あなたのまわりにいる人はみんなあなたを愛しています。

いや、それだけでなく動物、命がないと思われているもの、みんな
あなたを愛しています。



でも、時には動揺することもあるでしょう。

「なんで、あんなことになるんだろう・・・」

「どうしてあの人はあんなことをするんだろう・・・」

心は激しく動揺し、「どうしてこんなことになるんだ!!」と世界に向かって
叫びたくなる・・・。



ただ、荒波のように揺さぶられている表面上のあなたの気持ちの下には
まちがいなく、深海のように穏やかであるあなたがいます。

その動揺はあなたの中に目の前で起こっている出来事に等しい観念がある。
それを示してくれているだけなのです。

自分の周りに見える光景を必要以上にメロドラマ化してしまっているだけです。

時には本当にずっぽり浸かりきってしまっているかもしれません。



そんな時に、深海のように穏やかなほんらいのあなたを思い出させて
くれるのが瞑想です。

体の動きを止めて、すっと自分の深いところに入ってみる・・・。

息に意識を持っていっても、数を数えても、何でもいいのです。

他の観念を呼び起こすようなものでなければ・・・。

そうすると静かで穏やかな世界になります。



しばらくすると、少しずつ思考がわき出してきます。

そしてその思考の中に飲み込まれていることすら気がつきません。

これが普段のあなたの状態です。



そこで「あ、こんなことを考えていた!」と気づく。

そうするとその思考を認識したことになります。

そして再び自分の深いところに戻る・・・。

これでその思考は一旦リセットされました・・・。

認識しない限りはリセットする機会さえもありません。

瞑想はそのような機会を与えてくれるのです。



思考はあなたが向いている方向へ向けて数珠つなぎになっていく媒体の
ようなものです。

あなたが向きを変えれば思考は違う方向に展開していきます。



あなたが思考の向きを変えたいとき・・・

自分の奥底深くに沈み込んでください。

そして本来のあなたを思い出す・・・、これが瞑想の本当の意味なのです。



瞑想によってなにかが確実に起こるというわけではありません。

必要以上に瞑想の時間を多く取ることによってなにかが起こるわけでは
ないのです。

そういった試みはむしろ「自分には変えなければいけないものがある」という
意思表示であり、その変えなければいけないものは強固にあなたの前に存在
し続けます。



喜びを求めてください。

喜びを体験してください。

うれしいこと、楽しいこと、どんな小さいことでもいいので夢中になってください。

あなたが自分の体験の中に雑念なしに没頭する・・・

これこそが一番の瞑想なのです。



執拗にクレンジングや瞑想をこなす必要はありません。

あなたがこの世のすべてとつながった存在であり、あなたには力がある
ほんとうのあなたは穏やかで不動の存在である・・・

そういったことを忘れた時の自分に戻っていく手段として
クレンジングや瞑想をしてあげてください。



クレンジングに執着すると次から次へとクレンジングをしなければ
いけない観念が作り出されます。

瞑想に執着すると瞑想がこの世を変えるべき道具となってしまい、
いつまでたってもあなたの世界は変えるべき世界のままです。

思考でたどっていく旅にゴールはありません。



でも、本当のところそれですら大丈夫です。

そういったことはいずれ自分に対して強烈な抵抗として返ってきます。

いずれ疲れきってしまうでしょう。

「自分の進む方向はそちらではない」

決めるのはわたしでも他の誰でもありません。

あなたが一番知っているのです。



瞑想によってある程度までは思考をコントロールできるようになります。

でも、これには強制的な意思の力を使ってしまう可能性もあります。

強制的に「考えてはいけない」と思うことは「考える」ことへと
つながるのです。



一番自然な方法は無理やり止めたり変えたりするのではなく、
あなたが楽しいことをすることによって自然に方向を変える
ことなのです。



あなたが喜びを体験することが最上の瞑想である・・・

喜びをたくさん経験してください。 その喜びは世界に広がっていきます。