「必死のパッチ」を履いてたワタシ 〜タロットに聴く〜 | あたたかいじかん 〜自分と向き合ういろんなチャレンジ〜

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「自分返り」
生きてる年数分の記憶が全て
自分の中にあります。
覚えているものだけでなく
消え去ったかのようなことまでも。
そして・・・
もしかしたら、生まれる前のことまでも。



それを手にした瞬間、
自分との対話が始められます^^
勇気を持った人にしかできない会話。
その会話から得るものは何か
向き合った人にしかわかりません。


自分と向き合う勇気を持つ
ワタシは、その勇気を心から応援します。

***


先日の「自分返り」で
毒出しと充電をしていたとき
タロットカードを引きました。



出たのは、こちら。
「悪魔」
得体の知れぬ存在をまえに
気持ち悪さを感じている状態。
その気持ち悪さがなんなのか
今は、それがハッキリしません。

(by wikipedia)


ワタシがワタシの感じるままに
生い立ちから、現在に至るまで
タイムマシーンに乗ったみたいに
時系列を追って
思い出すままに話していると
「ゴールの基準」を確認する問いかけをいただきました。
>>>~分析~



ワタシは、子供の頃から
耳コピが得意だったらしい。
幼少の頃、しばらく預けられた田舎にいる時
その地の方言を話していて
神戸に戻るとその地の言葉に戻りだす。



そういう能力が無意識下にあり
英語の時も発音だけは褒められる。
どっちかっていうと
知識で得る能力より
その場で馴染んでいくタイプ。

そういってもいいみたい。



なんとなくだけど・・・
そうして自分のことを声に出し
人にただひたすら聴いてもらい
自分の中の発見を打ち消さず
そのままじっと感じておく



それをそのままにしていると
「気持ち悪さ」
それを感じるようになっていた。
その気持ち悪さがなんなのか
タロットでは「まだハッキリしない」
そう告げている。



いまの自分と
タロットのメッセージ
妙に合致してるやん!?
なんやねん・・・この絶妙さ。



ただなんとなく
「自分の能力ってあるんやな~」
そう感じた耳コピの話し。



2日経てようやく思い直す。
ワタシが今の今まで必死にやってきたこと。



あ・・・・わたし・・・
必死になって、知識を身につけて
その知識を磨くことばっかり考えてた
!!
知識を習いにいくこと
それは、先生の感性をいただく行為。



悪いことではないけれど
私にとっては、未経験なことをも
失敗しながら、なんとなく
経験しながら身に付く方が喜びになる。



クラスを修了するために
現場を踏まずに認定され
能力を得た気になるだけでは
ワタシは、到底 喜べない。



修了証・・・それは
能力を使いこなせた成果の証
それでは無い
千差万別な環境を経てこそ
能力自体が身に付いていくんだから。
頭でわかってても、そこを勘違いしてしまう。



現場で馴染むことが無いままに
知識を求める場にいると
ただの頭でっかちな人で終わる。
認めて欲しいだけの人で終わる。
結果として・・・
自分との繋がりを感じられないまま
認められない寂しさに苦しみもだえる。



馴染める環境という「場」で
活かせるまでは、到底ワタシのゴールは無い。
これ以上、知識を求めてたらダメなんや。



向いてる方向の違いを
タロットは教えてくれたのでした。



*ここであなたに質問します*


あなたの「能力」は何ですか?

書き出すと
心の整理になります^^
よかったら、シェアしてみませんか?

>>>メッセージ<<<

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