退職してから、二ヶ月が過ぎた頃だった。
太陽の生活は、静かに回り始めていた。
占いの依頼は「ポチポチ」と届き、途切れることはない。
大きく稼いでいるわけではない。
だが、不思議と焦りもなかった。
そんなある日、かつての同僚から連絡が来た。
「最近どうですか」
何気ない一文。
彼は短く返信した。
「ぼちぼちです」
少し間があって、続きが届く。
「こっちは、ちょっとバタバタしてます」
それが最初の違和感だった。
数日後、別の同僚からも連絡が来た。
「ちょっと聞きたいことがあって」
内容は、仕事の相談だった。
具体的な条件。
過去の似たケース。
彼が在籍していた頃なら、すぐに答えられる類のもの。
彼は少し考えてから、簡潔に返した。
「その条件なら、あのパターンに近いと思います」
それ以上は踏み込まなかった。
「助かりました」
その一言の裏に、余裕のなさがにじんでいた。
会社の状況を、彼は詳しく知らない。
だが、断片的な情報が少しずつ集まる。
「判断が遅れてる」
「現場が回りきってない」
「ミスが増えてる」
どれも、小さな問題のように聞こえる。
だが、それが積み重なるとどうなるか、
彼はよく知っていた。
ある夜、少し長いメッセージが届いた。
送ってきたのは、以前よく一緒に仕事をしていた後輩だった。
「正直、きついです」
その一文から始まっていた。
判断を求められる場面が増えたこと。
相談できる人が減ったこと。
そして、「余裕がない」という感覚。
彼は最後に、こう書いていた。
「なんで、あんなにすぐ分かってたんですか」
彼は、その文章をしばらく見ていた。
そして、ゆっくりと返信を打つ。
「慣れもあります」
それだけだった。
数週間後。
さらに一つ、変化が伝わってきた。
「取引先、一つ減りました」
理由は、はっきりしているわけではない。
だが、「最近ちょっと不安定だから」という話だった。
彼は、スマートフォンを置いた。
驚きはなかった。
むしろ、「やっぱりか」と思った。
会社というのは、不思議なものだ。
一人がいなくなっても、すぐには崩れない。
仕組みがある。
人もいる。
だが、見えない部分で支えていたものが抜けると、
じわじわと影響が広がる。
彼がやっていたことは、
特別なようで、特別ではなかった。
ただ、違和感を拾い、
少し早く手を打っていただけ。
それだけの積み重ね。
だが、その「少し」がなくなると、全体の流れが変わる。
ある日、専務から連絡が来た。
珍しいことだった。
「一度、話せないか」
短い文章。
太陽は、すぐには返事をしなかった。
窓の外を見る。
夕方の光。
会社にいた頃と、同じ時間帯。
頭の中に、いくつかの情景が浮かぶ。
忙しかった日々。
判断を求められ続けた時間。
そして、退職を決めたあの日。
しばらくしてから、太陽は返信した。
「内容によりますが、大丈夫です」
それが、どんな話になるのかは分からない。
だが、一つだけ確かなことがあった。
もう、あの頃と同じ立場には戻らないということ。
一方で、占いの依頼は変わらず届く。
「鑑定お願いします」
短い一文。
太陽はそちらに向き直る。
会社の状況は、彼の手を離れている。
だが、自分の時間は、今ここにある。
カードを並べながら、ふと思う。
「人も、組織も、流れで動いてるな」
うまくいく流れ。
崩れていく流れ。
どちらも、急には変わらない。
少しずつ、方向が決まっていく。
通知がまた一つ届く。
太陽は静かに頷き、返信を打つ。
「対応します」
外では、日がゆっくりと沈んでいく。
会社もまた、同じ時間の中にある。
ただ、その進む方向が、少しずつズレ始めているだけだった。
続く・・・。