考えないでください。

考えるのではなく、そのときのフィーリングでやりたいことをやるのです。



あなたがすべきことは考えて自分の進む方向を予測することではありません。

細分化されたあなたにとって予測できる事はたかがしれています。



そのとき、自分が一番やりたいことをできる範囲でやる。

それが強烈な方向付けとなり、次の喜びへとつながっていきます。

そこに思考は不要です。



思考はものを作る時のオーダーフォームでしかありません。

あなたがいつも自分にとって喜ばしい思考しかしていなければ、喜びだけを
あなたにもたらしてくれます。

でも、思考にこだわり、思考を駆使してしまうとまず思考ありきになって
しまいます。



思考が思考を生み出し、いつのまにか自分がまったく望んでいないものを
生み出してしまう。

思考はもともとこの宇宙を生み出す際のツールでしかありませんでした。

誤解しないでください。 あなたは思考そのものではありません。

あなたは思考を使う存在なのです。

どうかツールでしかない思考に飲み込まれないでください。



そのためには考えすぎないということです。



ただ単に喜びを求めてください。

喜びを求めていけば、あなたが欲しいものはどんどん提供してもらえます。

その喜びを得るにはどうしたらいいのかなどと考えて、思考を喜びを遠ざける
ツールにする必要はないのです。



あなたがなにかをするために原因、論理、方法などはいっさい考える必要は
ありません。

あなたがなにかについて原因を考えたとたん、思考はそれに対するもっとも
らしい状況を作り出そうとします。

後付け解釈です。 あなたの世界では真実のように見えますが、真実では
ありません。



要するにあなたが真実を知ろうと探求し、考えれば考えるほど、そこに
先回りするように事実を作り出します。

もとからあったように思えるかもしれませんが、みんな後付け解釈です。

もちろん、あなたが知りたいと思ったからそれが提示されただけなのです。



「●●●したいんだけど、どうすればいい?」と求めるのは別に問題は
ありません。

実際、あなたが経験したい喜びにつながっているでしょう。



でも、なにか自分に起こったことの真理や本当の意味などは考えない方が
いいのです。

考えれば考えるほど、それに対応する事実が作り出され、納得していくだけです。

それが自分にとって喜びを得るような方向に向かっていればいいのですが、
そうでなければ不毛の迷路にはまり込みます。

あなたにとって得られるものはなにもないでしょう。



わたしがここに書いたことにも反論したいと思えば、どんどんあなたの意見を
裏付ける証拠が集まってきます。

でも、少しでも信じればやはりそれを裏付ける証拠が集まってくるのです。

ただ、「信じたいから、なんとかして証拠が欲しい」などと思ってしまうと
なかなか証拠はやってきません。

そのときのあなたの前提は「わたしは信じていない・証拠はない」だからです。



なんと精妙なのでしょう!!



もう一度言わせてください。

考える事によってあなたのやりたいことが現実化することはありません。

考える事によってすべてが分かることもありません。

思考が次から次へとそれに対応する事実を作り出してしまうからです。



あなたができることはただひとつ。

喜びを求め、それによって作り出された波に何も考えず乗っていけばいいのです。

この世界はこんなに簡単なのです。