無限の解釈。
私から私以外を見た時の解釈は、無限の選択肢の中から解釈をする。
過去の出来事。現象そのものは、変わらないけど
私の感じ方を今、全て変えることもできる。
解釈を変えれば、幸せな人生にストーリーを変更できる。
幸せになりたいならそう解釈するしかない。
まだまだ言い足りない文句の落とし処を
いつまでも探してないでもう諦めるしかない。
不幸になるクセを諦めるしかないんだって。
全て私が感じて発信したエネルギーだから私の世界観。
私の感じ方が私。承認と承諾を繰り返す。
パラレルワールド。多次元って聞いた時に無限の世界に私が沢山いて
ある世界では私が死んでいて。
ある世界では生きていてる。よくわからず。
相手から見る私への無限の解釈。
私から見た相手への無限の解釈。
私は私以外の解釈を体験出来ない。
世界を共有してる。それだけ。
私は今日もご機嫌だったのに
相手の解釈では機嫌が悪そうに見えたり
幸せそうと言われたり
聞いてみて相手の解釈に驚く。
暫く会っていない人にとっては
生きているのかさえ不明だったり
忘れられてるなら存在しないと同じ。
TVで見るだけの誰かも
私にとっては本当は存在しない。
存在してる映像だけを見ている。
無限の存在がそれぞれの解釈をして
情報を選び解釈を選び
影響し合う事で反発したり共鳴したり。
常に自分の位置情報をそうやって確認。
自分を知るために自分以外が必要。
でも発信したレーダーを打ち返す対象物は
目に見える存在だけじゃない。
常に何かに影響を受ける。
パラレルってわかりにくい。
亡くなった方のエネルギーが残りこの世を彷徨っているのに
どこかのパラレルでは同一人物が生きてるとか。
それでは多次元に私もいるのか。。。って考えてたら
「違うわ。あなたが多次元に沢山いるのではなく。
あなたの中に無限の多次元が入っているのよ」って御眷属の声。
無限の多次元(解釈)を全ての存在が持っている。
全ての存在が自分の世界観を持っている。
自分の世界を持っている?
これって聞いた事ある。
「あなたにはあなたの世界がある」って
「だから人の言うことばかりを気にしてないで自分を持ちなさい」とかね。
自分の世界って意識の中で持っているって意味だと思ってた。
でも意識が具現化する世界。
「あなたが見ている世界は全てあなたの世界」だそう
いやいや。みんなのものだよって思ってなかった?
そうそう。みんなの共有フィールドだけど
「あなたはあなただけの世界観で
共有フィールドに世界を投影してる」って
塗り絵みたい。既製品の絵はみんな共有。色とか自分で塗る。
違う絵も書き足すとか。書き込んだのがあなたの世界観。
明度は心で照射。
パラレルがいくつあっても
私の魂は一つなんだって。そしてパラレルの中に多次元。
ここが私の自我(顕在意識)がある場所。
私の世界。
あれ?外側にもパラレル。
みんな持ってるからね。
あなたの世界。
あなたの魂がある場所。
あなたの自我(顕在意識)がある場所。
私の無限の無意識のカケラ。
私のような姿をした私の無意識がいるかもしれないあなたの世界。
じゃあ自分以外の存在は
みんな無意識のカケラの存在?って思ったんだけど
(それって寂しいでしょ)
相手が100%の存在でそこに居ても
私の解釈を通して相手を見るから
思い込みと経験が邪魔をして
いずれにしても相手の側面しか見えないんだそう。
私は顕在意識で相手の無限の無意識にアクセスしてるのかな。
関わりが深い程、アクセスする領域が広いとか。
では相手の世界(顕在意識がある場所)から見たら
私が隣にいないかもしれないって考えたら
パニックになるんですけど。
大まかなストーリーはお互いで決めて関わってる世界。
考え方を広げ過ぎると見えなくなる世界
全ての人が潜在意識で繋がり
顕在意識でそれぞれの人生を経験。
でも全てが無限にあるままでは存在できない
だから絶対法則の五行や宇宙の法則(ルール)がある。
「子狐がパノラマ写真のような物よ」
「見ようとしなければ見えないの」って。
情報が多すぎて見えない。
同じ写真を見ているのに
隣の誰かが「あの黄色い建物なに?」って指を指しても
探せなかったり、特定するのに時間がかかったり。
見えているようで見えてない。
感じ方も違う。
子狐は更に「人は脱皮してるみたいなものね」って
これはよくわからない。
考えた結果。やっぱりわからない。
無限の解釈にお任せしよう。
前に北海道神宮を参拝した時
「世界はどうなっているのかと考えるより
この世界で幸せになりなさい」と言われる。
今ここの解釈しか無限にできないのに
見えない外の無限の解釈を理解できるわけがない。
変えれるのは自分の解釈だけ。
幸せな事を素直にやればいい。
相手がカケラか100%かとか
目の前にいるかいないかの問題じゃなく
相手の無限の潜在意識につながっているから
無限の解釈を使い今できる最大の愛で
相手を大切にして幸せに解釈すると良いそう。
天に戻りその人の意識が統合された時
こんなに自分って愛されてたんだって喜ばれるのかな。
優しさや愛情。
目の前では無駄に見える事があっても
全て潜在意識でつながっているから
相手の顕在意識の世界ではラッキーな現象として具現化してるのかも。
顕在意識があるその人のパラレルで
あなたの豊な思いは
幸運な出来事として相手をやっぱり豊にし
巡り巡ってあなたの世界の彩りになる。とか。
「無限の解釈を与えられたこの世界で
幸せになれないなんてないのよ」ってこれは龍神の言葉。
でもどう解釈しても悲しい事ってある
そう考えてもそれでも
世界はパノラマ写真なんだそう
そう言われるともっと悲しい気持ちになる事がある私は
やはり幸せに考えるのがまだ下手なんだけど。
写真の編集で明度を調整するだけで印象も変わるように
光を当てて見るか見ないかで世界は別物に見える。
そして暗くすれば人の顔もシワが目立ったり疲れて見えたり
逆に明るくすれば同じ人が綺麗な肌に見えたり幸せそうに見えたり。
魂の明度を上げるか下げるか。
世界はそれだけで変わるって。
そして明度を下げ過ぎると真っ暗で何も見えない地獄となり
明度を上げ過ぎても真っ白で何も見えない地獄となるんだそう。
だからコントラストは、人生を経験する為にどうしても必要。
明度は上げると意識(解釈)しないと下がる仕組みかな。
