいじめはしないよな
少しドキドキしながら
ナナに子猫を委ねた
ナナは子猫の匂いを嗅いで
やがて身体中を舐めてあげ始めた
安心して任せた
もう一度見に行くと
ナナは出もしないオッパイを吸わせていた
子猫は安心して眠ってしまった
なにか少し感動した
翌日、ご飯を用意してやると
ご飯を食べるナナの横から
顔を突っ込んで子猫も食べ始めた
するとナナは食べるのをやめて
少し退がり
子猫が食べ終わるのを待ってくれた
僕は慌ててもうひとつ
ご飯を用意した
里親を探す為
自治体の発行する広報紙に
子猫差し上げます
と載せてもらった 無料だった
里親はすぐに現れた
若い優しそうな青年だった
可愛いがってやって下さい
そう言って子猫を渡すと
とても嬉しそうに笑って
いつでも会いに来てあげてください
と言ってくれた
優しい人で良かった
家に帰れば
ナナはいつもそばにいてくれた
妻が亡くなって
次男は施設に預ける事になり
やがて就職した長男は
転勤族になって家を出た
それでも
ナナがいてくれた
ナナとふたりきりになった
だけど
ふたりの暮らしも
終わりに近づいている事に
僕は気付けなかった
ある日
ナナはご飯を食べなかった
ソファの上で丸くなって動かない
お腹が空いたら食べるだろう
と思っていた
2階へ上がる前に
ナナと呼んで撫でてみた
ナナは僕の顔を見上げて
一声鳴いたが
声は出ていなかった
明日、病院へ行った方がいいな
と思って寝た
その夜
ナナはベッドに来なかった
翌朝階下へ降りると
ナナは同じ場所で寝ていた
ナナ と呼んで体を撫でた
もう 冷たかった
後悔した
悔やんでも悔やみきれなかった
悲しい出来事で
涙が止まらなかった夜に
僕の顔をじっと見つめて
涙を舐め取ってくれたナナ
痛い痛いと、笑うしかなかった
思い出が溢れた
最後にもう一度ナナを撫でて
新聞紙で包み
庭の隅っこに埋葬した
手元がボヤけてよく見えなかった
木の板にナナと書いて墓標にした
僕はひとりぼっちになった
ナナは虹の橋を渡って行ったけれど
仕事から帰って玄関の前に立つと
鳴き声こそしないが
ナナが玄関まで迎えに来て
僕が扉を開けるのを待っている
そんな気配がする
キッチンに立つと
視界の隅の足元に
ナナの三毛の模様が動いた
そんな気がする
夜、ベッドに入ってウトウトする頃
ナナが階段を上がって来る
そんな気配がする
今も寝室のドアは開けっ放しだ
そろそろベッドに乗ってくるな
とぼんやり思う
そうだ ナナはもういないんだ
と気付く
ナナはまだ
そばにいてくれる
そんな気がする
でも、気配はしても
ゴロゴロも聞かせてくれないし
撫でる事もできない
お腹の匂いを嗅ぐ事もできない
鏡花水月 だ
だから
猫は嫌いだ
本当に 勘弁して欲しい
子供の頃から
どの子も
僕を置いて、逝ってしまう
最近 いい事を思いついた
猫への仕返しだ
もっと歳をとって
人生も終わりに近づいたら
また猫を飼おう
そして今度は
僕が先に逝ってやるのだ

