部屋の掃除をしていたら、茶色の封筒がハラリと足元に落ちて来た。
中身を確認すると、さくらももこさんの展覧会のチケットだった。
ずっと前にもらったのを忘れていた。
わたしは宮城県に住んでいる。
免許を持っているが、運転はしない。
ゴーカートさえ避けてきた。
ここはマイカーが主流の地域で、電車やバスの便数がそれほど多くない。
乗り継ぎに失敗すると、大きく時間をロスしてしまうのだ。
展覧会は多賀城市にある東北歴史博物館で開かれていた。
電車の乗り継ぎがうまくいくか、わたしはとても不安でマップで何度も確認した。
東北地方のJRの電車は、駅に到着したら、降りる人が自分でドアの開閉のボタンを押すのが主流だ。
自動開閉に慣れているせいか、自分で開けるなんて、胸がドキドキする。
わたしはかなりの小心者だ。
ふと思った。
絶対に予定通りに到着しようと力が入っているから、途中の道を楽しめていない。
たとえ電車に乗り遅れて、展覧会に行き損ねたとしても、それもまたわたしの小さな旅のエピソードではないか。
電車をおりると、博物館は駅のすぐ隣だった。
十人ほどの女性たちに混ざり、会場へ向かった。
ショッキングピンクのワンピースの女性や、モダンな着物をさらっと着こなす女性がいた。
これほどのオシャレをしてくるとは、並々ならぬ熱量を感じる。
わたしは、さくらももこさんの作品をよく知らない。
テレビアニメ「ちびまる子ちゃん」のエンディングテーマ曲《おどるポンポコリン》を、子供が小学生の時に、運動会で一緒に踊ったくらいだ。
休日ということもあり、会場の入り口から、ずらりと人が並んでいた。
わたしは人々の隙間を縫い、直筆の原稿、カラー原画を見てまわった。
日常を題材に、飾ることなく、面白さ、優しさ、せつなさ、ブラックユーモア、ナンセンスを混ぜ合わせた独自の世界観が見えてきた。
まる子ちゃんのカラー原画は、背景がまるで曼荼羅のように精密に描かれていて美しかった。
季節のモチーフが描かれて、色使いが可愛らしく、
ひと言では語れない不思議な魅力があった。
お土産コーナーで、キャラクターの豆皿を買おうか迷っていると女性の声が聞こえた。
「まる子のお皿だったら買うのに。まる子だったらヤバかった。」
そして、数分がたち、また同じことを言う人があらわれた。
まる子ちゃんは、こんなにも人気があるのか。
わたしは帰りの電車に間に合うように博物館を出たが、出口を間違え、焦って駅まで全力で走った。
ハアハアしながら改札までの階段を上り、ゼーゼーしながらホームへの階段を降りていった。
電車はわたしの視界に入ったが、発車した。
最後尾に乗った車掌さんと視線が絡みあい、離れた。
電車が去って、反対側のホームの人々の前で、わたしはゼーハー、ゼーハーと立ち尽くしていた。
せつなくて、ちょっと恥ずかしくて、何事もなかったかのように涼しげな顔をつくった。
もしかして、これはさくらももこ展の続きを、自ら演じて味わっているのではないか。
次の電車までの待ち時間は、日常にありふれていて、ナンセンスにも思える。
けれども、この余白に何かが、ひょっこりと入り込んできそうな予感がした。