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ギフト〜なな色の羽

私の中から産まれたがった言葉やお話を書いています

 仙台は、募金活動が盛んな場所だ。

 休日のアーケイドでは、募金を呼びかける声が、あちこちで響いている。

 震災の義援金、あしなが育英会、盲導犬育成募金、光のページェント実行委員会など、様々だ。

 呼びかけをするのは、子供から大人まで幅広い世代の人達だ。

 ここは、地震の多い土地でもある。

 助け合いの精神が、広く深く、受け継がれている。

 先日、フィリピン台風の義援金を呼びかけるチラシをもらった。
 
 子供達が、企画したものだった。

 私は、ひとりの少女のことを、思い出した。

 以前、息子が通っていた小学校の同学級に、フィリピンから来た少女が編入してきた。

 日本語を話せないということで、心配したが、多くの友達に囲まれて、楽しそうだった。

 次第に、日本語も覚えていったようだ。

 授業参観の時のことだった。

 子供達が企画したゲームを、お母さん達が体験するという、楽しい内容のものだった。

 すごろくやミニサッカーゲームなどがあった。

 普段は、教科書とにらめっこの教室が、遊び場に変わり、みんなワクワクしていた。

 少女は、ゲームのルールを、一人一人に説明する役をしていた。

 時折、友達のフォローがはいる。

 少女のドキドキが伝わってくるようだった。

 私の順番がきて、少女と向き合った。

 その瞬間、私は、はっと目を見開いた。

 彼女の瞳は、素晴らしかった。

 エキゾチックで、真っ黒な瞳は潤んで、澄んで、キラキラと輝いていた。

 美しい瞳だった。

 少女にとっては、毎日が刺激的だったのだと思う。

 目の前には、 新しい価値観と、多くの可能性が開けていた。

 一見すると、あまり快活な女の子には見えない。

 けれど、本当は誰よりも、生き生きとした輝きを放っていたことに、気づいた瞬間だった。
 
  見つめあった時間は、そこだけ切り取ったように、私の記憶につよく残っている。


 フィリピン、レイテ島の台風から、もう三週間が過ぎた。

 差し延べる手。

 奪い取る手。

 国際社会の対応も様々だった。

 彼女の瞳の輝きが、しだいに小さくなっていくのは、見たくない。

 光がひとつ、ひとつと消えるのを数えるのはいやだ。
 
 光がひとつ、ひとつと、 灯っていくことを願い、祈りたいのだ。