〝お前はそれでいいんだ〟 | ギフト〜なな色の羽

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私の中から産まれたがった言葉やお話を書いています

 二十代の頃、私は建設業界にいた。

 内勤と、外勤の両方を経験した。

 外勤は、実際の建設現場に近いところにある事務所で仕事をする。

 経理事務を中心として、電話対応、お茶汲み、現場見学者への対応、客先へ書類を持っていったりと、非常に忙しい。

 要領のよさが、求められる職場でもあったと思う。

 そこで出会った忘れられない人がいる。


 現場の所長だ。

 スキンヘッドで、がっしりとした体格。

 くぐもった低い声で話す。

 初対面の時、その風貌から、怖いという印象を持ったのだ。

 
 この現場で、私の前任者の女性は、出来ると評判の人だった。

 彼女が、異動になる際、事務所の人達は何とか引きとめようと、もめたという話を聞いていた。

 私は、初めから歓迎されず、ここにいるような気持ちだった。

 けれど、いざ、仕事が始まると、そんなことを考えている暇はない。

 必死に仕事を覚えて、日々、悪戦苦闘していた。


 私の事務の上司はというと、他の現場との兼務のため忙しく、この現場に来るのは、月に数回だった。

 一方、所長が外出先から帰ってくると、事務所の雰囲気が一変し、引き締まる。

 私も所長から、名前を呼ばれるたび、身体がキュッと引き締まる思いがした。

 けれども、だんだんと、わかってきたのだ。

 所長が笑うと、目がキラキラと輝いて、なんともいえない、やさしい顔になるのだ。

 私は、初対面の時、何を見ていたのだろうか。


 ある時期、仕事をこなしきれず、心身共に、グダグダになってしまった時があった。

  所長に、ガス抜きだ、メシに行くぞと言われた。

 私は、トボトボとついて行った。

 自信をなくしていた私は、前の事務の女性だったら、という言葉を口にした。

 所長は、ものすごく怖い顔で、静かに言った。

 〝お前はそれでいいんだ。〟


 あの時の所長の怒った顔が今も、はっきりと思い出せる。

 自信なく揺れる私が、歯痒かったにちがいない。

 それじゃダメだというのは、生まれてこのかた、何回も言われてきた。

 それは、人に言われる以上に、自分に言ってきた言葉だった。

 それとは真逆の、あの言葉を優しげに、そのままでいいよ、などと言われてもダメだったと思う。

 本気で怒ってくれたからこそ、私は、目が覚めた。

 自分をまるっきり、わかっていなかったし、わかろうともしていなかった。

 人と比較して動いたり、その人のようになろうとして、自分らしさを失っていたのだ。

 私のゴールは、誰かのコピーのようになることではない。

 何が得意で、何が足りないのか。

 足りないところは、無理に直すより、それができる人に頼るのも選択肢の一つなのだ。

 頼ることは、自然なこと。

 完璧だったら、他の誰も必要ない、ひとりで生きる世界で充分なのだ。

 私達は、たくさんの仲間がいる。

 手を差し伸べあうのは、とても素敵だ。

 パズルのワンピースのような私達は、ひとりで作る単色の世界から、隣り合う人達と認め合い、心を繋いでいくなら、美しくカラフルな世界を作り出すことができるのだろう。

 コピーした色でなく、自分の本来の色ではまりたい。


 時々、私は、こんな風に所長のことを思い出すことがある。

 あの怒った顔を。

 そして、その顔は次第に優しく笑う顔へと変わり、私を勇気づけてくれている。