庭に、トマトや大根などの野菜を作っていた。
夏の朝には、トマトをもぎ、冷たい水で洗い、食べる。
香りが強く、酸味のある、新鮮なトマトだった。
家の横の坂を登り、道路を渡れば、目の前に松林が広がる。
松ぼっくりが、点々と落ちる林を抜けると、白い砂浜に、少々、荒い波が打ち寄せる海があった。
貝殻を拾い、砂の山をつくり、波乗りして遊んだ。
夕方になれば、庭でバーベキューを楽しんだ。
板前の父のあざやかな手さばきを眺めながら、いただく。
とても贅沢な味がした。
磯臭いサザエは、私の大好物だった。
夜になると、あたりは真っ暗になる。
澄み渡る空気のなか、空を見上げると、一面の星の数に圧倒された。
その頃の私は、透明な小さなガラス玉を大切にしていた。
星の涙という名前がついていた。
気が遠くなる程、遠くにある星のかけらに触れたような気持ちになっていた。
そのガラス玉は、祖母の家で見た景色の象徴のように感じられ、ずっと私の宝物だった。
今は、もう、手元にはない。
先日、仙台のデパートで、沖縄の物産品が並ぶなかに、小瓶に入った星の砂を見つけた。
手に取り、眺めた。
沖縄で潜っていた頃の海の色や、感触を思い出した。
そして、さらに時間が巻き戻されるように、星の涙のガラス玉が心に浮かんだ。
それは、生き生きと、幼い頃に見た美しい景色を思い出させてくれた。
胸の奥の宝箱はふいに開いて、大切な宝物が、今も、そこにあることを見せてくれる。